料理場は戦場 4
「げふ……これ以上は無理だ……」
次々と完成する料理を一口ずつ食べるのは思った以上にきつかったようだ。
なんとか全員分を試食した後腹をさすりながら扉へと向かう。
「後は好きにしていいぞ……ただし食いもんを粗末にはするなよ……やっぱり最初のが効いたか……」
そう言い残してナラツが去った。その後始まるのは大試食会である。
「それ食べていい?」
「いーよー、そっちのもちょうだい」
「うわっ!?なんだそれ食いもんかよ」
「んだとこら!?食って見やがれ」
がやがやと盛り上がり始めた、そもそも他の種の料理など目にすることなどほとんどないのだ味わうことなど考えたこともないのが普通である。
であれば。
始めて見る料理に興味津々なのも頷けよう。
「はい、約束の料理ですの」
メガに差し出した皿に乗るのは赤いソースのかかったモモ肉である。
「これが帝国の……!!」
「ええ、簡単なものですが血のソースを使った基本ですの」
「血のソースだなんて聞いたことないわ……一体どんな味が……」
既に切られていた肉の一枚をフォークで突き刺す。
「美味しいに決まってますわ、ララちゃんのお手製ですから」
「わっ!?」
当然のように金のフォークを持ったタラスがそこにいた。
驚いてフォークが落ちる。
「そんな勿体無いことさせませんわ」
間一髪金の粒子が落下を阻止した。そのままふわふわとメガの口まで肉を運ぶ。
「さあ食べなさいな」
「遠慮なくいただくわ、はむっ」
メガの目が見開かれる。
「なにこれ……臭みを飛ばして香りが広がって…すごい……!!」
「そうでしょうそうでしょう!!なんたってララちゃんのお手製ですもの!!」
「もう……言い過ぎですの……」
大絶賛に頬を赤らめる。
「ではわたくしもいただいて良いかしら?」
「ええ、感想を聞かせて欲しいですの」
金が肉を運ぶ、なんのための金のフォークかと思うがおそらく気分だろう。
「あむ」
一切れを口に含んだ。
そして。
倒れた。
「ターちゃん!?」
「……これ……が……天上の……一品……ですわ……」
嬉しさのオーバーヒートでぶっ倒れたのだがそれを抜きにしてとりあえず二人の貴族令嬢が絡んでいるのはなんとも麗しいものだ。
「ターちゃん!!しっかりしますの!!」
「まさか……こんなことになるなんて……でも満足ですわ……」
弱々しく動いた手がララシィの頰に触れる。
「これからも……ずっと……友達……ですわ……」
手から力が抜け床を叩いた。同時に瞼も閉じられる。
「ターちゃああああああん!!!!」
「あーはいはい、そこのは回収するから」
どこからともなく現れたアガペがタラスを担ぐ、見かけによらず力が強い。
「ターちゃんは大丈夫なんですか!?」
「ん?そうねえ。全治1時間って言ったところかしら」
「ああ……良かった……!!」
「次はこんなことのないように気をつけるのよ?」
「はい……二度としませんの……!」
アガペが去る。これにて帝国少女劇も終幕となった。
「それじゃあこれをブレス様にもあげますの、胃袋を掴むのも戦略ですの!!」
「あ、その前に私のも食べてもらえるかしら」
「ええ、機人の料理なんて食べる機会がありませんから大歓迎ですの!」
「じゃあこれ」
ごとり。
皿には四角いブロックがコロコロと置かれている。
「……ええと?」
「これは保存が効くように超圧縮した状態になってるの。これなら一年っていったところかしら、さあどうぞ」
「え、ええ。いただきますの」
目を閉じてブロックを口に放り込む。
「あら、あらら?口の中で解けて塩の効いた味がじんわりと……美味しいですわ」
「良かったあ、味のバランスは取れてたみたいね」
「ええ、良いお味でしたの。さてブレス様は……」
ブレスは少し離れた場所でムケンと共にカームの料理を味見しているようだった。
「む!早く行きますの」
「面白そうだから私も行くわ」
カームの皿は香草をふんだんに使った蒸し肉である。
「……(結構上手くできたから食べてみて)」
「ありがとう、エルフ料理は久々だから楽しみだなぁ」
「私ももらうぞ」
「……(ムケンには言ってないのに)」
「固いことを言うな、私のもやるから」
それぞれ一切れずつ肉を頬張る。
「美味しい!!」
「うぐっ!?」
二人の反応は対照的であった。
輝く笑顔のブレスと青い顔のムケン。
「この……匂いは……なんだ!?」
「……(クチィっていう香草だけど、良い香りでしょ)」
「すまん……が、私には合わないみたいだ」
なんとか飲み込んだムケンはまだ青い顔をしている。
「……(お子様舌のムケンには早かったみたい)」
「誰がお子様舌だ!?」
「これは好き嫌い分かれる匂いだから仕方ないよ、確かに癖が強いから」
フォローが入ったがムケンの腹の虫は治らない。
「なら私のも食べてもらおう、これが美味しかったら子供舌は撤回してもらうからな!!」
どんと出てきたのは鍋だった。中ではぐつぐつと肉が煮られている。
「本来なら野菜が入るんだが今回は肉のみだ。卵もあればもっと美味くなるんだぞ」
皿に小分けにしたものが配られる、なんとも言えない甘辛い匂いが漂いはじめた。
「……(へえ、やるじゃない)」
「これが和華の料理……」
ちなみに親の一人の双星が作る料理はブレスも見たことがある、しかし彼らは和華の中でも最高クラスの身分持ちだったので武士階級の作る料理などは作らなかったのだ。
「待ってくださいまし」
そこにララシィとメガが合流する。それぞれの手には皿。
「せっかくですし食べ比べいたしません?」
「こんな機会ないでしょ、色んなとこの食べてみたくない?」
「あのぅ……私もいいです……か?」
おずおずと参加したのはギャルゥだった、皿にはシンプルに胡椒をふって焼いた肉がこんもりと盛られている。
「(この方は危険ですが、止むを得ませんの。ここでブレス様の心象を悪くはできませんの)ええ、大歓迎ですの」
貴族特有の営業スマイルである。
「ありがとう……ございます、ララシィさんって良い人だったんですね」
「今までなんだと思っていましたの!?」
「ひぃ……!?」
「……怒ってませんの」
「は、はいぃ」
あいも変わらずテンポが悪い。
そして遠巻きにそれを見るハネがいた、彼女には調理の意味があまり理解できない。他の人と分かち合うことが前提であれば綺麗に分けるくらいはするが普段であればそのまま食べて終わりである、それで支障が出ることもない。
なぜ、そんな風にするのか。どうしてあんなに楽しげなのか分からなかった。
「(違うんだ……私とは……やっぱり)」
差異をはっきりと感じ取るほどに心が蓋で覆われる。
「(私のは……誰も食べてくれない)」
ただ持ちやすいようにバラしただけの手足がそこにある、なんなら周りの目がない状態なら殺したものはそのまま齧ることさえある、故に手足に分けただけでもハネにとっては立派な調理だった。
「それ、もらってもいい?」
「え?」
いつのまにかブレスがいた、思考に沈んでいたハネは声をかけられてようやく気づく。
「ほんと?」
一瞬だけ顔が上がるがすぐに俯いてしまう
「……私なんかの食べたら……ダメ……私とは違うんだから」
「お願い、少しだけでいいから……」
「だからダメって……ひぅ!?」
顔が近い、それこそ鼻が擦れ合いそうなほどに。
「食べてみたいんだけど……だめ?」
大きな瞳、遠巻きでは光を写し輝く瞳に見えていた。
だが、近場で見ると深い深い黒。どこまでも吸い込まれそうな深淵のごとき漆黒だった。
「えっ……あの……ちかい」
目が離せない、逃げる事は容易いはずなのに動けない。
それは違う。
目を離したくない。
無意識下でそう思ってしまっていた。
「分かったから……食べていいから……離れて……」
「ありがとう!!」
大きな声の礼と共に顔が離れる。
「あっ……!」
なぜ名残惜しそうな声が出てしまったのかは分からない。
それでも何か喪失感にも似た感情をハネは味わっていた。
「いただきます」
足を持つ姿は蛮族のはずなのに、なぜか様になっている。
躊躇いなく生肉にかぶりつく。
「うん、美味しい!!」
唇に血がついて赤く色付く。紅をさしたかのように艶やかな雰囲気を纏いそして瞬く間に肉を食べきってしまった、予想外の健啖家ぶりに呆気にとられてしまう。
「ごちそうさまでした」
ぺろりと唇を舐めて血を拭う。赤く潤った舌が見えただけでハネの心臓が跳ねた。
「っ!?」
「これはお返し」
差し出されたのは薄く切られた肉と黒っぽいソースだった。
「これって……」
それは生肉のように見えた。
「つけて食べてね?」
「うん……(同じ……そのままなんて……まさか……)」
おそるおそる口に運ぶ。
塩気の強いソースは不思議と生肉に良くあった。
「美味しい……」
「良かった、新鮮な肉はこうやって食べると美味しいってママが言ってたんだ」
「そう……なんだ」
「まさか同じことをやってるなんて思わなくてびっくりしたよ」
「(同じ……違わない……本当に……ブレス君と同じ……?)」
「どうしたの?」
「なんでもない……けど、食べてくれてありがとう……」
「どういたしまして……?」
礼を言われた意味がブレスには分からない、だが何か助けになったということだけは読み取っていた。
「あっ、いつの間にそんなところに行ってましたの!?」
ふらりと居なくなったブレスを探してきたようだ、それを見ると音もなくハネが離れていく。
だがその先には既にメガがいた。
「ハネも一緒に食べよ?」
「私は……その……大丈夫……だから」
「一緒に食べようよ」
ブレスの顔がまたしても近い。
「……うん」
驚くほどあっさりと承諾する。
「あらら……?」
その様子を見たメガがにんまりと笑った。
「じゃあ決まりね、あっちに行きましょう」
メガが参加したことで全ての種族が集まった。そして本当の戦いの火蓋が切って落とされる事となる。




