料理場は戦場 2
「今日は全員にやってもらうからな、ブレスは先に料理始めてろ」
授業が再開される、心なしか皆の目にクマがあるように見えるのは気のせいではない。
「じゃあ……ムケン」
「はっ!!」
「その堅苦しい返事どうにかなんねえか……ここは武家じゃねえからな」
「先達は敬うものですので」
「……まあいいや。直すのもめんどくせえし」
獣の好物が入った袋を受け取ると一匹が解き放たれた。
「畜生相手でも手は抜かない、獅子は兎相手でも全力だ」
ムケンの身体にふわりと【恋人】がまとわりつく。
「あっバカ!!」
ナラツの声も空しくムケンの拳は獣に向かって振るわれた。
「あ」
ぱん!!
「やっちまいやがった……」
獣は全身の骨を砕かれたどころか辺りに飛び散った。これでは料理などできるはずもない。
「……私は武以外は……てんでダメだ……」
自らの失敗を悟った後部屋の隅にうつむいて座り込んでしまった。それを一瞥しつつナラツが話を始めた
「良いか、あんなことにならないようにしろ。あれは悪手の見本だな、てことで次が本番だ。」
ムケンの顔が上がる。
「……良いのですか!?」
「またやったら終わりだけどな」
「心してやります!!」
もう一匹の獣が放たれる。先ほどと同じように殴ったのではただの再演になる。
「(手加減しろ、拳はいけない。では平手は……だめだ弾ける。ならば……)」
考えた末に答えを出した。【恋人】を使わずに獣の首を掴む。
「ふっ」
鬼の腕力で首を捻る。
ぱき。
獣の首は容易く折れた、今度はきっちりと身体が残っている。
「よし、それでいい。後は解体して肉として扱えるようにしろ」
「はっ!!」
持参していた小刀を使って作業を始めた、前のブレスとは違って特に目を引くこともない良い意味で普通の作業だった。
「次は……ララシィ」
「はい」
「おら」
袋が投げつけられる、相も変わらず貴族には当たりが強い。
「まったく……もう慣れたから良いですの」
獣が襲いかかる、心なしか他の個体よりも一回り大きい。
「狩りは貴族の必須技能ですの、ヘマも失敗もあり得ませんの」
翼を突然広げた、目の前の敵がいきなり体積を増したことで警戒した獣の動きが止まる。
「威嚇みたいなものです、動きが止まったらあとは絞めるだけですの」
翼の影に隠れた尻尾が獣に巻き付く。
「では、速やかに刈り取らせていただきます」
ぎちりという音がする、尻尾に力を込めた音であった。獣は抵抗する力を奪われ絞め落とされた。
「あとはこれを肉にすれば良いんですのね」
「あ?そうだな」
「では早速」
風が吹き獣の身体は空中に固定された。
「ご覧になってくださいな、これがファブニールの解体芸術ですの!!」
手に持ったナイフを風に乗せる。
「さあ!!始めますの!!」
ララシィの手が音楽の指揮をとるかのように動き始めた。それに連動して獣とナイフが踊る。
「風に惑う死者の円舞、剣の従者を侍らせて♪」
いきなり歌い始めたことで全員がぎょっとするが公演中のララシィはそんなことを気にしない。
「内に秘めたる暗きもの、暴くは鋭なる固きもの♪」
風に乗ったナイフが首を裂き、腹を裂き、獣を肉へと変えていく。溢れた血さえ宙に舞わせて赤の劇場を作り出す
「周り回りてぐるぐるり、舞踏の狂騒が天を衝く♪」
激しさを増す風は今や解体を終わらせつつあった、内臓はいつの間にか処理の箱へ飛ばしているあたりそつがない。
「死の舞踏は終わりを告げる、死者の終わりで幕が下りる♪」
解体が完了したのち一度全てのパーツが上へと打ち上げられた。
「死者は糧に、生者の贄に、屍の先へ久遠の旅路へ我らの歩みを止める物なし♪」
ララシィの手に肉が重なる、大きい物から順に重なり頂点に頭が乗る。
「これにて終幕ですの」
ララシィがぺこりと頭を下げる。当然周りの級友は口を開けて固まっている。
誰だっていきなり歌劇が始まってしまったら反応をすることはできない、予想外のできごとには対応しきれないのが普通なのだ。
しかしその中でブレスは目を輝かせて手を叩いていた。
「すっごーい!!!!今の何!?」
すごい勢いで詰め寄ってくる。
「今のはファブニール家にある歌と解体を組み合わせた芸術ですの、本来ならもっと格式高いものなのですけれどせっかくなので披露したんですの」
得意げにララシィが語る、その一瞬の後ある可能性に気づき首に力を入れた。
「くっ!?」
案の定首が捻られるが予想していた為に耐えることに成功した。ブレスの真後ろに出現したグレイスは悔しそうな顔をしている。
「どうしたの?」
「いえ……なんでもありませんの」
してやったりという顔をグレイスに向けるとぐぬぬとより一層悔しがった。
「(ああ、痛快ですの。このままブレス様の婚約者の座も貰いますの)そうですの、いっしょに」
ナイフがララシィの顔の横を通る。
「きゃっ!?」
「……(手が滑った、ごめんね)」
次の順番であったカームの手から放たれたものであった。なお、カームの愛用の黒塗りのナイフは持ち手に特殊な木材を使用しており手に吸い付くような性質を持っており非常に滑りにくい。
「手が滑ったんだって」
ブレスが通訳するがそれが無かったとしても意図を理解することは容易だった。
「分かりましたの、気をつけてくださいまし。何かの間違いがあってはいけませんの」
「……(間違い……ねえ、何が起こるって言うんだか……)」
両者の間でバチバチと火花が散る。
「返しますの」
風で拾ったナイフを射出。それもカームへ向かって一直線である。
それを最小限身を捻って躱す。その際にナイフの柄に触れて軌道を変えていた。
「あら?いりませんの?」
カームがにやりと笑う。
「……(手伝いありがとう)」
「上手くやりましたわね……」
躱した先には襲いかかろうとしていた獣が居たのである。いきなり現れたナイフに対応できずそのまま眉間に食らって絶命していた。
「周りの物を利用したか、それもまた良し。次は解体だ」
「……(分かりました)」
無言で頷いて解体を始めた。
速やかかつ丁寧な解体はまさしくお手本のようであった。
「こんな感じでやるのが良い、変に時間をかけたり騒々しくしたりするのは無駄だ」
「……(無駄だよねえ?歌とかさ)」
不適な笑みをララシィへと向ける。
「何も言ってないはずですのに……なんだかいらいらしますの……!」
目は口ほどにものを言うとはこの事である。
「ですが……問題は料理の味ですの。コレばっかりは負けられませんの女として!!」
「……(それでも負けるつもりはないけど?)」
より大きくなった火花は可視化していた。というかメガが火花を出していた。
「なにしてますの!!」「……(なにしてんの)」
「いや、面白いくらいにいがみ合ってたからつい……ね」
「余計なことはしないでくださいまし!!」
「ごめんねって次は私か。そうだ、料理できたら皆で食べましょうよ」
「べ、別にあなたが食べたいと言うのでしたら……構いませんの」
「やった、帝国の料理って食べたことなかったの。楽しみだわ」
「……(ちょろい……)」




