追いかけっこ(ベリーハード)
「実は私のルームメイトが見当たらなくて困っているの」
「見当たらない……?ルームメイトの名前は?」
「ハネよ。綺麗な髪の蟲人の」
メガが手振りで長髪を表す。
「ああ、あの子。たしかにつやつやした綺麗な髪をしてたね。あとは顔が出てなくて触覚しか見えなかったかな」
「そう、その子よ。仲良くなりたかったのだけれどいつの間にかいなくて」
「何かあったのかな……」
「荷物を降ろして振り返ったらもういなくてね参ったわ」
メガが両手を上げてお手上げを表す。
「あんなに綺麗な髪初めて見たから手入れとか教えてもらいたかったのに……」
ガタッという音が部屋に響く。
「も、もうやめてくださ〜い!!」
そして物陰から件のハネが姿を現した。
「そんな風に言われたら恥ずかしくて死んでしまいます……こんな下品な髪をなんでそんなに綺麗って言うんですか……」
髪で見えないがおそらく顔は真っ赤であろう。ワタワタした動きからそれが伝わってくる。
「闇のような黒ならともかく、油のように光る茶なんてダメなんです!!だからそんなこと言わないでください」
「そんなことない、私は綺麗だと思った。それでいいじゃない」
メガが近づいて行く。そして手が触れようとした瞬間。
「ひうっ!?」
声とともにハネが消えた、それと同時に部屋の中に風が吹く。つまりは言葉通り目にも止まらぬ速さで動いたということである。しかもその加速に予備動作はなく、また速度が出るまでのラグもほとんどなかった。
「逃げなくてもいいじゃない……」
メガが少しだけ拗ねた顔をしてハネが行ったであろう方向を見る。
「でもぉ。発信機は既につけたからどこにいるかは分かるのよ」
その手には円形のレーダーのようなものが握られていた。
「悪いんだけれど、あの子捕まえるの手伝ってくれない?」
「いいよ!」
即答だった。ブレスもまたハネに興味があったのだ。
「(いくら身体能力が高い蟲人とはいえツイママでもあんな風には動けない、一体なんの蟲なんだろう)」
対照的にカームは動く気などさらさら無く、なんならこのまま眠る気であった。
「…………(私はここで待ってるね)」
「うん……じゃあね……」
何が言いたいか分かってしまうブレスが察して言うがその顔はひどく寂しげであった。
カームは思う。ここで送り出した方が辛いと。
「…………(やっぱり行く)」
「やったぁ!!」
「一人で何やってるのよさっきから……いえいいわ。たぶん【恋人】で何かしてるのね。そっちのカームちゃんも喋らないし」
自己解決させたメガはレーダーを掲げる。
「ここから北西に200メートル、上方向に3メートルのところにハネはいるわ。今度こそちゃんと話すんだから」
三人はハネに向かって歩き始めた。
一方その頃逃げ出したハネはどこにいるのかというと。
「ひゃぁ……何でこんなことに……」
運良く見つけた空き部屋に実を潜めていたのだった。
「でも……綺麗だなんて初めて言われた……なあ」
ハネが属していた蟲人の集落は炉撃と呼ばれる集落でありそこに住む彼女らのような蟲人は轟来族と呼ばれる者たちであった。
轟来族は非常に長い触覚とそれ以上に長い髪の毛を美しさの基準とする。その中でも最上級は黒曜石のごとく黒く冷たい光を有する髪である。
その美的感覚の中にあって明るい茶で光を反射してキラキラと輝くような髪は下品な下の下の髪であった。故にハネは幼少を醜いと蔑まれ、迫害を受けてきた。あまつさえ不幸の象徴かのように扱われることさえ日常茶飯事であったのだ。
彼女の中の記憶では触れられることは恐怖と痛みの経験でしかなく、反射的に逃避反応を起こしてしまうのだった。
「でも……あんな風に触れようとする人なんていなかったなあ……はっ!?」
がさり。
ハネの感覚器官の一つである触覚の近くには小さな突起がある。そこでは周囲の空気の動きを感知し動いているものを知ることができる。
「せーの……ハネ確保!!」
当然こそこそしているだけの三人など目を向ける必要すらなく居場所を把握してその隙間をくぐり抜けることもまた容易であった。
三人が飛びでた瞬間にはもうハネはその間を通り抜けた後であった。もぬけの殻の部屋を見たメガ達はため息をつく。
「今度はまた離れたところにいる……いくらなんでも速すぎるなぁ……」
「諦めなければ追いつけるよ、きっとね」
「……(罠を張ったほうがいいかも)」
「えっ?罠?」
「……(足に絡みつくだけの簡単なやつだけど、あれだけ速いなら効果はある。かもしれない)」
「本当に!?」
ジェスチャーを見て会話を成立させるブレスとカームを見てメガはため息をついた。
「通訳お願いできる?ちょっと何を話してるか分からない」
「うん、カームが罠を仕掛けた方がいいって」
「ああ、なるほど。駄目」
「どうして?」
「どうしてもこうしても、友達を罠にかけるなんてしちゃ駄目よ。別にとって食べようってんじゃないんだから」
当然のように放たれた言葉はブレスにとって驚きだった。友達とは罠にかけてはいけないものだ、この認識はまだブレスにはなかった。加えてブレスにとってハネはまだ興味の対象でしなく友達というカテゴライズはされていなかったのだ。
捕まえることでハネがどのように思うかなど全くの慮外であったのだ。他の同年代の人間と過ごしてこなかった弊害の一つである。
カームは弓を馬鹿にされた復讐として罠にかける事は日常であった為違和感がなかったのである。
「さ、もう一度行くわよ」
メガに従って再度ハネの元へと向かいはじめた。
「もう……どうして私なんかに関わろうとするんだろう……」
また空き部屋に身を隠したハネは考える、自分に関わろうとする理由はなにか。万が一にも自分と友達になろうとしているなどとは考えないのであった。
「でも追いかけるならどうしてあんなに遅いんだろう……私なんかに追いつけないはずないのに」
ハネは勘違いをしている。
ただでさえ蟲人は身体能力が高い、その中でも地上を動くのに関しては最速といっていい種族の轟来族に追いつける者などは獣人の一握りくらいである。同族でもかなり速いほうのハネが今まで集落で逃げ切れなかったのはひとえに数で負けていたからというだけなのだ。
そもそも轟来族の由来からして轟き、つまりは音のごとき速さで来るから轟来族と呼ばれているのだ。彼らは速度に特化した身体のつくりをしている、加えて肉体の脱力と緊張の使い方が病的に上手い。最高速に至るまでのラグもほぼなく風のように走り抜けることができるのだ。
「また来た……」
加えて上述の空気の動きを感知できるのだ。およそ追いかけっこで勝てるような相手ではない。
「逃げなきゃ……」
だから。
「え……うそ」
ブレス達は搦め手を使うことにした。
「倒れてる……私を追いかけたせいで?」
ハネが倒れ伏した三人に近づいていく。
「あの……大丈夫ですか……?」
一番近くにいたメガをつつくとその首が取れた。
「ひっ!?」
声にならぬ声を上げてぱたりとハネが倒れる。
「ごめんね。こうでもしないと足を止められないと思って」
首のない身体でハネを抱きかかえつつメガが申し訳なさそうに言う。メガ曰くこれは罠ではない、勘違いを誘発させただけとのことである。




