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毒も薬も同じこと


「カーム起きてるかな」


部屋へと戻ったブレスの目には今朝の光景と少しだけ違うものが見えた。


「……移動してる」


カームのベッドからブレスのベッドへと移動していた、寝相が悪いとか夢遊病の類があるとかいうこともないので自らの意思で移動した事となる。


「どうしてだろう……」


寝ているカームの側へと近づく、顔色はよく息苦しいというようなこともなさそうに見えた。


「熱は……」


手をカームの額に当てる


「……っ!!!!」


「ん?」


一瞬だけ体が強張ったように思ったがブレスはよくあることだと思い深く考えなかった。


カームにとってそれは幸運だった。


なぜなら


起きているからである。


「……(待って待って待って……ブレス君戻ってくるのが早すぎる……それにどうして熱を計られているの!?ひんやりした手が気持ちいいし訳わかんない!!)」


フリュウの騒動のせいで授業は早めに切り上げられていたことがカームの誤算だった、しかしイレギュラーな事態を想定していなかったことを責められまい。


「うーん……よく分からないや、ママにやってもらった方法のほうがいいかな?」


ブレスが身をかがめる、それを察したカームの心臓が爆音でフルスロットルに回り始めた。


「……(まさか額で計るつもりなの!?そそそそんなことされたら……死ぬ。心臓爆発する……起きなきゃ、起きて言わなきゃ)」


意思とは裏腹に体はピクリとも動かない、心臓を無視した穏やかな呼吸も一定である。


「……(ダメだ……身体は正直だ……やって欲しいと思ってる……死ぬのは2回目だけど今回は悔いなくいけるかなぁ)」


「あったあった、水銀計。これを口に……」


「……(すいぎん……水銀!?あんな毒を私に……はは……そっか……私は気持ち悪かったんだね……だから水銀で殺されるんだ、ごめんねブレス君今度はちゃんと死ぬから許してね)」


流れ出ようとする涙さえ押さえ込みされるがままに口を開ける。


「あ、これ僕も使ったやつだ……まあいっか。消毒してるし」


「……(僕も使った?ブレス君も口に入れたことがある……つまり毒じゃない……殺すつもりじゃない……となると問題は……間接キス……はあ!?)」


抑えきれないほどの高揚がカームを包む、呼吸も乱れ気味で体温も急上昇し始める。


「……ふぅ……ふぅ……(ダメだってダメだってダメだってぇええええ!!!そんなのダメだって気付いてええええ!!)」


願いは届かず、天使(ブレス)嘘つき(カーム)に無慈悲な刑を執行する。


ガラス棒のようなものがカームの口の中へと突っ込まれた。


「……カクッ」


事態を理解した瞬間にカームの意識は落ちた、正しく言えば現実を精神が耐えられないと判断した脳が意識を切った。


そのおかげで乱れきっていた神経が正常さを取り戻し体調を回復させる。


「うん、熱もないね」


しばらくしてブレスが口から水銀計を抜く、その時の振動でカームが目を覚ました。


「……(何かとてもいいことがあったような)」


記憶からも抹消されたということは命に関わる衝撃だったということである、それでも何かがあったことは覚えていた。


「いい夢でも見たの?」


「……(そんな感じかなぁ)」


「ねえカーム、僕もこれで体温計ってもいい?」


手に持ったガラス棒を指して言う、すでに消毒されたそれはカームにはなんだか分からなかった。


「……(いいんじゃない、それがなんだか分からないけど)」


「これ?これはさっきまでカームが咥えてた体温計なんだけど、これしかないからダメって言われたら困るんだ」


フラッシュバック


一瞬で失われた記憶が戻ってくる。


「……だ……め……!!」


乙女として譲れない部分が声を出すことさえ厭わなかった。


覚悟のこもった強い瞳で見つめる。


「声を出すくらい嫌なの!?」


「おね……がい……けほっ……」


ただでさえ普段から喋らないのだ、治りかけとはいえ風邪も相まって声帯にかける負担は尋常ではない。


「ああっ!?無理して話さなくてもいいから!!」


「……で……も……」


「使わないから!!」


「……(絶対だよ)」


「絶対使わない、だから安心して」


「……(ごめんね……ありがとう)」


「風邪ももう良さそうだね、ナラツ先生から薬をもらってきたんだけどいらなかったみたい」


ブレスが小袋を見せる。


「……(それ見せてくれない?)」


「いいよ、というかカームにあげるものだったからあげるよ」


ブレスから受け取った小袋の中には丸薬が一錠と粉末の入った包みが一つ。それとエルフ文字で書いた短い説明文。


「……(媚薬……これで落とせって何考えてんだろうあの教師……こんなもの使ってもなんの意味もないのに)」


媚薬の効果というのは人を無条件で好きになるとかいうものではない、あくまでそういう気分になるためのスイッチのようなものに過ぎない。


気休めのようなものなのだ。


「どうだった?」


「……(ただの風邪薬、特に特別なところはないよ)」


「そっかあ……カームあのね。僕はエルフ文字読めるんだ」


「……(へえ、すごいね。どこで教えてもらったの?)」


各種族ごとに使用する文字は違うが、それとは別に共通文字というものがある、それを使って他種とやりとりするため他の種の文字を学ぶ必要はないのだ。


故に他種の文字を知っているものは少ない。


「ママから教えてもらったんだけど……どうして嘘をついたの」


「……?(え?)」


能面のようなブレスの顔にカームの背筋が凍る。作り物のごとき美しい顔から表情が抜け落ちるとここまで無機質なものか、まるで精巧な機械か何かのような印象を与えてしまう。


「それの中身って風邪薬じゃないよね、紙の裏に危険って書いてあるし」


「……(中身知ってたの?)」


「知らないよ、でもカームが何を思ってるかは分かるからね」


「……(媚薬だよ、でも媚薬なんて意味がないしなんなら体を活性化させるから風邪薬としての方が使えるくらいなの)」


途端にブレスの顔がきょとんとする


「びやく……?」


「……(媚薬を知らないの?)」」


「うん、それは教えてもらってない」


「……(媚薬っていうのは、交尾する時の補助に使う薬で発情を促す薬、惚れ薬だなんて言う人もいるけどそれは間違いでそういう精神操作の効果はない)」


「交尾って人どうしで?」


「……(そうよ)」


「どうして?」


「……(どうしてって……子供をつくるに決まってるじゃない)」


「子供?でも子供は天からの授かりものでしょ?」


百戦錬磨の【貴不死人】であるが、いかんせん子供をつくる能力を失っている。加えて初めての育児でうまく性教育などできるわけがない。故に目線をそらしながら天が授けてくれると言うのが精一杯だったのだ。


情けないと思うなかれ、永く生きているからこそ初めてのことには対応できないということもあるのである。


「……(驚いた、本当に知らないのね)」


「きゅう……」


全てを知った時、ブレスは顔を真っ赤にして目を回してしまった。


「……(何そのいい顔)」


そのあとに出現したグレイスはグッジョブというようにいい笑顔でサムズアップしていた。














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