説明はいつも後から来る
「はい、てことでアガペちゃんから説明があったと思うけどもう一回説明するからお前ら【恋人】しまえ」
最後の復活者だったブレスが起き上がった少し後に校内放送があった。
教室に集められたクラスの面々はナラツを見るなり一斉に【恋人】を具現化させたのだ。
敵は前方にあり、そう言いたそうな形相であった。
「おーこわ、最近のガキは物騒だな。まあそれでも全員一回死んでるわけだ。いい経験だろ?」
「いい経験もクソもあるか!!こっちはいっぺん死んでんだぞ!!」
声をあげたのは鬼人の男子生徒。名前はコテツである。
「あーん?そんな口きいていいのか?こっちはお前らの死に様全部知ってんだぞ。こけて毒の荊に絡まって死んだコテツくぅん」
「ばっ!?あれは事故だ!!」
ナラツの拳が教卓に叩きつけられ豪快な音とともに砕け散る。
「そうだよ人は事故で死ぬ。それだけじゃねえどんな些細な事でも運が悪けりゃそれで死ぬ。【恋人】を使えばもっと簡単に死ぬ。よく分かっただろう人間はちっぽけだとよ。命の軽さと重みが分かったんじゃねえのか?」
だらけた雰囲気が鳴りを潜め、圧倒的な威圧感を放っている。空気が軋むような音まで聞こえてくるようである。
「とまあ、そんな感じだ。力を扱う以上命っつうもんの事を分かってもらうために一回死んでもらったわけだな」
「あの……それは分かったんですけど。どうやって蘇ったんですか?」
おずおずと発言したのは片目が機械の機人の女生徒。名はグーラである。
「それはほら……秘密だよ」
露骨に目をそらした。
「知らないんですね?」
「知ってんのは校長とアガペちゃんだけなんだ。勘弁してくれ」
「これって死者蘇生が可能ってことですよね」
「違う、それは神にしか許されない。あくまで死にたてホヤホヤのお前らを元どおりにしただけだ」
「……絶対知ってますよね?」
「知らないったら知らないんだよ!!」
無理やり打ち切るがグーラはまるで納得した様子はなかった。
「終わり終わり!!今日は帰って寝ろ!!」
そういうとナラツは慌ただしく教室から出て行った。
と思ったら扉から顔だけ出した。
「あ、そうだ。今日だけは部屋割りを無視してもいいぞ。寝られるところで寝るといい。どうせ恐怖で寝られない奴もいるだろうし」
そう残して今度こそ去っていった。
その後皆それぞれなんとなく同じチームだった者と寄り添って話をし始めた。
「あのっ……救護室では…なんか変な感じで……ごめんなさい……怒らないで……」
すっかり元どおりのギャルゥはビクビクしながら話しかけた。
しかしながらその視線はブレスの首筋に釘付けである、心なしか息が荒い気がする。
「謝るのは僕の方だよ。グレイスのせいであんなことになっちゃって……なんて言ったらいいか……」
「あ、それはもういいの。もう大丈夫だから……ね?」
「でも……それじゃあ僕の気が……!!」
「えっと……じゃあこれでおあいこ」
かぷり。
「え?」
首筋にギャルゥが噛み付いていた。もちろん甘噛みではあるがそれなりに痛い。
そしてそれを黙って見過ごすグレイスではない。憤怒の形相とともに目一杯の力で首を捻る。
「えいっ!!」
それを予期していたギャルゥが首に力を込める。結果として首はビクともしなかった。
「おあいこ……だね?」
地団駄を踏むグレイスを尻目にギャルゥが笑う。その指先は浅い歯型をなぞっていた。
「それで良いの……?本当に?」
「うん、あとはこれからも仲良くしてくれればいいよ」
「そんなの当たり前だよ。よろしくねギャルゥさん」
「その……ギィって呼んで……ほしい……親しい人はそう呼ぶから……だめ?」
「分かったよ。よろしくねギィ」
「うん」
なお、この間中グレイスは最短の間隔で最強の力を加えていたがギャルゥはビクともしなかった。
「それとね、今日は一緒に寝てほしいなって思うんだけど……」
「いい「少しよろしくて!!」
ブレスを遮って声を上げたのはララシィであった。つかつかと足音を鳴らしながらギャルゥへと近づく。
「あなた……何があったか知りませんけど。未来の婚約者である私を差し置いてブレス様の隣なんて許しませんの!!」
「ひぃ……!?怒らないでくださいぃ!?」
すっかり萎縮してしまったギャルゥはぷるぷると震えている。
「ごめんなさい……怖がらせるつもりはありませんでしたの」
「大丈夫……です。それよりも婚約者って……?」
「私は卒業後にブレス様に婚約を申し込みますの」
「なあんだ。それじゃあ今はただ言ってるだけか」
「なんですって!!」
「ひぃ……!!」
「別に怒っていませんの。だから部屋の隅へ行くのはおやめになって」
「は、はいぃ……」
つくづく話のテンポが悪い。
「でも……私だってパパとママに会わせたいって言われたから婚約者なんじゃ……?」
「それは本当ですの!?」
「ひぃ……!?聞いて見てくださいぃ……」
くるりと振り向きブレスの肩を掴む。
「両親に会わせたいとおっしゃったというのは本当ですの!?」
「うん」
「ほーら御覧なさい!!今うんと……うんと言いましたの!?」
「言ったよ」
絶望を絵にしたいならば今のララシィの表情が最高のモデルになるだろう。
「そ、そんなぁ……」
へなへなと座り込む。力なくうなだれている姿に貴族の誇りは感じられない。
「ギィの【恋人】がすごく貴重だからパパとママが喜ぶと思って」
「え?」
驚いた顔のギャルゥとゆらりと立ち上がったララシィ。
「聞きましたか!!あなたはそういう対象ではないですの!!」
「えぇ……!?」
先ほどのララシィと同じように座り込むギャルゥだった。
「……(部屋に戻ろう)」
その隙にカームが動きブレスの腕を引っ張って行く。
「……(あそこにいるともっとややこしいことになる)」
「そう……かもしれない。ありがとうカーム」
「……(いいよ。友達だもん)」
もちろんカームにも下心はある。あわよくばブレスの横で寝るつもりだった。なんならブレスが寝た後にベッドに潜り込むことも辞さないくらいの勢いだった。
「ふー……ふー……」
息が少し荒くなる程度には期待していた。
だが。
「すー……すー」
ブレスのベッドではムケンがすでに安心しきった顔で眠っていた。
「なんでムケンが……?」
「……!!(何やってんだこらぁ!!)」
カームがムケンをベッドから放り投げる。
「すー……はっ!?」
空中で目覚めたムケンは回転し見事に着地を決めた。
「何をする!!」
「……!!!(こっちのセリフだよ!!!)」
「ただ寝てただけだろう!!」
「……!!(ここは私たちの部屋でしょうが!!)」
「え?」
ムケンが部屋の番号を確認する。
「あ、本当だ」
「……!!(このばかー!!)」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!!」
そこまで見てブレスが目を見開いた。
「カームの言うこと分かるようになったんだ!」
いつの間にかムケンは喋らないカームとの会話(?)をスムーズに成立させていたのである。
「ん?ああ。あの森で色々あって分かるようになった」
「何があったの!?教えて!!」
「……あんまり面白い話ではないぞ?」
「……(そうそう)」
「お願い!!聞かせて?」
上目遣いである。
あざとい。
「……仕方ないなあ」
実にちょろいものである。
そうしてムケンは森での出来事を語り始めた。




