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校長


「まずい……非常にまずい……まさかこんなことになろうとは」


自室にて頭を抱える校長の顔には余裕がない。


その理由は明白である。


「すーっ……すーっ……」


植物の簡易ベッドには眠っているブレスが居た。


「おのれ……私も子育てなんてしたことないのは知ってるだろうに何が「あ、子供の扱いなら得意だよね?」だ。私は教師であって親ではないのに!!」


そう、名前を決めた後誰が最初にブレスを引き取るかという話になった時最も子供に関わる校長に白羽の矢が立ったのだ。他の世捨て人に比べれば幾分マシであることは確かだが、死を超越して生殖機能を失った【貴不死人】の育児経験値などたかが知れている。


それでも無理とも嫌とも言えないのが校長という人間だ。


「今はまだ眠っているから良い……しかし5歳ほどの子供も相手など……」


ふとブレスとその【恋人】の方を向くとなぜかふらふらと引き寄せられた。


「……」


そしてその顔をじっと見つめる。


「(実に愛らしい、子供というのはこんなにも可愛らしいものだったか)」


歳相応の可愛らしさが溢れ出ている寝顔であるが実のところブレスの容姿というのは一定ではなく見るものによって微妙に変わる【恋人】としての存在が半分混ざっているために相手の好むような容姿に寄った形に見えるのだ。

それはど真ん中ストライクにはならないが十分ストライクゾーンになるということだ。


「(ん?どういうことだ。なぜ私は指で頬を突こうとしているのだ。このふわふわの頬を突く意味など……)」


校長の指がブレスの頬を突いた。


「ふわぁ……!」


あまりにも瑞々しく、あまりにも柔らかく、高めの体温が心地よい。


肉体ももちろん【恋人】の能力下である、つまりは最大限の触り心地が担保されている。


「(なんだこれはなんだこれはなんだこれは、こんなものが存在していいのか、こんなものが……!)」


あまりの衝撃に校長は半ば無意識にブレスの頬を突っついていた。


それほどまでにブレスの頬は魅惑的だった。


しかし、いくらぐっすり眠っていたとしても流石に頬を突かれ続ければ起きる。それはブレスよりも【恋人】の方が早かった。


目をかっと見開き校長の手を触れずに弾くと威嚇のように歯をむき出した。


「なるほど……干渉力は念動か……いやそれよりも先に謝罪だな。すまない、ブレスに危害を加えるつもりはないんだ」


両手を上げて害意がないことを示すとブレスの【恋人】は威嚇を解いた。


「んん……ふわ……ここは……どこ……?」


遅れてブレスが目覚める。


自分の状況が飲み込めていないようであたりをキョロキョロと見渡す。


そして、校長を見つけた。


「えっと……あなたは……?」


「私は校長という、故あって君のことを預かることとなった者だ。これからよろしく」


「え……は……はい……ありがとうございます?ぷりぱ…しれ…ぷぺ…「呼びにくいなら先生でいい」わかりました。せんせい」


なにもかも分からないはずのブレスはさして動揺した様子もなく校長を見据えていた。


「……何か聴きたいことは?」


「あ……その……ここはどこですか?」


「ここは私の私宅だ。王国の外れだが良い立地だ」


「おうこく……せんせいどうしてぼくをここにつれてきたんですか?」


「それは君を育てるためだ。私は、いや、私達は君を育てることにしたんだ。」


「わかりました、ぼくはせんせいたちにそだてられるんですね」


「そうなる……話が早くて助かるが。もっとこう動揺したり泣いたりはしないのか?わたしはてっきりそういう風にするものだと思っていた」


ブレスはにっこりと笑った。


それは神の造形と謳われるエルフの校長でさえくらりとするほどの笑顔だった。


「ぼくはせんせいがすきなので、ないたりはしないです。そうしろとのぞむならぼくはそうしますけど……ちがいますよね?」


「っ!?」


しかし放たれた言葉にはあまりにも人間味が欠けていた、それが生まれ持ったものなのか、それとも【恋人】が混ざったせいなのかは分からない。


しかしその言葉で校長はこの子を一刻も早く人間にしなければならないと感じた。


「(これではただの愛玩人形だ。これはダメだ。これは正しくない。これは人間ではない、教えなければならない矜持にかけても)これからよろしく」


「はい、よろしくおねがいしますせんせい」


「さて、とりあえずは食事だ。お腹が空いているだろう?何か食べたいものがあるかい?」


「せんせいがたべたいものがいいです」


「違う、君が食べたいものだ」


「……ないです。ぼくはなにをたべてもあじがしないから」


「なるほど……味がしない。ということは神経の異常か発達不全か……そういうのは双星の領分だな」


校長が指を弾く。


すると玉のようなものが現れた。


「聞こえるか双星」


『驚いたぞ、まさかもう根を上げたというわけじゃないだろうな?』


『妾はそうなってもおかしくないと思ってました、だって明らかにやせ我慢でしたし』


「そういうのは良い、ブレスのことだが身体に異常がある。診てやってくれないか、今のところ味覚が喪失している」


『ほう……いいだろう。扉を開くから来るといい』


『お待ちしております』


その言葉の後校長の影がぐにゃりと曲がり真っ黒な扉を形作った。


「いつ見ても不気味だ」


『お前の目には負けるさ、準備はもう終わったぞ』


「あの……これは?」


「ただのゲートだ、今から君の体を隅々まで調べようと思う。良いね?」


「はい、せんせいがそうのぞむなら」


「……今はそれでいい。行くよ」


校長とブレスの体が影の扉に吸い込まれていった。


その先にあるのは不可思議な空間。


広大な庭園と和華の伝統的建築の豪邸が広がっていたのだ。


それのなにが不可思議か。それらには影がない、庭にも建物にも一切の影がないのだ。


「来たな、それでは余のラボへと迎えてやろう」


空間に双星の声が響く。


そして、校長とブレスの立っている地面が消失した。


「こればっかりは慣れないな」


「え?え?」


当然落下する。


その際に校長ブレスを抱きかかえた。【貴不死人】仕様の移動に安全管理などという言葉は存在しないのだ。


「ええええええええええええ!!?」


落下は十数秒にも渡ったが校長は危なげなくふわりと着地する。降り立った先は怪しげな薬品と道具がこれでもか置いてある一室であった。


「あわわわわわわ……!!」


校長に抱きかかえられたブレスは落下の恐怖からか校長にしがみついて離れようとしない。


「(感情が薄いわけではないようだ、しかしこの腕に収まる大きさはなんとも言えないな。庇護欲をかきたてられる)」


「失敬、これが一番早いのだ。余には怖がらせるつもりなどなかった。許してほしい」


「ごめんなさいね、妾もそんなに怖がるとは思わなかったものだから」


奥から姿を現した双星はブレスへと語りかけた。珍しく本当に申し訳なさそうな顔をしている。


「だいじょうぶ……です。ちょっとびっくりしただけ……です」


と言うもののその手はしっかりと校長にしがみつき瞳は涙でいっぱいだった。


それに呼応してかブレスの【恋人】もまたそっくりの様相を呈していた。守護霊である【恋人】には物理的に実体は存在しないので落下してもなんの被害もないのだが主であるブレスに引っ張られたのだ。


『(かわいい)』


【貴不死人】の心の声が一致した。



















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