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獣人を隠すなら森の中


「まいったな……」


ギャルゥを追うものの追いつくことができずに見失なってしまう。


「でもまあ……痕跡はたくさんあるし」


太陽から教え込まれた狩りの技術は追跡までにも及ぶ、足跡や木の傷から移動経路を把握することは難しくなかった。


しかし、途中で痕跡がぱたりとなくなってしまう。


「あ~、そりゃあ野生の獣と一緒って訳にはいかないか……」


天性の戦士たる蜜熊種が簡単に追跡を許すわけがないのだ。


「諦めないけどね……」


物理的な痕跡がなくなったのならば今度は精神的な痕跡を探せば良いのである、ブレスは自分に向けられる感情を感じ取る事ができる。ギャルゥの感情は十分以上にブレスに向かっている、出所のだいたいの場所は分かるのだ。


「こっちだね」


迷いなく森の中を進む、森の中には普通かそれ以上に強力な獣がうろついているのだがそれらはブレスに全く興味を示さない。理由はもちろん、ブレスが獲物と見なされないからである。獣にとって好意的な存在というのは自らを脅かさない存在である、加えて動物の部分が他と比べて少ないブレスは獣からすれば得体の知れない不気味な存在でもある。故に野生の大原則である自己保存の本能に則って無視という形になっているのだ。


こちらを脅かさないが得体も知れないのだから当然であろう、野生はリスクを避けるようにできているのだ。


それでは普通の獣人であるギャルゥはどうだろうか。


「ひぃっ……!?」


当然普通に襲われるのである、森の奥地は獣たちの聖域であり縄張りが幾重にも張り巡らされている。そこを勝手に突っ切りながら来たのだ。加えて精神的に弱っているのも見透かされてより獲物として魅力的になってしまっていた。


死角から飛来した猛禽の爪がこめかみをかする。


「いたっ……!?」


痛みと出血。


二度目の引き金は酷く軽かった。


「がぁあああああああああああああ!!!!!」


ギャルゥの視界が真っ赤に染まる、怒りと殺意に身を任せ跳躍し猛禽の胴体を食い破った。口に広がる血と肉の味はさらなる獣性を呼び起こす。


当たりに血の匂いが充満した。それは周囲の獣の興奮も促す。


「ゴアアアアアア!!!」


黒い狼が飛びかかる、狙いは首もと。

「うがぁっ!!」


蹴り上げによって迎撃、背後に痛み。


「うあっ!?」


二匹目の狼の爪による攻撃だった、気をとられた隙を見た攻撃だった。背中には毛皮がある為に傷は浅いが繰り返されれば多量の出血を伴い死を招く。


「ぐるる……」


ギャルゥが唸る、二体の狼を視界に収めて機をうかがう。


だが、それ故にもう一対の瞳に気づかない。


「うぐっ!?」


足に食いつかれる、隠れていた三匹目の狼であった。


ギャルゥの獣性が判断を下す、このままでは仕留められると。その瞬間にギャルゥの選択肢から防御が消えた。


「がぁっ!!」


足に食いつかれたまま二匹の元へと向かう、当然牙による攻撃に晒される。


ギャルゥはおもむろに両腕を差し出した。


「うぅ!?」


牙は奥深く突き刺さった、少しくらいの衝撃では抜けないくらいに。


ギャルゥは牙をむき出しにして笑う、その後ギャルゥの口が二度閉じられた。


頭部が欠けた二匹の屍が横たわる。


仲間の死を知った三匹目が逃走しようと口を離そうとするがそれは遅かった、既に解放されたギャルゥの腕が狼の頭部を掴む。


「ああっ!!」


めしゃり。


頭部が歪み狼の鼻、目、耳から血が垂れ身体が数度痙攣をした後に動かなくなった。


「はあっ……はあっ……」


決して浅くない傷を負った、血が足りない。そう判断しギャルゥは目の前の屍をむさぼり始めた。故に近づくもう一匹の獣にも己を探してきたブレスにも気づけなかった。


「うーん……この辺りだと思うんだけど……あ……!!」


ギャルゥは居た、確かに居た。だが、その姿はブレスのもとから去る前とは一変していた。


「フーッ!!フーッ!!」


全身は血に濡れ、傷が全身に刻まれていた。


口元が最も血に濡れている為におそらくは相手の血だろうがそれでもこの環境で傷を放置するのは良いとは言えないだろう、何より血の匂いに惹かれて今も虎に似た獣に襲われようとしているのだ。


「危ないっ!!」


「ブレス……くん……どうして……!?」


獣は一瞬を見逃さない。獣としての意識を人間に切り替えられた瞬間は完全に隙だった。


「かひゅっ……!?」


獣の牙はギャルゥの喉を捉えた。首の骨と一緒に気道を噛みつぶす、血の気泡をぶくぶくと泡立たせながらもギャルゥは抵抗を試みるが完全に仕留められた今となってはできることはない。


「あ……あ……あああ……ああああああああああああああああ!!!!」


絶叫が森の奥地に響くがそれはすぐに消されてしまう。木々は音を速やかに吸収した。


次に起こる音は木々がなぎ倒される音だった。


「■■■■■!!!!!!」


音の圧力のみで木々を折り、ドーム状の身体を大きく膨らませて木々をなぎ倒す。それはまさしく怪物だった。


獣は既に圧殺され、傷ついたギャルゥを怪物がその内部に取り込んでいた。


「う……そ……【恐怖フォビア】……!?」


「■■■!!!」


ひび割れた場所が口のように動き、崩れ落ちた壁が暗い穴となって目のようになりそこからは赤黒い液体が止めどなく溢れている。


「■■■!!!!!」


「えっ……?」


【恐怖】は破壊を続けながら叫ぶ、そこに込められた感情をブレスは読み取った。


「かなしいの……?」


悲しみ一色の叫びが意味するのは唯一無二の存在の喪失、しかし【恐怖】の叫びがあるということは主人であるギャルゥの命が未だに終わっていないことを示している。


「まだ間に合う……」


行動は迅速に、効率は最大に。


「グレイス!!」


致命傷を受けたギャルゥが未だに存命なのは【恐怖】の内に居るからであろうと判断しブレスは自分を撃ち出し【恐怖】の口の中に飛び込んだ。


「がぼっ!?」


【恐怖】の内部は赤黒い液体に満たされており、非常に動きづらい。


「ごばばごば!!(あきらめない!!)」


念動で無理矢理に移動しながら、内部にいるギャルゥの元へとたどり着く。


「ごぼっ……」


希望的な観測をしていた訳ではなかった、確かに目の前で食いつかれるのを見た。それでも、奇跡的に傷が浅いという期待をしていた。もしかしたら応急処置で何とかなるのではないかとそう思っていた。


だが、致命傷は確かに致命傷であり、人体の構造に比較的明るいブレスが見て生き残るような確率は0であると断言できるものだった。人が生きるための器官が壊されていた、生き延びるための要素がなかった。


「がばば(あき……らめ……ない……)」


砕けた骨を、切れた血管を、神経を、つなげようと動かす。


懸命に、全霊で命をつなごうとする。


だが、それは奇跡を起こす術ではない。そもそも専門的な医療技術など持ち合わせていない。


無理なのだ、生きるための要素を失い死ぬ条件だけが揃っている。これを覆す力はブレスにはない。


出来ることはただの一つ、せめて逝くときに寒くないように寂しくないように抱きしめるのみである。


「ご……ぼ……(ごめんね……ごめんね……ぼくの……せいで……)」


息ももう続かない、【恐怖】の中でブレスは目を閉じた。


「……く、ここ……やる……つう……るこっちの……うの……も……」


かすかに耳が音を拾うが、それを意味を理解することはできなかった。























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