【貴不死人】の後継者になりたい少女
【貴不死人】には知られざる秘密がある。
知られてはならない禁忌がある。
【貴不死人】は畏敬の対象であらねばならない、【貴不死人】は不可侵であらねばならない。
死なぬ故に
不滅が故に
あるエルフは自身を除いた一族全ての目を抜かれた
ある機人は刻まれ、弄られ、悪逆の限りを尽くされた
あるドラゴニュートは大切にしていた存在を蹂躙された
ある獣人は唯一の肉親を奪われ陵辱の果ての肉塊を目の当たりにした
ある鬼人は権謀術数の中で最愛の人を失い
ある蟲人もまた醜悪なる思惑の先に思い人を失った
大いなる【愛】をもって【恐怖】に打ち勝った彼らは再び闇に沈んだ。
そして真なる【恐怖】へと変貌を遂げた。
遙か昔に呼ばれた名前がある。
それは【恐怖】を凌駕する真なる【恐怖】に対する呼び名。
【終焉】
それがかつて世界の敵となった者の名前である。
この記録は世界のどこにも残されていない、正確には残されていないのではなく破棄されたというのが正しい。そのような記録なぞ、今となっては不都合しかない故に。
しかしただ一つだけその記録が残された場所がある。
エルフの秘宝である世界樹の中の書庫、世界の記録とも言うべき自動筆記の中にのみ記述が存在する。それを消すことはどのような力をもってしてもできなかったのである。
その記録を読むことができるのは【貴不死人】と一部の関係者のみであり内容を他言することは即ち死を意味していた。
その関係者の中にジュハはいた。
エルフの中でも秘中の秘である記録の管理の一族が彼女である。継承の儀式は幼い頃より行われていった。おぞましき記録も誇らしき記録もジュハは見てきた。
そしてある時彼女は思う
「私もこんな風に記録されるようになりたい」
つまりは歴史の読み手、語り手ではなく主人公の一人になりたいという意思である。
彼女は決意した。
「私は【貴不死人】になる」
世界へ最も影響力のある個人になるということを。
「(貴方たちは私の踏み台になるの、他の【黄金】も全部ね)」
分身の視界を通してジュハはムケン達を見ていた、考えとは裏腹に同級生のマッドを連携して倒した彼女たちをジュハは侮っていなかった。
身を隠して消耗戦を挑み、飽和状態で倒す。最も確実で被害の少ない作戦だった
「はぁっ!!」
ムケンがいくら豪腕で分身を壊そうともなんの痛痒もない、原材料がそこら中にあるのだから作り直す手間もほとんどないのだ。
「無駄よ、諦めた方がいいわ」
少しずつだが確実にジュハの作戦はムケン達の体力を削っていった、ハネの防御にかかりきりのメガも手出しはできない。
確実に、確実に追い詰めていった。
「あとすこしですね」
あるいは、ジュハにもう少しだけ大胆さがあれば良かったのかもしれない。
もしくは少しだけ他人の様子に気を配ることが出来たなら。
ここでムケンとメガとハネはこのままジュハに負けていただろう。
きっかけは動きの鈍ったハネに対する攻撃だった。
「くっ……!?」
すんでのところで木の槍による攻撃メガの補助で躱すが避けきれなかった。
槍は長い髪を削り、ハネの額へと当たった。
「っ!?」
ハネが歯を食いしばる、髪が落ちてできた隙間からのぞく顔には血が滴っている。
どくん
どくん
どくん
突然鼓動のような音がする。
どくん
どくん
どくん
音の出所はすぐに分かった。
メガの全身が震えている。
規則的にされど激情を感じさせる鼓動。
「あ」
爆発は
「ああ……」
少しずつ張り詰め
「あああ……」
そして一端の収束の後に。
訪れる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
絶叫と共に吹き出す銀。
「なんだっ!?」
「メガちゃん!?」
意思のままに動く流体であるメガの【恋人】は身体に循環していた量を遙かに超える体積へと膨張していた。銀の奔流がメガを飲み込み、ハネを飲み込み、ムケンを飲み込む。
勢いは増し続けジュハの分身も次々と飲み込んでいった。
「なっ!!?」
突然の異常事態にジュハの思考が止まる。
「こんな……ことで……!!」
しかしジュハは【黄金】の一角、ここで思考を放棄するような凡俗ではない。すぐさま植物操作によるバリケードの構築を始めた、流れを止めなければいずれ己も飲み込まれることを危惧したのである。
確かに液体であるのならば押しとどめることは可能だろう、何ごとにも限りというものは存在するのだから覆い続けることで流れが収まるのを待つのは決して愚策ではない。
「はぁっ……はぁっ……後は自滅するのを待つ……」
何重にも覆った木の檻で液体の静止を確認するとジュハは大きく息を吐いた。見る限りあの液体の中で呼吸ができるはずもないのだから待っていれば勝手に窒息して脱落するという結論に至ったのだ。
ここでもジュハには誤算があった。
メガの【恋人】をただの流体だと見なしたことである。
ただの銀の流体であるならば肉体を置換した人工肢体の潤滑油にはなり得ても、血液の代わりにはなりはしないというのに。
「なに……これ!?」
嫌な違和感を感じた。
ジュハの支配下にあるはずの樹木への操作が鈍っていく、先端から少しずつ麻痺していくように少しずつ少しずつ鈍っていく。
まるで自分のものではなくなっていくかのように。
「まさか……支配権の強奪なの……!?」
「み……つ……け……た」
ぬるりとした声。
ありったけの憎しみと殺意を込めた声が聞こえた。
「ひっ!?」
ジュハがきょろきょろと当たりを見渡すが声の出所は分からない、そもそもメガ達からは遠く離れた場所にいるジュハを見つけることなどできないはずなのだ。
それでも間違いなく声がした。
「ゆるさない……よくも……わたしの……ともだちを……」
奇しくもジュハの分身と同じように地中から現れたのは銀の流体が人型に固まったものだった。
「そう……根を辿って来たのね……私があなた達を補足したように……!!」
「つぐなえ……つみは……おまえのすべてで……せいさんする……」
ゆっくりと近づいてくる銀は目などなくても、表情などなくてもありありと憎しみをジュハにぶつけてきていた。
「……そう」
ジュハが本を開く、木剣がその手に形成された。
「あなたの執念は驚嘆に値する、でもね」
「あぐっ!?」
木剣の動きに合わせて周囲に同じように形成された巨大な剣が銀へと叩きつけられた、剣と言うより巨大な鈍器に近いそれは容赦なく銀を打ちのめした。
「私は【黄金】そしていずれ【貴不死人】の席に座る者よ。あなた達に足踏みしている暇なんてないのよ」
淡々と振り下ろされる木剣は銀に身動きを取らせることさえなく粉砕し続けた。
「そろそろ息がなくなる頃じゃないかしら?私はあなた達がいなくなるまでこの木剣を振り続けるだけよ」
銀がまとまりをなくして飛び散っていく、それは固める程の余力がなくなってきたことを意味していた。そのうちの一滴がジュハの頬へと付着する。
「もう終わりよ。諦めなさい」
ジュハは銀を拭いながら言い放つ。
「おまえも……おわりだ」
「負け惜しみね、でもそれは敗者の特権。許しますいくらでも言いなさい」
「おまえに……わたしが……ついた……それでじゅうぶん」
「毒かしら?私にはそんなもの効かないわ、秘薬でいくらでも直せるもの」
初めてジュハが笑みを見せた。しかしそれは引きつったもので片頬ぶんしか笑っていない。
「え?」
驚いた表情のジュハ、笑おうなどとは微塵も思っていなかったからである。
「肉体の……支配権までも……なんておぞましい!!」
嫌悪感に満ちた顔で睨み付ける。肉体への侵食、他者を食い物にする寄生虫のごとき所行に対する反応としては実に普通の反応である。
「うふふ……くやしいけど……ここまで……あいうちよ」
「うぎぃっ!?」
ジュハの顔が苦痛に歪む、付着した部分が悪かったのだ。頬という頭に近い部分に当たらなければメガの時間切れの方が早かったはずだった。
執念が引き起こした偶然か、はたまた不運か。
メガの【恋人】はジュハへと染みこんでいった、それは1滴に過ぎなかったがそれだけあれば頭の重要な器官に重篤な不具合を引き起こせる。
「う……そ……よ……」
倒れ伏すジュハの言葉とともに二カ所に光が発生した。
メガ、ハネ、ムケン、そして【黄金】のジュハの脱落が確定した瞬間に彼らの保有していた重量は最も近い者へと譲渡される。
その譲渡先は
「……!?(動けない……!?)」
情報収集の為に様子を見ていたカームであった。




