匠
「僕子育てなんてできないんだけどな……困ったなあ」
ブレスが2歳児まで退行した後に行われた緊急会議によって当面は首謀者であった匠にブレスは預けられることとなった。
「あ、そうだ。作ればいいじゃん」
匠の住む工房には幸い空き部屋だけは潤沢にあった。そして匠にとっては空間と材料さえあれば大抵のものは作成可能なのだ。
「やー、久しぶりだから緊張するなあ。いくよ万能工具」
匠が工具を握る。
『イエス、マイマスター』
驚くべきことにその工具は喋った。万能工具は瞬く間に姿を変え大きさを変え必要な機能を発揮していく。奇妙だがその一部は常に崩れ続けており崩壊の一歩手前で匠が作業を終えて次の機能に組み変わるといった様子である。
「あーはははははっは!!!なんか興が乗ってきちゃったなぁ!!」
エスカレートする匠を止めるものは一人もいない。その近くには眠るブレスとそれに寄り添う【恋人】だけであった。
匠の手がすり減り、熱を持った頃に作品は完成した。
完成してしまった。
「出来た!!これは傑作だなあ!!」
佇むのは鋼鉄の肌を柔らかい素材で包みこみ、その芯たる骨格には神鉄を仕込みありとあらゆる機能をぶち込んだオーバーテクノロジーの権化。
メイド型ロボットがそこにはあった。
「これで完璧だぁ!!」
「いや、ダメに決まってんだろ」
ぐしゃりという音と共にメイド型ロボットの頭部が握り潰された。
その犯人は濃紫のドラゴニュートである。
「うわあああ!?僕の作品がぁ!?何すんだよすとれんぐすううううう!!!」
非力な腕を振り上げて犯人の剛をぽかぽかと殴りつけるが全く意味はない。
「校長に言われて渋々来たらこれだ。機械で育ててどうすんだよ、機械みたいなガキなんざにする気か?」
「あ」
「お前はそういう奴だってことはもうバレてんだよ匠。大人しくてめえで育てな。なあに一か月の辛抱だろうが、持ち回りで世話すんだからよ」
そう残して去ろうとする剛の尻尾を匠が掴む
「ひゃあっ!?」
「僕だけだと無理だ。助けて剛」
匠の顔は完全に小動物のそれでありブレス程ではないにしろそれは庇護欲を誘うものだった。
「チッ、今回だけだぞ」
「やった!!」
弱いものに弱い。それが剛の気質だった。
「ん……ふわぁ」
ブレスの起床と共に剛と匠が身を固める。剛に至っては毛と尻尾が逆立つ始末である。
「ぱぱがふたりいるぅ、えへへ〜」
「ーーーー!!」
「ーーーー!!」
二人が驚いたのはブレスの振る舞いの愛らしい振る舞いではない。
ブレスの言ったパパという言葉、つまりは二人を男だと認識しているということ。見た目は完全に女性となっているにも関わらず【貴不死人】になる前の性別を知っているということだった。
「どうしたのぱぱ?おなかいたいの?」
「……ねえブレスちゃん。どうして僕のことをパパって呼ぶのかな?」
「え?だってぱぱだもん」
匠は目頭を押さえた。そして2歳児に聞いた自らの愚かさを悔いた。
「ねえねえ、すとぱぱはどうしてこっちこないの?」
「ぶっ!!」
匠が吹き出す。
あまりにも破壊力のある一言だった。
「ふ、ふふっ、す……すとぱぱ……とか……ねえどんな気持ち?すとぱぱどんな気持ち?」」
「うるせえよ!!好きなように呼ばしたらいいじゃねえか。どうせ名前なんぞとっくの昔に捨てた身だ」
「なんだ、顔が真っ赤なこと以外は面白くないな」
「赤くねえし!!」
剛と匠の言い合いの最中、甲高い音が響く。その音はブレスの腹から出ているようだった。
「おなかすいた……」
「クソ!!とりあえずメシ作るぞ。ガキに腹すかさせて喧嘩なんざロクでもねえ」
「僕料理作れないよ?」
「てめえどうやって生きてたんだよ!?」
「栄養剤をチュチュっとね」
「これだからガラクタラフの機人は!!」
「あー、差別発言だ。それ以前に僕らこうなってから普通のもの食べる意味ないじゃない。むしろなんで作れるの?」
「あん?そんなの趣味に……今のなしだ。忘れろ」
匠の顔が驚愕に歪む。
「えー!?料理が趣味って剛が!?」
「悪いか!?こちとらこうなる前から料理してんだよ!」
「長い付き合いだけど始めて知ったなあ。あ、でも。ブレスちゃんを一人にできないから僕はこっちにいるよ」
「心配すんな」
剛が指を弾く。
どこからともなく子猫と子犬のペアが現れた。
「よーしよし良い子だ。今からそこのガキの相手をしろ、いざとなったらオレを呼べ。いいな?」
子猫と子犬が元気よく返事をしてブレスの方へと向かった。
「わぁ〜、ふかふかもこもこだ!!」
ブレスと子犬と子猫はすぐに打ち解けてじゃれあい始めた。
「これでいいだろ、あいつらの性能は知ってるよな?」
「あ、うん。というかよーしよしのくだりが衝撃的すぎて情報が入ってこない」
「黙れ、今からお前に料理の基本を叩き込んでやる」
「え゛?」
匠の首元をがっしりと掴みいい笑顔を浮かべながら剛は調理部屋まで引きずっていった。
「で、だ。ここに食材はあるのか?」
「ないよ」
無言で剛が拳を握る。
「わー!?待って待って!!ここにはないけど持ってこれるから」
そして匠が懐から箱のようなものを取り出して独り言を言い始めた。
「とりあえずありったけ持ってきて、肉も野菜も魚も穀物も全部。大至急だよ、僕の命がかかってるんだからね!!」
「それで物が届くのか?そんなうまい話あるわけ……」
突然調理部屋の天井が開き巨大な箱が投下された。
「うおう!?攻撃か!?」
「違うから拳解いて、それ振り抜いたら工房なくなっちゃうでしょ」
匠が呆れ顔で箱を開ける、するとその中には食材がぎっしりと詰め込まれていた。
「これでなんとかなる?」
「いや、調味料もだ」
「えー、ワガママだなあ」
無言で(以下略
「わー!?スパイスと調味料全部持ってきて〜!!可及的速やかにお願い!!僕の命が危ない!」
再度天井が開き先程よりは小さな箱が投下された。その中にもぎっしりと調味料が入れられていた。
「これならいいだろう、量はありすぎだけどな」
「ふう……命拾いした。僕はともかく僕の工房を吹き飛ばされなんかしたら大損害だ。工房の作品は僕の命なんだから」
「さあ喋ってる暇はねえ、身体変わって初めての食事だ。消化に良いもん作らねえとな」
「剛だけで案外ブレスちゃんを育てられる気がしてきた」
「黙れ、さっさと米出せ」
「コメ?何かのパーツ?」
「そこの袋に入ってるやつだ、早くもってこい」
「これか、よっこらしょ」
「鍋はあるか?」
「どんな形状でも機能でも望みのままに作るよ、匠の腕がなるね」
「じゃあ焦げ付かず熱がすぐに伝わる鍋、底は浅くて良い」
「了解」
匠の万能工具によって瞬く間に鍋が作られた。
「あ、あと水」
「純度99パーセントだけど良い?もしくはオイル」
「良いわけあるか!!」
なんだかんだと時間がかかり料理ができたのは1時間後になった。