ルール
「婚約とかそういうのは卒業してからって言われてるからね」
言ったのは校長である、そこら辺のデリケートな問題でごたごたしたことはこれまでの歴史の中で一度や二度ではない息子をそんなものに巻き込みたくないという親心であった。
死にそうな顔をしていたララシィに表情が戻る。
「そ、そうですの。なら卒業までに考えておいてくださいまし。私との婚約を」
グレイスがブレスに抱きつきながら挑発的な笑みを浮かべた、これは疑う余地のない宣戦布告である為にグレイスとしても隠すつもりのない所有者宣言に代わる行為を行ったのであった。
言葉にするならば「とれるものならとってみなさい」といったところだろうか。
「ずいぶんと【恋人】に好かれているんですのね……兄弟みたいなものかしら」
「うん?そうだね。グレイスは僕の大事な家族だよ。あいたっ!?」
ブレスの首が勢いよく横に捻られた。犯人は以下略。
「どうしてっ!?」
グレイスはただ拗ねた顔を伏せるのみであった。
「(なるほど、あの【恋人】はそこまでの障害というわけではなさそうですの)」
「あたた……」
首をさする、他の人間に行うよりもより遠慮のない捻りであった為か少々ダメージが残ってしまったのだ。
「痛むか、それなら冷やすと良い。ちょうど手持ちの水筒があるから使うか?」
ムケンが腰に下げた巾着より竹の筒を取り出す、それは確かに冷水が入っており筒自体も冷たくなっていた。
「ありがとう……ムケンはやさしいね」
「はうっ……!?」
痛みによって普段より元気さが失われた笑み、儚さというエッセンスは爆発的に効果を発揮した。具体的に言うとムケンの顔が真っ赤になった。
「い、いやいいんだ。ととと、友達だろう?」
明らかに早口であった。動揺を隠しきれていない。
「顔赤いけど……大丈夫?」
「だだだ大丈夫だ!!いいから使え!!」
「うん」
ブレスが首を冷やす間に深呼吸して乱れを取り戻そうとする、しかしそこに近寄る者がいた。
「ムケンさんとおっしゃったかしら?ブレス様とはどういうご関係で?」
尻尾の鱗が逆立っている、威嚇の証である。
「友達だ、というか理解者といった方がいいかもしれないな」
照れを交えながらも言い切る、それを聞いてララシィがぼそりと一言。
「それなら私がもらってもいいですわね?」
「は?」
「いえ、ですから。お友達以上にはなるつもりはないのですよね?」
「何を……?」
「いえいえ気にしないでくださいまし、それだけ確認できればいいのです」
「そ、そうか(なんだこのもやもやした感じは……)」
一方首を冷やすブレスにもまた近づく者がいた。というかカームである。
ジト目をしながらブレスへとにじり寄る。
「……(ふーん、やさしいのはムケンだけなんだ。ふーん)」
「え?どうしたのカーム、え?」
「……(べつにぃ、なんでもない)」
なんでもない顔はしていないし確実に拗ねている。どんどん近づいていき鼻がくっつくほどの距離にまで近づいてきた。
「……(なーんーでーもーなーいーでーすー)」
「えっと……カームもやさしい……よ?」
すっとカームが離れる、こころなしか鼻息が荒い。
「……(そんなことないよぉ、えへへへ)」
でれーっとした笑顔で照れまくるカーム、後ろにぼやっと出現したグレイスがうんざりという顔をしていた。
「(女心ってむずかしいなあ)」
ブレスは大切なことを一つ学んだ。
「あ」
ブレスの腹が盛大に鳴る。
「お腹すいちゃった、みんなで食堂に行こうよ」
それに反対する者はいなかったが、ララシィだけが暗い顔をしていた。
「(まさかまた会うなんてことないですわよね)」
悲しいかな、竜の勘は良く当たる。
「あら?どうしましたの?泣いて帰ったはずじゃありませんでしたの。それにしてもぞろぞろと群れて孤高の古代竜らしくもないですわ」
【黄金】のタラスが食堂の入り口にて立っていた。
「私が誰とつきあっても成り上がり竜には関係ないでしょう……」
「お お あ り で す わ!!同じドラゴニュートとして品位が下がったらどうしてくれますの?選ばれた力ある者たちのみと交流を持てばいいのです。そう例えばわたくしのいる【黄金】のような」
タラスはやたらとわたくしの部分を強調していたがそれはララシィにとってただの嫌みの強調でしかなかった。
「分かったらさっさと縁を切りなさいな、なんだったら【黄金】の方を紹介してもよろしくってよ?」
浮かべた笑みはどこまでも高圧的で嘲りを含んでいるように見える。だが一人だけそのように見ていない者がいた。
「どうして嘘つくの」
「……何を言っていますの」
笑みが消え、瞳孔が縦に裂けて呼気が熱を帯びる。ドラゴニュートの臨戦態勢である。
「いい加減なことをおっしゃるのならこちらとしても然るべき手段をとりますわ」
キラキラと輝く金色の粒子がタラスの周りに漂う。タラスは左手の人差し指にはまった金の指輪を掲げていた。
「撤回なさい、わたくしが嘘を言っているなどという妄言を詫びなさい。そうすれば五体満足を約束いたします」
「君は嘘をついている」
「分かりました、愚か者には相応しい罰を与えましょう。まあ一時間程度彫像になれば頭も冷えますわ」
ブレスの身体に金の粒子がまとわりつく、そして身体の末端から金につつまれていく。このペースであれば1分ほどで全身が金に覆われるだろう。
周りにいたムケン、カーム、ララシィが止めに入ろうとするが既に口と足を金で固められていた。全く気取られることなく無力化する手腕は【黄金】にふさわしい能力だろう。
「あなた方は少し拘束するだけで許して差し上げます、目の前で愚か者がなすすべもなく終わるのをとくとご覧になってください」
四肢は既に固められて動かせない、残るは首から上のみである。
「友達になろうって言えば良いのに……」
「……何を言うかと思ったら。わたくしが友達なんて必要だと?必要なのは忠実な下僕だけですわ」
目をそらしながら言うタラスの顔はとても先ほどまでの余裕に溢れた勝者のものとは思えない。
「そんなの……かな……しい……よ」
その一言を最後にブレスの身体は金に包まれた。
「かなしい……悲しいですって……言うじゃないの。名前は確かブレスでしたわね……覚えてらっしゃい。地面に這いつくばって泣きわめきながら自分の言ったことは間違いでしたと言わせて差し上げますわ」
そう残してタラスは場を後にした。しばらくしてブレス以外の拘束が解かれる。
「……(殺す……毒で自由を奪いじわじわと死を感じさせながら目の前で解毒剤を飲み干してやる)」
「待て……返り討ちだ」
走り出しかけたカームをムケンが制止する、止めていない方の拳を血が滴るほどに握りしめながら。
「どうして……許しを請えば良かったじゃありませんの……力が全て……やっぱり力なき者は力ある者に蹂躙されるだけですの……」
ララシィはただ身体を抱いてカタカタと震えているだけだった。
「まずはブレスをここから移動させよう、言葉が正しければ一時間ほどで解除されるはずだ。一応救護室で見てもらおう」
手分けして金の彫像と化したブレスを持ち上げる、それは金に覆われているにもかかわらず驚くほど軽かった。




