遊びの時間は宝探し4
じりじりと三人の距離が詰まっていく、それぞれが腕の届く範囲ぎりぎりというところで静止した。
「いや、もう届くよ」
動いたのはブレス。
とても腕が届くような距離ではないが構わず腕を振った。それは普通なら無駄な動作で格好の隙である。
「うおっ!?」
「なんだ!?」
しかし腕は紐を掠めた。
ブレスの腕に重なっていたグレイスの腕がさらに手を伸ばしていたのだ、ご丁寧にグレイスの本体は腕を後ろに組んでいる姿で腕を隠蔽していた。
実体なき【恋人】に身体の接続など問題ではない。
「あれ?避けられちゃった」
「今だハジメ!!」
「おう!!」
それでも隙はあった、それを見逃す戦闘民族鬼人ではない。
掬いあげるような軌道で紐めがけて手を伸ばす。
「ふっ」
それに合わせたバックステップに念動を乗せて距離を稼ぐ
「そうくると思っていた」
その先にはムケン、正面には追撃に移るハジメ。前門に鬼、後門にも鬼である。
「反射で避けるなら回避行動も先は読めるんだ、何度も見せるものじゃない」
「うーん、本当にそう思ってるなら訂正するね」
「もう遅い」
紐へと手をかけ
「反射にも何個か種類があるから心配しないで」
ブレスがその間をすり抜けた。
「かかったな……」
ハジメの手から炎が発せられる、薄皮を焼く程度の炎だが目くらましには十分だった。
「しまった……!?」
「ここだ」
背後からせまるムケンの気配を感じる、首元へのびる手の動きもなんとなく察していた。軌道は横、速度は最大でおそらく【恋人】を使っている、しかし距離は空振りだった、関節一個分届かないというのがブレスの見立てだ。
だがそれでも何かあるはず、ブレスはあえて炎に突っ込んだ。もとより薄い火ゆえに潜っても被害はない。視界が再度ふさがるが距離をとることを優先した。
「惜しい、残念だが詰みだ」
ぶつりという感触、首の紐が切れたのだろう。ブレスは少しだけ首に抵抗を感じたがすぐにそれはなくなってしまう
「長さを変えられるのはお前だけじゃないんだ」
「やられた……」
振り向いたブレスが見たのは衣を伸ばした先に引っかかっている己の紐であった。
「それって操れたの……?」
「肉体の一部みたいなものだからな、そこまでの実用性はないがある程度なら自由に動く」
うねうねと動かして見せるムケン
「やられたかー……いけると思ったんだけどなー」
ブレスはそのまま歩いて少し離れた場所で座り込んだ。観戦モードである。
「二人とも頑張ってねー」
呑気な声が響いた時には二人の鬼は相手をしっかりと見据えていた。
「炎はもう見た、次はない」
ムケンの重心が落ちる、落下を推進力へと変えて滑るように動いていく
「縮地か、相当やるみたいだけど……」
ムケンの手がハジメの紐を取ろうと動く、それに対するハジメは無反応の棒立ちだった。
「観念したか……もらった!!」
その手は虚空を掴む。
あったはずの実像は、儚き虚像であった。
「なにっ!?」
「素直すぎるのが欠点だなぁ、かげろうを見破れない時点でこっちに分があったみたいだ」
半歩後ろにいたハジメの手がムケンの紐を刈り取った。
紐合戦の勝者が決まった。
「やられた……」
「ま、次はどうなるか分からないね」
にんまりと笑うハジメ、勝者にのみ許される勝ち誇った表情だ。
「ホウ、約束は守った」
首から下げられた紐を指差す。
「守ってくれると信じてました……!」
キラキラと輝く複眼は、その全てでハジメだけを見ていた。
「ねえ、蟲人の遊びは何かないの?」
ブレスが一瞬で雰囲気をぶち壊した、気持ちは分かっても空気は読まないことがあるのだ。
「……そうですね」
表面には出ていないがギチギチと言う音が鳴る、関節部が立てるその軋みは空気をぶち壊した者に対する怒りが原因であった。
しかしそれはすぐに鎮火する、一々苛ついていては和華の上流階級で生活することなどできないのだ。
「これはいかがでしょう」
ホウの懐から木でできた円錐状のものと紐が取り出された。奇妙なことにその中心には芯のような突起がある。
「これはコマと言いまして、このように……」
コマに紐を巻きつけていく、ある程度の遊びを残して巻きつけた後
「やっ!!」
手首を使って前へと放った。
「なにこれすごい……!!」
独特な音を響かせながらコマは回る、しかしそれだけでは終わらなかった。遠心力によって内側にしまわれていた機構が表へと出る。
変形したのだ。
「か……かっこいい!!」
刃のごとき機構を披露したコマであったがやがて回転を失うとその姿はもとの円錐へと戻った。
「本来であればこれを台の上で数人でぶつけ合って遊ぶのですが、あいにく一個しかないのです。ハジメ君は持ってきていますか?」
「いや、置いてきた」
「残念ですが……」
「待って、それ見せて」
ブレスが手を出す
「いいですが……これは専門の職人が作るものですから壊さないでくださいね?」
「大丈夫、物の見方はパパから教わったから」
このパパとは匠のことである。匠はブレスに制作の基礎中の基礎である構造の理解の仕方をそれとなく教えていた。
故に複雑なもの、繊細なものは一手で致命的な傷を受けることをブレスは知っていた。
「これ……本当にすごいね、分解しないとどうやって刃が出てくるのか全然分からないや」
だが、このコマは和華の中でも最高級の職人集団の天牛衆の手によるものである。複雑怪奇な内部構造はブレスを全く寄せ付けなかった。
だが、ブレスは重要なことに気づく。
「……別に刃が出なくてもいいんじゃないの?」
コマ遊びにおいて重要なのはコマであって特殊すぎる機構ではない。
「それは……その通りですけど……それでもコマを何個もすぐ用意なんてできないですよ。重量の均衡が取れていないとまともに回らないのですから」
「あ、それなら大丈夫。均衡を取るのは慣れてるから」
「慣れ……てる?」
「うん、そこらへんの木を削ってもいいならすぐできるよ」
「薪小屋から一つ二つ持って来れば足りるんじゃないか?」
ムケンがそう言った時には既にカームの腕には薪が三つあった。
ブレスがコマを触り始めた時にはもう動いていたところを見るにブレスの思考パターンを分かり始めてきたらしい。
「そうだね……なんでもうあるの!?」
「……(こうなる予感がしてたから)」
むふーと鼻息を荒くするカームは渾身のドヤ顔だった。それを見ていたグレイスがひどく不機嫌な顔をする。
そして
「……っ!!」
首が捻られるところをカームが耐えた、どうやらグレイスのタイミングも分かり始めてきたようだ。
「……(もうやられないよ?)」
今度は挑発的な笑みをグレイスに向ける、実体があれば盛大にギリギリと音がすると分かるほどにグレイスは歯を食いしばっていた。その間には明らかに火花が散っている。
その間にブレスは小刀を取り出してせっせと木工に励んでいた。もちろん周りの様子になど目もくれていない。
「ブレス……いつか刺されそうな気がする」
「うふふふ、ハジメ君も気をつけてくださいね?」
「……はい」




