森の話
「とまあ、そんな感じで目覚めてからも分かるんだ」
話し終えたムケンは頭を掻きながら言った。
「……(あんまり思い出したくはないけどね)」
「私もだ」
どことなく気まずい雰囲気になってしまうがそんなことをものともせずにブレスは考察始めていた。ぶつぶつと呟く姿は鬼の双星にそっくりである。
「……つまりは死ぬ間際に何かが繋がった……心にパスができた……死に瀕したせいで自己と他者の境界が薄れて同調した……?」
「ブレス?」
「……?(どうしたの?)」
話しかけられてようやくブレスは戻ってきた。
「なんでもない!!考え事してただけだから。でも分かるようになって良かったよ」
「まあ不便ではないな」
「……(悪くはないよ)」
そこへ廊下を走る音が響いてきた。
「みーつーけーまーしーたーのー!!」
「はは、面白そうな話してたわね。来ちゃったわ」
ララシィとメガが突入。
「メガちゃん待ってえ!!」
「ちょちょ……!?翼が引っかかってるからぁ!?」
「あ、ごめんなさい。気づかなくて」
メガを追ったハネがフリュウを引っかけながら登場し部屋が満杯になる。
「そうそう森で死んだときの話をしてたみたいだけど、せっかくだから話してしまった方が気が楽になると聞いたことがあるよ」
キリっとした顔でフリュウが言うが現在ハネの髪と翼が絡まっている。
「え?そうなんですの?じゃあ話しますの、このままでは恐怖で寝られませんの」
変なところで単純で素直なのがララシィの良いところであり悪いところでもあった。
「結構きつい体験だったと思うのだけど?」
「大丈夫ですの。ブレス様にはもともと話すつもりでしたし、他の方はおまけですの」
ララシィが淡々と話し始める。
森の中へ入ったときララシィとメガが行ったことは自己紹介であった。
「改めてララシィ・ファブニールですの。これから一昼夜よろしくお願いしますの」
「メガだよ、こちらこそ」
握手を交わす。
「さて、森など初めて来ましたので勝手が分かりませんの。なにか案はありまして?」
「私も機械に囲まれて育ったからよく分からないけれど……とりあえずは食べ物か飲み物を探すのが良いと思うわ」
「そうですわね、腹が減ってはなんとやらといいますし」
「それでなんだけど、ちょっと試したいことがあるの。いいかしら?」
「ええ、どうぞ」
「良かった、話が早い」
メガの手に銀色の球体が現れる。
「えいっ!!」
握りつぶすと球体は周囲へとまき散らされた。
「……何がしたいんですの?」
「ちょっと待って……こっちよ」
「こっちに何があるんですの?」
「来たら分かるわ」
メガに手を引かれるまま行くとそこには洞窟があった。
「見てみたら奥の方に泉もあるみたいだし、これは当たりね」
「さっきので調べたんですのね、素晴らしい【恋人】ですの」
「やめてよ、照れるじゃない」
「いえいえ、讃えられることは正しく讃えられるべきなのです」
「大したことなんてしてないし……」
風を切る音がした。
否。
黒い翼が動くのだけが見えた。
音はない。
「え?」
気づいたときには目の前にメガの姿はなかった。あるのは舞う羽根のみである。
「鳥ですの!?」
即座にララシィの頭にティアラが現れる。
「返してもらいますの」
背中の翼を広げる、もちろん翼だけで飛べるような筋力は今のララシィにはない。だがララシィの身体は浮いていた。
風が身体を押し上げているのだ。
「はぁっ!!」
メガをさらった何かを見つけるために飛翔する。遠くに小さくなった影が見える。
「居ましたの!!」
風を受け最大の加速をもって身体を撃ち出す。身体の軽さも相まって見る見るうちに距離を詰めていく。
そして。
ララシィは。
梟の爪によってあらぬ方向に曲げられたメガを見た。
腕も、足も、胴体も。
ぐしゃぐしゃになっていた。
一目で分かる、もう終わりだ。生きていない。
生きていられる訳がない。
「うそ……さっきまで……いや……いやああああああああああ!!!」
叫びは逆巻く風となり梟を穿つ。
メガが梟の爪から解放され重力に従って地面へと落ちる。
「あああああああああああああああああああ!!!!!」
自由落下をも加算した最高速度でメガを回収し風を使いふわりと着地する。
「あ……ああ……どうしてこんなことに……」
近くで見たメガは無残なものだった、どこもかしこも折られて銀色の体液をこぼしている。
「血じゃ……ない?」
「あー……驚いた」
「ひゃっ!?」
メガの頭部が突如しゃべり出した。
「取り戻してくれたのね。ありがとう」
「あ、ああ、生きて……生きてる……?」
「うん、大丈夫よ。私の身体は機械じゃないけど【恋人】で動いているから。筋肉も内蔵もね」
メガの身体がうねる。およそ骨格がある生物ができない軟体動物じみた挙動をしながら元の形へと復元された。
「ほら……ね?」
「どうなって……いますの?」
「ちょっと身体が弱くて、首が取れるっていうのも身体へのアクセスを悪くしてて【恋人】で動かしてるのよ」
「でも……あんなに……ぐちゃぐちゃに……」
「機械じゃないけど人の手は入っててね、頭以外は【恋人】で動かすこと前提の身体になってるの。だからまあ風船みたいなものなのよ、だから見た目ぐちゃぐちゃでも大丈夫なの」
「そう……ですの」
ララシィがうつむく。
「あー、やっぱり気持ち悪いよね?ごめん、見せるつもりはなかったんだけど」
「良かった……」
涙ぐみながらもララシィは笑った。心底安心したというような笑みだった、
「っ!?気持ち悪くないの?」
「何言ってますの、私もう言ったはずですの。讃えられることは正しく讃えられるべきだと。その身体はあなたの生き様そのものなのでしょう。私はそれに敬意を表しこそしれ気味悪がるなんてとてもとても」
「そう……よかった」
ふっとメガの顔から緊張が抜ける。
そして、狙いを定めた翼が襲来した。
先ほどと同じく高速無音の暗殺者のように。
「それはもうさせませんの!!」
だが、梟は地に叩きつけられた。風の鎚による打撃は飛行のために軽量化された身体を容易く落としたのだ。
風を裂いて飛ぼうとも、風そのものにはなすすべはなかった。
「それじゃあお返しといきましょう」
どろりとメガの手から一塊の銀色が溢れる、それは意思を持つがごとく梟に入り込んだ。
二度三度の痙攣の後、梟は絶命する。
「うん、これで今日の夜はご馳走だわ」
「ええ、丸焼きとまいりましょう」
風で木を削り串をつくり、メガが作った火起こし機を風で回して火をつけた。
羽根をむしった梟は思いの外小さかったがそれでも二人分の食料には多すぎるくらいであった。肉の焼ける匂いが当たりに立ちこめる。
「これはこれで悪くありませんの」
「豪快すぎるかと思ったけど……なかなかどうしていけるわね」
初めて自分で仕留めて調理した肉は一層美味に感じるものだ。
洞窟の中でそれらを食しつつ外を見ると、もう日も暮れかかっていた。
「もう夜か……まあ何とかなりそうで安心したよ」
メガの言葉に返答はない。
「どうかした?」
ララシィに目を向けるとその顔は蒼白で歯がガチガチと鳴っていた。
「何かあったの!?」
「だめ……ですの。これはどうにもなりませんの……!!」
「ダメって何が……!!」」
「ど……ら……ごん……ですの、ここはドラゴンの住処ですの。あまりにも深くにいたから気づきませんでしたの……!!」
「そんなこと……まさか……奥の泉」
「今、地底湖から昇ってきてますの。私たちの匂いは完全に覚えられていますの……逃げられない」
ドラゴニュートの感覚によってドラゴンの接近に気づいたがもう遅かった。ドラゴンは基本的には貴種の頂点の一角として高い知能を持ち滅多に戦闘は行わない。だが無断で住処に押し入る盗人には別である。どこまでも追いかけ殺す。それがドラゴンが持つ規律だった。
ここに住むドラゴンは海蛇の姿である、それが今二人の目の前にゆっくりと姿を現す。
『ああ、此度は貴様らが贄か。恨むなら己の無知と力不足を恨め、我が領域に勝手に入った者は処断せねばならぬ。全く……本当なら子供は見逃すのだがな……古き友の頼みゆえ致し方ない』
「あ……ああ」
「ひぃ……」
圧倒的な存在を前に二人は動けない、強者のプレッシャーを前に動くことも呼吸すらもおぼつかない。足はがくがくと震え歯の根も合わない。
『せめて苦しまずに逝け』
その言葉までがララシィとメガの記憶である。
直後に高圧で撃ち出された水が二人の頭を撃ち抜いた為に認識の前に死が訪れたのだ。