速いは強い
「今思い出しても身の毛がよだちますの……」
「流石にドラゴンは……恐いわ」
話しているうちに思い出したのだろう、メガとハネは青い顔をしている。
「大変だったねえ、じゃあ次はこっちの番かな?ハネちゃん話していい?」
「どうしても……ですかぁ?」
「うん」
フリュウのやたら眩しい笑顔はハネを押し切ることに成功した。
「……手短にお願いします」
「分かったよ」
なぜか嬉々とした様子でフリュウが話し始めた。
森の中を流星が走っていた。
一方は白く低空を飛び、一方は黒く地を滑るように走る。
「待って待って!?速いよハネちゃん!?」
「時間が惜しいです……早くメガちゃんと合流しないと」
森に入るなりハネが駆け出した理由は一つメガとの合流である、先に入ったメガと合流することしか頭にはなかったのだ。
「合流!?相談してよ!?」
「大丈夫です……二人よりも四人の方が安全です。数は力です……」
「ははっ!!それもそうだね!!」
フリュウはあんまり物事を複雑に捉えるたちではなかった。
「あれ?危ないよハネちゃん!!」
進行方向には大きな団子虫のような虫、今の速度では避けることもできずにぶつかってしまうだろう。
「……邪魔です」
ざぐり。
不思議な音がした。
砂利か何かをスコップで掬うような音。
「え……!?」
「……足が止まっちゃったじゃないですか」
素手が団子虫の甲殻を貫いた音だった。勢いのまま腕を団子虫へと突き入れていたのだ。
「……どいてください」
腕の振りで団子虫が抜け脇へと飛ぶ。
「こっちのはず……」
そしてもう一度走り出した。
「ひゅ〜……やるじゃん」
一部始終を見ていたフリュウの口は弧を描く。どこか猟奇的なその視線はハネの腕に注がれていた。
「躊躇なしで腕を打ち込んで、そのまま捨て置くなんて……いいねえ……」
その視線を気にすることもなくハネは走り続ける。
だが、その足は突然止まる。
「ない……」
「ぜはぁ……ぜはぁ………ないって……ふぅ……なにが……?」
ただでさえ飛びずらい森の中で最高速度を出し続けていたのだ、フリュウの疲労は当然である。
息を切らしてもいないハネが異常なのだ。
「メガちゃんの痕跡がここで途切れてる……どういうこと……?」
「ああ……速すぎて言えなかったんだけど、この森って空間ねじ曲がりまくってるから多分奇跡でも起こらない限りほかの人とは会えないと思う」
「そんな……メガ……ちゃん……」
この世の終わりといった顔である。
「大丈夫だよ、1日やそこらでまた会えるんだから」
「……でもぉ……私は……ダメなんです……なにもできないんです……」
今にも泣きそうな顔で言う、それを見てフリュウは呆れた顔をする。
「いやいやそんなわけないじゃん!?」
「え?」
「言っとくけどね、顔色一つ変えずに障害を排除しながら森の中を全力で走って息も切らさないような人が何もできないなんて一周回って笑っちゃうよ」
「だって……さっきまでは必死で……」
「自信持ちなよ、君って蟲人の中でもかなり上位の轟来族でしょ?はっきり言って君に身体能力で追いつける人なんて数えるくらいしかいないんだから」
「でも……でもぉ……」
「だからね……」
フリュウの後ろに大きな影が現れる。
熊のような獣が音もなく迫っていた。
「君は自分のことを」
獣が腕を振り上げる。
「もっと」
爪がフリュウの首へと振り下ろされる。
「だめっ!!」
「へ?」
ハネの身体がフリュウの視界から消える。
ぐちゃ。
何かが潰れる音と大きな物が倒れる音がする。フリュウが振り返る。
「やっぱり君って良いよ」
そこには獣の首に腕を突き刺し、地に倒したハネがいた。
甲殻の腕は肘まで埋まって血に染まり、美しい髪は返り血に濡れてなお輝いていた。
「綺麗だ」
「……?何か言いましたか?」
まさに今命を奪ったというのになんでもないような顔でハネは首をかしげた。
「いや……なんでもないよ」
フリュウは背筋がぞくぞくと震えるのを感じていた。
「(いや、蟲人は生き死ににシビアだって聞いてたけど予想以上だね。多分死ぬときも普通と変わらないように死んでいくのだろう。なんて美しいんだ)」
「どうしました?」
「君はやっぱり自信もっていいと思うなぁ」
「そんなことないです……。だって私ができることなんて皆できるに決まってるんです」
「ああ……うん。無理だよ」
苦笑いである。
「え?」
「さっきも言ったけどね、皆あんな風に走れないしさっきみたいに獣を一撃で仕留めたりできない。君はすごいんだ」
「そんなことないです、私は……ダメなんです」
「むう……根深いな」
「そのう……今は今日の夜をどうするか考えた方が良いと思います」
目をそらしながらハネは言う、明らかに今の話題を避けている。
「うん、そうだね。(露骨に避けてきたね、今はそれでいいけど……いずれは……)」
「あの、空から良い場所って見つけられたりしませんか……?」
「んん?できないことはないけど……しない方がいいだろうね」
「……どうしてですか?」
空を指さす。
「あれ見て」
林冠の間から見える空は紅く染まりかけていた、その間を縫うように高速で飛ぶ何かが見える。
「多分ね、あれは貴種の鳥だと思うんだ。一時的ならともかく時間をかけて探すと縄張りに引っかかって殺される」
「困りました……私は野宿の知識なんてありません……やっぱりダメです……」
「そんなことないよこの森……と言うかジャングルじゃなければその手は有効なんだから。でも……そうだなあ……あんまり時間をかける訳にもいかないし……」
「あ」
ハネの顔が明るくなる。
「一日だけ何とかなれば良いなら……私の【恋人】で何とかなるかも……」
ハネの手に黒い絹糸のようなものが現れる。
「それは……」
「……糸です、黒曜石の様な美しい黒糸。私が誇れるのはこれだけなんです」
「これでなにを……」
「あ、その前にそこの肉を解体しますね」
「え?」
瞬く間に獣が皮を剥がれ肉へと加工されていく、黒き絹糸は血に濡れることも油でぬめる事もなく的確に解体を行った。それを行ったのはハネの手、目にも止まらぬ手さばきで糸を操っていた。
それは蟲人の中で最高峰の糸使いである蜘蛛族にも劣らぬすさまじい物である。
「ええ……!?」
フリュウの口が開いたまま塞がらない。
「まあ……これも蜘蛛の方々のまねごとでしかないです……ただの劣化物でしかないんです」
「いやいやいや!?」
「良いんです……私のことを慰めようとしなくて……」
「そんな……(この子なんで【黄金】クラスじゃないんだ……)」
「後は此処にテントを編みますから……」
「あ、うん(全部この子で良いんじゃないかな?)」
ハネの触覚が動きを捉えた。
「え?何かが来る……!?」
森の奥から木々をなぎ倒しながら何かが迫る。
「う……そ、貴種と敵対した!?」
赤い毛の猿が拳を地面に打ち付けながらこちらへ向かっていた。先ほどの糸繰りが敵対行動と見なされたのだ。
「止まって!!」
黒糸を猿へと飛ばす、四肢に糸を絡ませ動きを封じるつもりだ。
「え?」
だが、猿はそれを全く問題としない。強靱な糸は木綿糸のごとくあっさりと千切られる。それどころか糸を握られ引き寄せられてしまう。
「きゃあああああああ!?」
引き寄せたハネを磨りつぶすべく猿が巨大な拳を振り上げる。
「やらせるかぁあああああああああああああああああああ!!!!」
振り下ろす一瞬前にフリュウが腕へと飛びつく。
が。
猿はびくともしない。
「無理か……」
腕にフリュウがまとわりついたまま猿は拳を振り下ろした。
「はぁ……!!」
すんでのところで糸を消したハネが拳を避け、拳にしがみついていたフリュウを引きはがす。
「……はぁ……はぁ……」
「助かったよ……腕が……!?」
「ん……大丈夫……痛みには鈍いから……」
フリュウ救出の代償にハネの左腕2本が失われていた。
「……もういいや」
「……?」
フリュウの顔から何かが消えた、生命感が消え存在が希薄になる。
「今から少し不思議な事が起こるけど……忘れてね?」
翼と輪が光を放つ。
「これは……【恋人】なの?」
「んー、似たようなものかな。じゃあやるよ」
光が強くなる。
「消え去れ……」
天から何かが降り注ぐ、光の柱に似たそれは猿へ向かって一直線に向かって行った。
「え?」
光が当たる直前に、猿は奇妙な動きをしていた。なにか溜めをつくるような動き。
猿が光へ向かって拳を突き上げる。
「貴種とはいえ……デタラメすぎる……」
拳で光の柱を相殺した猿は悠然と佇んでいた。瞬きの間に猿は目の前におり、拳が目前に迫る。
「死ぬのか……」 「メガ……ちゃん」
二人の最期の言葉だった。




