遊びの時間は宝探し3
「では次は鬼の遊びに付き合ってもらうぞ」
そういうやいなやムケンが紐を取り出した。
「紐合戦か……なかなかいいものを選んだね」
「ひもがっせん……?」
「……(説明して)」
皆の首と頭に紐を巻き始めた、紐はただの紐ではなくさまざまな色が編み込まれた飾り紐である。
「簡単に言えばこれは紐の取り合いだ、致命傷になる場所に巻いた紐を取られるということは実戦でも致命傷を受けたことに等しいからな緊張感があって良い」
「今回はどこまでやっていい?」
ハジメが指を鳴らす、先ほどまでとは違った気合の入り方が見える。
「そうさなあ、怪我をしては興冷めだ。故意に紐以外に触れることを禁止するとしよう」
「【恋人】は?」
「禁止事項に抵触しなければ大丈夫とする」
「なるほど……」
「ハジメ君……私は今回は休んでいます。少し疲れてしまったので」
ホウの顔色はあまり良くない、心なしか青ざめてさえいる。
「そうか……分かった」
「では勝ってくださいね、約束ですよ?」
「ぐっ……分かったよ……約束だ」
「ふふ、信じてます」
花のように笑ってホウは木陰に座った。
「グレイスはどこまでやっていいの?」
「……そうだな、紐を直接奪うのはダメだ。手で取るのが原則だからな」
「うん、分かった」
「……(やるならさっさとやろう)」
好戦的な表情をしているカームだがその足元はおぼつかない。鳴き声の影響がまだ残っているのだろう。
「そんなフラフラで合戦に挑むのは自殺行為だ。お前も休んでいたほうがいい」
「……(やれるよ)」
「ダメだ、紐合戦は遊びだが真剣勝負なんだ。準備ができていないものにはできない。その証拠に」
ムケンの姿がカームの視界から消える、それが身をかがめて低い姿勢になったことだと気づくまでにカームの足は払われていた。
「これに反応できないくらいだとまともにはできないぞ?」
転ばぬようにカームを支えながら言った。反応ができるできない以前に体の芯がぐらついているために咄嗟の動きができないのであった。
「カームが怪我したら悲しいよ」
「……(ブレス君が言うなら)」
渋々という感じ満載でカームは木陰へと移動した。
「あなたも休憩?あんなことしたらそうなるのも納得ですね」
「……(鳥が苦手とは思わなかった、怖がらせたなら謝る)」
カームがぺこりと頭を下げる。しかしカームの意図が理解できないホウは首を傾げる。
「何を謝って……」
カームの手がホウの手を掴んだ。その手は微かに震えていた。
「……(と、り)」
口を大きく動かして言葉を伝える。
「と……り?」
「……(ご、め、ん、ね)」
「ご……めん……ね……」
意図を解したホウが目を丸くした。
「気づいていましたか……どうして分かったんですか?」
「……(目と呼吸)」
自らの目と胸を指差すことで示す。カームは自らの黒鶏をけしかけた際にホウの複眼が一斉に収縮し不規則な呼吸になったことに気づいていた。
エルフの観察眼と耳が捉えた情報である。
「目と……胸……ではなくて息ですか……一瞬だったはずですが……分かられてしまいましたか」
「……(どうして?)」
カームが首を傾げる。
「理由……ですか……それはもう血筋というか宿縁のようなものですね。私に限らず蟲人全体に言えますが鳥というのは恐怖の象徴なんです。よっぽどの……そうあなたのところの轟来族の方くらいの命知らずでもない限りは鳥に恐怖しない蟲人はいないんです」
「……(私たちの木喰いみたいなものかな)」
木喰いとはエルフの伝承の中に残る化け物である、どんなに大きな森だろうと一晩あれば食い尽くして更地に変えるというのが定番でありその後に神の怒りを買って使命を与えられた狩人に弓で射殺されるまでがワンセットなのだ。
一説によればその狩人というのは現在の校長であるとかないとか。
「ですから気にしないでください、持病のようなものでしばらくすれば治ります。それよりもこのことはくれぐれも内密にお願いします」
「……(分かった)」
こくりと頷く。
その顔の前にホウの小指が差し出された。
「約束です、小指を」
「……(まじないの類かな)」
言われた通りに小指を出すとホウの小指が絡む。
甲殻の肌とエルフの白い肌が触れ合った。
「指切り拳万、約束を破ったら……ブレス君にばらします」
「……っ!?(何を!?)」
思いがけないことに度肝を抜かれるカーム。
「うふふ、こっちはこっちで気づいてるんですよ。ブレス君のこと好きでしょう?けどそれを伝える気はないですよね?」
「……(当たり前、絶対に嫌われたくない、重荷にもなりたくない、今が一番いい)」
カームの眼光が鋭くなる。それだけでホウは察した。
「それが私にとってハジメ君なんですよ、だからお互い余計なことをせずにいましょうね」
「……(怖い女)」
「その目は何度もされてきましたから知ってますよ、でもこれが私のやり方です」
ホウの口がにっこりと孤月を描く、そこには蜂の凶悪な牙が覗いていた。
「これからどうぞよろしくお願いします」
一方紐合戦も佳境を迎えていた。
ムケン、ハジメ、ブレスの三名とも頭の紐は既に失い首の紐を残すのみとなっていた。
「なかなかやるなハジメ、まさか刀と炎を囮紐を狙うとは……」
「そっちこそ……関節を外してまで腕を伸ばすなんて予想外だったよ」
「なんで僕には二人がかりだったの!?」
「「二人分動くからだよ!!」」
そう、グレイスへの制限は念動で紐を直接奪うこと。
そして、手で奪うのが原則。であればグレイスが腕を伸ばして取る分には問題がない。
そういう論理だった。
故にブレスの腕は実質四本ある上にその内の二本は骨格も体勢も関係なく伸びてくるという反則じみた状態なのだった。
実際にはグレイスには実体がないので腕の範囲で作用するように念動を使っているため厳密にはアウトなのだがそういうところが大雑把なのが子供の遊びの良いところであり悪いところなのだ。
「僕はちゃんと確認したのに……」
「誰が腕を四本にするなどと思うか!!」
「流石に俺も驚いたよ、ブレスって結構搦め手得意なんだね」
「既存の規律の穴を突けってパパとママから教えられたからね」
これを言ったのは双星と匠である。生きていく上では悪知恵も必要だろうと思って教え込んだのだがこれも十二分に吸収してブレスは成長したのだ。
ちなみに、双星と匠ほどになれば既存の規律の中でさえ異常な成果は出せるがそれでは面白くないと言ってわざと針の穴を通すような真似をすることがある。
「すごい両親だな……」
「見習うべきか……どうだろうなあ……」
複雑な顔をする友人二人を尻目にブレスは楽しそうな顔で二人の出方を見ていた。
「仕方ないな、やはりブレスは脅威過ぎる」
「同感だよ、二人分動く相手に一人ずつでは分が悪いのは変わらないからね」
二人がブレスの方を向く。
「「先に倒させてもらう」」
「やるよグレイス、勝つのは僕だ!!」
決着の時は近い。