親目線
「さてと……だ。聞きたいことは色々あるが貴様ら暇なのか?」
現在校長の私室には【貴不死人】が全員集まっていた。
「ああん?授業参観だろうが、親が見にきてなにが悪い。直接会場に行かなかっただけありがたいと思え」
剛がふんぞりかえって言うが、実際その通りなのである。【貴不死人】が現れようものならてんやわんやの大騒ぎになるだろう。
畏怖と権威の象徴ゆえに気軽に動けないのである。
「それとも来られちゃまずいとか?」
匠がニヤニヤと笑う、何か確信めいたものを匂わせる顔だった。
「まずいことなどない、ただ一人でゆっくり見るつもりだったんだ」
「ふーん、じゃあ昨日から眠れなかったことは知られたくない訳じゃないんだね?普通だったらありえない微かなクマができてるけど」
「ばっ!?バカを言うな私がそんな風になるわけないだろう!!」
「わー、校長も変わったね!!」
太陽が屈託無く言い放つと校長はより一層頑なに否定した。
「違う!!断じてそんなことはない!!」
「ふん……隠さずともいい。落ち着いて皆の顔を見てみるがいい、同じ顔をしているはずだが?」
鬼の双星に言われて始めて校長は他の【貴不死人】の顔をしっかりと見る、そこには微かながら寝不足を示すクマができていた。
「……なんだ、不安なのは私だけではないのだな」
「……まあな、傷はない方がいい」
「あはは、そりゃね?」
「昨日からソワソワしちゃったー!」
「全く、余の安眠を奪うとは……」
「寝れないなんてこうなってから始めてでした」
それぞれ顔を見合わせてくしゃっと笑う。
そう【貴不死人】といえど、我が子の授業参観は始めてなのである。
つまり、
ブレスのことが心配で仕方ないのだ。
というか、それぞれではとてもとても見ていられないと判断したために集まったのであった。
長い年月を生きる【貴不死人】とは思えないほどの精神だが仕方ないのである。我が子可愛さには何者も勝てないのだ。
「で?今回は何をするんだ?」
「ああ、いつも通りの総力戦だ。陣地という要素をつけたが結局のところ力がものを言う。個でも集団でもいいが」
校長が投げ渡したのは【領地崩し】のルールの原本だった。
「領地は枷でもあるな、大きくなればなるほど重くのしかかるって寸法だな」
ルールを一瞥した剛がすぐに指摘した。ルールには重さの記述など全くないのにである。
「よく分かったな、その通り。領地は重さと連動している。身の丈を超える領地は身を滅ぼすことを分かればいい」
「身の程を知れってか。自滅するやつも相当出るなこりゃ」
「あれ?アガペちゃんってまだいたの?」
「まだとは何だまだとはまったく……アガペはよくやってくれているよ」
校長の視線が少しだけ遠くを見つめた、これは記憶を辿る時の校長の癖だった。
「アガペちゃんを呼びましたね!!」
突然現れるアガペ、先ほどで影も形もなかったというのに【貴不死人】たちはそれに驚くこともない。
そんなことをするのが当然だとでも言うようである。
「余は久しぶりだな……息災だったか?」
「ええ、元気いっぱいですーーーー様」
「やめてくれその名は捨てた、呼ぶものなどお前と片割れだけだ。それに」
鬼の双星が指を指す、その先にはぷくっと頰を膨らませた蟲の双星が見える。
「連れ合い以外が余の名を呼ぶのは業腹らしくてな、拗ねてしまうのだ」
「貴方様達は変わりませんね……」
「そうでもないぞ、余は初めて自分以外を案じるようになった」
「それは……ご子息のことでしょうか」
「何だ、知っていたのか」
「はい、やはり特別です。躊躇なく【恐怖】に向かうなんて尋常の精神ではございません」
【貴不死人】の動きがピタリと止まる。
「おいアガペ、今なんつった?」
「ですから【恐怖】に立ち向かうほどの強い心は貴方様達のご子息らしいと」
「あいつが、どこで、【恐怖】を出した?」
「違います、臨死試験の際に【恐怖】を出したのはパートナーだった獣人の子です」
太陽が突然立ち上がる
「ギャルゥちゃんでしょ!!双暴虐の娘!」
「え?双暴虐の娘なんていたっけ。僕の記憶にはないんだけど」
意外そうな匠は何かの記録を確認している。
「恥だって言って隠してたんだよ、そっかあちゃんと学堂に来れたんだあ……なんで【恐怖】なんか出しちゃったんだろう」
「それが……その言いづらいんですが。ご子息様を襲いまして」
二度目のフリーズである。
「っ!?」
アガペの顔がひきつる.
【貴不死人】達はブレスが襲われた、その言葉を脳が理解するのに優に1分を有した。
「……言っとくが生徒に手を出したら戦争だぞ?」
剣呑な雰囲気を牽制するように校長が釘をさす。この場合の戦争というのは国家間の争いではなく校長とそれ以外の【貴不死人】の死合いを意味する。国家レベルの武力を持つが故の表現だ。
殺したぐらいでは死なない【貴不死人】ではあるがそれぞれにそれぞれを無力化する手段くらいは持っている。
「は?別に怒っちゃいねえよ。なあ?」
「うんうん、全然ね」
太陽と剛のフィジカルお化けの二人は明らかに腕に力が入っている、というか入りすぎて筋肉の軋む音が聞こえている。
「ああ、剛の言う通りだ。ただ説明責任は果たしてもらおうか?」
「ええ、出来るだけ詳細にお願いしますね?」
双星は柔和に笑っていた。高位貴族の嗜みとして腹芸は完璧だが目には一欠片の敵意が滲んでいる。
滲むほどの感情が動いている、その証拠に他ならない。
「みんなピリピリしすぎでしょ、いくら襲われたって言っても僕らが鍛えてたんだから返り討ちに決まってるでしょ?」
余裕そうな匠も指先はわきわきと忙しない。
「はい、見事に返り討ちにしたのですがその後に色々とありまして……その子から【恐怖】が出ました。本来ならばそのようなことになるはずもないのですが……ご子息の影響でしょうか酷く心に負荷がかかっていたようです」
「で?その【恐怖】はどのタイプだ」
「巨大化と獣化の複合型です、もともと希有な型の【恋人】でしたから複合型でも不思議ではありません」
鬼の双星の瞳が細められる。
「複合か……住居型だな?」
「ご明察です、ドーム状の体躯を巨大化させ口が出現しました」
「なるほど……死ぬ寸前の本体を取り込んで暴走するタイプだな、ブレスはそれにどう対処した?」
「自ら口に飛び込み瀕死の獣人の子の救命を試みましたが……既に致命傷でありなすすべなく中に満たされていた体液で溺死です。その後に獣人の子も力尽きました」
「ぶははははははっ!!」
剛の大笑いが響く、先ほどまでの威圧感は霧散していた。
「バカだとは思っていたが【恐怖】を助けようとするたあな」
「だからって自分が死ぬんじゃ意味ないよ、もっと生き残る技を教えようかな?」
「……愚かなことをしたものだな、【恐怖】を救う術など本人にしか実行できないというのに」
「その割には嬉しそうですよ?」
「……見間違いだ」
「ま、これでブレスちゃんも懲りたでしょ。そのための臨死試験だしね?」
校長が手を叩く
「時間だ、始まるぞ」
甲高い音が響き渡る。
「今年の【黄金】はなかなかに粒ぞろいだがブレスはどうするかな」




