食堂
学堂では入学者の食事は校舎にある大食堂と寮にある小食堂で賄われる。だが、十分な席数があるとはいえ場所の取り合いは発生するものである。
なお食事内容と量は全員が適正と思われるものを提供される、そこには種族差はあれど貴賎の差はない。
「どいてくださる?わたくしはここで食事をしたいんです」
【黄金】所属のタラスが食事を持って近場にいた生徒に声をかけた。
「嫌ですの、成り上がり竜に譲る理由などないでしょう?」
そこにいたのは同じドラゴニュートのララシィであった。
「あらあらあら!時代遅れの古代竜じゃあありませんか。気づきませんでしたわ」
にっこりと笑うタラスの表情はとても好戦的で挑発とも取れる代物である。
「面白いことをおっしゃるのねえ、格式も歴史もない癖に……!」
「力、が全てでしてよ。それがわたくしたち竜の絶対のルール。力なき者は居なくなるのがお似合いです」
タラスの尻尾が床に叩きつけられる、流石に学堂特別製の床が破損するようなことにはならないがその力を見せつけるのには十分だった。一瞬で食堂が静まり返る。
「ひっ!?」
「ごめんなさい、はしたないまねをしてしまって。それで……譲ってくださる?」
「……分かりましたの」
まだ食事の残った皿を持ってララシィが立ち上がる、その顔は屈辱と恐怖に塗り固められていた。
「ありがとうございます。またお願いしますね」
「くっ……」
振り向きもせずにララシィは去る。
「ふふ、無様ですこと。そこで言い返すくらいの気概を持って欲しいものですわ、自分を古代竜の一員と名乗りたいならなおさらです」
言葉はララシィに届かずに消えていく。
「……」
ララシィは人気のない廊下の突き当たりで膝を抱えて座り込んでいた。
「(なんてこと……あんな醜態を晒すなんて……家の復興なんて夢のまた夢ですの、なにより許せないのはあそこで退いてしまった私自身……なんて意志薄弱、なんて弱い魂。これでは成り上がりに侮られても仕方ないですの)」
自責の念に押しつぶされ、自罰の波に飲まれていく。
「ひっく……ぐす……」
抑えきれない分が嗚咽と涙としてあふれ出る。幸いここは誰も居ないこの弱い姿を見られる心配はいらない。
「わたしは……わたしがきらいです……よわくて……よわくて……いやになる……」
弱音があふれ出す。それもこれもここには自分だけしかいないからである。
「あの……大丈夫ですか?」
「ひうっ!?」
居ないはずの人がいた、居てはいけないはずの人がいた。ララシィの思考は大暴れを始める。弁明をすべきでも言葉が出ない。言い訳したくとも口すら動かない、終いにはそんなこともできない自分への憤りが頂点を迎える。
「う、うう」
「う?」
「うわあああああああん!!!」
大号泣である。
恥も外聞も知ったことかと言わんばかりの大泣き、およそ貴族に連なる者がしていい泣き方ではない。だがこれも幸いなことにそれを咎める者もここにはいないのだ。
「あわわわわ!?泣かないで泣かないで!?どうしようどうしようどうしよう!?助けてグレイス!?」
グレイスは出てきた。がお手上げという代わりに困った顔で両手を挙げるのみであった。
「そんなぁ!?助けてよ!?」
グレイスは微妙な顔をするのみ。おそらく言いたいことはこうであろう「どうにかしたいのはやまやまだけどちょっと無理」
酷く滑稽なやりとりはララシィの思考を取り戻すには十分な時間を与えた。
「ぷっ……」
それどころか笑顔すら引き出すことに成功していた。
「く……ふふふ……あははは!!」
「あれ?泣いてない。良かったハンカチ使う?」
「ええ、ありがとう」
ハンカチを受け取ったララシィに電流が走る、別に布が帯電していたわけではない。一見何の変哲もない無地のハンカチだった。だがそれは見た目だけだったのだ。
ララシィの目が見開かれる。
「う……そ……ありえない……これは……!?」
滑らかすぎる手触りに織りの緻密さ何をとっても最高級品と言って差し支えない。没落気味であるとはいえ貴族のララシィはこの布が何かを知っていた。
「(これは高天原蚕の絹糸で出来ていますの……でもこんな一国のトップに贈られるような貴重なものをハンカチに……?あまつさえそれを何の躊躇もなく私に借すだなんていったい何者ですの?)」
このハンカチは入学祝いと言うというか寮に入るための最低限の日用品として用意されたものであった。
これを用意したのは【双星】である。もともと和華は高天原蚕の原産地であり比較的手に入れやすいというのもあるがそれでも目が飛び出るほど高価だ。それこそ1メートルの反物で屋敷が建つほどに。そんなものをどうして【双星】が仕込んだのかというと一つ目はただの親バカである。可愛い我が子に良いものを贈りたいが目立つようなものはいけないとおもい蟲の【双星】自らが織り上げたのだ。
二つ目は牽制である、これを知っているものはある程度以上に権力を持つものだ。あり得ない品物を持っているということはなにかとの繋がりを意味している。バックに国家主賓級の何かがいるということを匂わせているのだ。
「あ、あのこれはどこで……?」
「ん?パパとママからの贈り物だよ?」
「な……なるほど……(これは当たりかもしれませんわ)」
ララシィの第一目標は家を再興させるような伴侶を見つけること、今まで全く気にしていなかった相手ではあるが顔立ちも割と好みであるし何より両親はこのハンカチを贈れるような高い身分の持ち主つまりは伴侶としてちょうど良いのである。
「あの……お名前は……?」
「同じクラスだったと思うけど……まあいっか。ブレスだよ」
「ああ……ブレス様というのですね」
「さま?」
「気にしないでくださいまし、あのつかぬ事をお伺いしますが……ブレス様には婚約者の方などはいらっしゃいますか?」
「そんなの居るわけないよ」
「そ、そうですの!?(やったああああああああああ!!たたみかけますの!!)」
顔がにやにやと歪む、そしてメインの言葉を紡いだ。
「それなら私とこんやいたっ!?」
ララシィの首が捻られた。犯人は言わずもがな。
「あ、グレイス!!なんで首を!?」
グレイスはブレスにべったりとくっつきながらただただ殺気のこもった目を向けている。こういう目をしているときはあまり言うことを聞いてくれないのだ。
「だ、大丈夫ですの。それでは改めて私とこんや「……(やっと追いついた)」「いきなり走り出さないでくれ!」誰ですの!?」
「あ、ごめんね~。なんかこっちに行かなきゃならない気がして」
カームとムケンが走ってくる、またしてもララシィの言葉は遮られた。
「友達のカームとムケンさんだよ」
「さん付けはよしてくれ、他人行儀は嫌だ」
「分かったよムケン」
「うん」
心なしかムケンの顔が赤い。ララシィは嫌な予感がした。もしかしてこんな感じの子が他にも居るんじゃないかと、尚更今のうちに言わなければならないと確信した。
「ブレス様!!私とこんやひぃっ!?」
圧力だった、圧倒的圧力、殺意とも違う、害意でもない、それでもこれ以上先を言ったら酷いことになる。そう予感させるほどの圧がカーム、ムケン、グレイスから放たれていた。
しかし、ララシィにも譲れないものがある。食堂では砕けた心が何かに後押しされていた。つぎはぎの心がもう一度力を得たのだ。
「私と婚約してくださいまし!!」
「え?無理だよ」
砕けた。




