薬と翼2
「くしゅん!!」
フリュウがくしゃみをした。おそらく飛散したモウギの一部が鼻に入ったせいであろう。なんてことないことだ、普通なら。
しかしフリュウの顔は一気に青ざめた。
「ま……ずい……ブレス君……離れて……」
「え……?」
「出てくる……から……あいつが……」
フリュウの翼の色が変化を始めた。
純白の翼が色あせていく、瞬く間に錆のようなものに覆われた金属質な翼へと変貌を遂げた。
周りの生徒もまた異変を察知して身構える。
「ああん?特異体質とは聞いてたが……変身か?まあいい全員教室から出ろ」
ナラツが生徒の誘導を行う間にもフリュウの変化は続いている。体が丸みをおびて髪もまた長く伸びた。顔つきも変わっている。
全体的に女性的な形態へと変化していた。
「ふぅ……それでここはどこかしら?」
「教室だよ、てめえは誰だ」
「私はつむじ、翼の姉よ。え?違う?ゲイル?ああ……そうだったわね。訂正しましょう私はゲイル、フリュウの姉よ」
腰に手を当ててビシっと決めポーズをとるつむじ改めゲイル。
「……二重人格者ってわけじゃあなさそうだな」
「ええ、フリュウはフリュウ。私は私、体は共有してても違う人間よ」
「それで何しに出てきやがった」
いつでも動けるようにナラツの姿勢が低くなる。
「何も?ただ入れ替わりが起こっただけよ。別に何かをしに出てきたわけじゃないわ」
髪を指でくるくると巻きながら困ったように言う、そこに嘘は感じられない。
「そうか、ならいい」
ナラツが背を向ける。
「私はそうでもこっちはそうじゃないみたい」
錆びた翼がぎしりと音を立てた。
「言うこと聞かないのよ、この子はフリュウのことが好きすぎて全然ね。だからごめんなさい」
翼の形が杭のごとく鋭利になる。その全てがナラツに殺到した。
背中を向けている状態で反応など
「まあこうなるだろうとは思っていたがよ」
反応などする必要がない
そう言うようにナラツには全身で悠然と杭を受け止めていた。
「……ここでガキ共の教師やってる奴らに共通してることがあるんだがな、なんだと思う?」
「知らないわ」
一度翼が引く、今度こそ貫くために捻れた槍のごとく形を変えた。
「そんなことより避けた方がいいわ、今度のはさっきとは比べられないもの」
「教えてやるよ、それが仕事なんだからな」
翼がもう一度放たれた。
それを避けることもせずナラツは正面に立ち尽くす。
「避けてって言ったのに……」
翼の槍が直撃したのを見てゲイルが呟く。
「避ける必要なんてねえ、答え合わせといこう。ここの教師に共通してんのは高等部の【黄金】をまとめて相手できるってことだ。つまり」
翼がまとめて弾かれる、【恋人】ではない。単純な腕力である。
ただただ無造作に腕で払われたのだ。
「お前なんざ、屁でもねえんだよ」
次の瞬間にはゲイルの体は床の上で拘束されていた。
「すっごおい……でも私を止めてもこの翼は止まらないの。だってこの子私のことを世界が滅ぶくらい嫌いなんだもの。私から離れたくて仕方ないのよ」
「はん、大げさなこと言いやがって」
「大げさなんかじゃないわ、だってほらもうすぐ叫びだす」
錆びた翼がぐにゃりと輪郭を歪めた、一拍の静止を得て
『キィイイイイイイイイイイイイ!!!!』
甲高い音を発し始めた。
否
高音ではあるがたしかにそれは声だった。
「おいおいおい……こんな簡単に【恐怖】を出しやがるんじゃねえよ……」
ナラツの顔から遊びが消える、【恐怖】とはそれほどまでの脅威なのだ。
『キイイイイイイイイイイイイイ!!』
翼は背中から分離し丸まっていった、それはさながら繭。何が生まれ出ずるのかは想像もつかない、少なくとも良いものは出てこないだろう。
「あーあ、フリュウは結構ここ気に入ってたのになあ、ここを壊しちゃったらきっと悲しむだろうなあ。もしかしたらもうあなたなんて要らないって言うかもしれないねぇ?」
わざとらしく大きな声で放たれた言葉、胎動を始めていた繭が動きを止める
「お前何を……」
「この子は私のことが嫌い、でもフリュウに嫌われるのはもっと嫌なの。万が一にも嫌われたくなんてないって思ってる」
「……なるほどそういうことか」
つまるところこれは脅しだった、分離した翼にはゲイルの中にいるフリュウのことは分からない、たとえブラフだったとしても万が一可能性があるのなら。
そう思った時点で翼が羽化することはなくなったのだ。
「戻っておいで、大丈夫しばらくすればフリュウに戻るから」
渋々と言った感じで翼が戻っていく。
「対処できるなら最初に言え馬鹿!!」
「そんなこと言ったらつまらないでしょう?」
「こんの性悪が……!!」
騒ぎが収まったのを感じ取って恐る恐る生徒たちが戻って来始めた。その中でダッシュで駆け寄ってくるものが居た。
「大丈夫!?」
遠巻きに見ている者がいる中で一直線に向かってきていた。
「あら?ブレス君っていうの。弟がお世話になってます」
緊張感のまるでない挨拶だった。先ほどまで【恐怖】と相対していたとは思えないほどに。
「え……フリュウ君は?」
「今はちょっといなくなってるけど、しばらくしたら戻ってくるわ。多分これからフリュウは孤立すると思うけどできれば構ってあげてくれるかしら。え?余計なこと言うなって?なにようお姉ちゃんの気遣いくらい受け取りなさい」
一人問答をひとしきりやった後、ゲイルはもう一度ブレスを見た。
「できれば弟と友達になってあげてね、見栄っ張りだからわからないと思うけど寂しがり屋なの」
そう言うと動きの鈍い翼を広げた。
「戻るまでしばらくお休みね、それじゃあまたフリュウに会ったらよろしくね」
ゲイルは窓からぎこちなく飛び去っていってしまった。
「全く、せっかくの薬学が台無しにじゃねえか」
「フリュウ君ちゃんと帰ってきてくれるかな」
「ああ?心配すんなよ。どうせ戻ってくる」
「分かるんですか?」
ナラツが鼻で笑う
「あいつが行くとこなんざ此処くらいしかねえからな、なんせあいつには過去がない」
「え?」
「まっず……生徒の情報はダメだったな。このことは忘れてくれ、な?」
「ええ……あ、それならお願いが……」
ブレスが両手を出す、おねだりのポーズである。
「なんだ?金ならないぞ?」
「やっぱり心配なのでカームにあげる薬を作ってくれませんか?」
「は?薬?いらねえよそんなもん。お前が近くにいれば治るだろ」
茶化すように言い放つが、ブレスの表情は変わらない
「薬をください、じゃなきゃ口が滑ったことを校長にバラします」
「げっ……足下見やがって……仕方ねえな」
ごそごそと懐をさぐる、そして何かを探し当てた
「そーだな……んじゃこれで」
小袋がブレスへと投げられた。
「ありがとうございます!!」
「うぐっ……顔が良いのも過ぎると毒だな……」
元気いっぱいの返事とともに満面の笑顔が炸裂する、ナラツにはそれに後光が差すかのように感じられた。
「お前……どっかの王族だったりしないか?」
「どうしてですか?」
王族、もしくは高位の貴族では容姿が良くなるように血を混ぜる事がある、極端な例では見た目の洗練のみを目的として婚姻を結ぶ家もある。ゆえに一段上の容姿を持つものはそれだけで貴族の疑いをもたれる事もあるのだ。
「いや……なんとなくだ」
「そう……ですか?」
「まあいい……授業は終わりだ、早く薬持って行ってやれ」
「はい!!」
ブレスが走り去っていく、それを見送り呟いた
「あいつ【貴不死人】の関係者か……?」




