防衛訓練
「んじゃあ勝手に相手を見繕え」
担任のナラツが運動場で言い放った。入学式が終わってから翌日の最初の授業である。実際生徒達は何の説明をもされておらず手近にいたクラスメートとペアを作った。
「……(じゃあブレス君と)」
カームが視線を向けるとさっきまでいたはずのブレスはおらず、その代わりに鬼族のクラスメートがいた。
「……(え?)」
「あの……ごめんねカームちゃん。ムケンちゃんがどうしてもブレス君とやりたいって言うから……」
「……(えええええええええええええ……)」
「カームちゃん……喋らなくても伝わることはあるんだよ」
カームはブレスと一日一緒に居ただけで感情を動きで表すのが癖になり見るからにがっかりしたように肩を落としていたのだった。
「あれ?カームは?」
ブレスは隣にいる鬼族のムケンに気づく。
「訳あって代わってもらった。一手つきあってもらうぞ」
「一手……今から戦うの?そんなこと言われてないよ?」
「私は上の兄者から情報を得たのだ、ナラツ氏の最初の授業は決まって組み手だとな」
ナラツが辺りを見渡してペアができたのを確認していた。
「うーい、できたな?それじゃあ今からお前らにはガチンコで殴り合いをしてもらいます。勝った方には俺が後で褒美をやろう。それじゃあ始め」
ぬるっと始まった。
当然どうしていいか分からないので戦闘なぞ始まらない。
「あれ?去年はこれでドンパチ始まったんだけどな。じゃあ説明すっぞ……。とりあえず最初に教えるのは身の守り方だ、そのために1回お前らのスタイルと能力を把握する必要がある。だからやりあえ、【恋人】を使っても良いが殺すようなことはするな。これは必要な闘争だ。安心しろどんな怪我も此処だったら治るから存分にやれ」
ナラツが息を吸う。
「はじめ!!」
今度はそこかしこで戦闘が始まる。もとよりある程度の戦い方は学堂に入る前にたたき込まれるのが普通だ、理由もはっきりした今ためらう者はいなかった。
「さあ、やるぞ」
ムケンが構えをとる。和華にある武術の構えだった。
足を肩幅に開きながら右の半身になり右の掌を相手に向けた形である。
「うん……あんまり得意じゃないけど」
対してブレスの構えはない、自然体で立っているだけに見える。
「小手調べだ!!」
踏み込み、鬼の膂力で行われたそれは地面を砕き顔へと破片を飛ばした。なかなかの速度で飛ぶ破片はそのまま喰らえば怪我は免れないだろう。
「ふっ」
軽く息を吐きながら身体を沈める、それだけで破片は当たらない。しかしそれは攻め込む隙でもあった。
「とった!!」
破片と同時にブレスへと迫っていたムケンの拳が低い位置にあるブレスへと打ち込まれる。その角度は顎に向かって一直線当たれば勝負が決する。
「ごめんね、当たらないよ」
打ち込まれた拳はブレスの腕に絡め取られ地面へと軌道を変えられた。
「っ!?」
突きを外された後に跳躍して距離をとってブレスを睨み付ける。
「どうして追撃しない……私を侮っているのか」
「え?いや攻撃は教わってな「いやいい、小手調べなどと言った私が間違っていた」
ムケンの周りにふわりと布のようなものが現れる、それは薄いが確かに布でありよく見ると風雅な色合いをしている。ような気がする。細部がぼやけておりはっきりとは見えないのだ
「今度はそらせるなどと思うな」
距離をゼロにする一歩。それは縮地とも言われる技術だった。
胴体を狙った突き。身体の中心故に避けにくい技。
おそらく【恋人】による認識阻害と身体能力の底上げを含めた渾身の攻撃。
が。
「えっと……速くて強くても関係ないんだ」
するりと、ブレスはその一撃を避けた。ムケンの体感としてはすり抜けたと言ったほうが良いだろう。
「なん……だとぉ!!」
上段の蹴り。当たらず
「これだ!!」
手刀。当たらず。
「はあっ!!」
貫手。当たらず
しかし隙があるはずなのにブレスの攻撃はない。
ただ避け、そらし、逃げるのみである。
「(何故だ、何故攻撃してこない。何かの意図があるのか)」
再度突き。またもすり抜けられる。
「はぁっ……はぁっ……」
渾身の攻撃を続けたことにより息が上がり始める。避けられるということは運動エネルギーを伝えることなく消費し続けるということなのだ。
「これが……狙いか……」
「いや狙いとかそういうんじゃ……」
「なるほど……疲弊させて自滅を誘うというわけか……それならばその異常なまでの守りの武をも頷ける。師は誰だ……さぞ高名な武術家なのだろう……」
「教えてくれたのはママだよ」
「……そうか」
ムケンの表情が抜け落ちる、一切の感情がなくなり失望だけが瞳に映った。
「……ようく分かった、お前も……お前も私を認めないんだな」
「認める……?」
「ははっ……私は何を期待していたんだか。和華では女には武はいらぬと言われ、異質な武を感じた相手には相手にされないとはな。私には武しかないというのにな、もういい、問答は終わりだ」
みしり。
音がする、踏ん張った足が地面にヒビを入れる。握った拳は振りかぶられた。
「これを避けられたなら私は倒れ伏す。避けてみるがいい」
ゆったりとした動きは加速の準備である。静から動への急激な転換。
その刹那、ブレスの口が動く。
「グレイスお願い、手を出さないで」
「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」
拳はまっすぐにブレスの顔を捉えた。
「え?」
驚いた声を上げたのはムケンの方である。
「当たった……いや、避ける素振りすらなかった。ただ正面から受け止めた……どういうことだ……?」
倒れたブレスは気を失っており殴った頰が痛々しく変色していた。問いたくともその相手を殴り倒したのだ聞けるはずもない。
「分からない……お前なら避けられた筈だ。どうして……そんなことを……」
グレイスがムケンの前立ちはだかる、奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばって睨みつけていた。表情だけで分かる、これは殺意だ。言葉にするならこうだろう。「よくも私のブレスを傷つけたな、絶対に許さない」
グレイスはブレスの言葉がなければ今すぐにでも致命的な器官への干渉を行なっていたことだろう。
「これがお前の……そっくりだな……だがもう戦う気はない。勝敗は決した、手当がしたい。良いだろうか?」
そう言って一歩踏み込もうとした瞬間、首をかすめるものがあった。黒塗りのナイフである、実際には深い緑であり森に良く溶け込むことは想像に難くない。
「なんのつもりだ……お前の相手は別だろう」
「……」
暗い、暗い目をしたカームがそこにいた。
「……す」
「なんだ、何か言いたいならもっとはっきりと言え」
「こ゛ろ゛す゛」
濁った声だ、なにもかもを憎しみで塗りつぶした声である。
「武に生きる以上挑戦は断らない、受けて立つ」
構え直すムケン。
しかし両者がぶつかる瞬間に間に入るものが居た。
「殺し合いじゃねえって言ったろ」
ナラツによるデコピンで二人は崩れ落ちる。
「まったく、あとで反省部屋行きだな」




