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隣のエルフは喋らない


学堂の寮の部屋は基本的に二人で一部屋である。特別な理由があれば6人部屋などになることもあるが基本的にはそうである


「えっと……よろしくね?」


話しかけるブレスと冷たい雰囲気のする淡い緑の長髪を編み込んだエルフの少女。


「…………」


ブレスは今困惑していた。


クラス分けの後に振り分けられた寮の部屋にて同室になったエルフの少女が喋らないのだ。そういえば自己紹介の時も文字だけでやってたなぁと思いつつ。コミュニケーションを試みる。


「僕はブレス、これから同じ部屋だけど。助け合っていこうね」


「…………」


無表情かつ無言。そして冷たい瞳。


「参ったな……」


その態度に気分を害したのかぬうっとブレスの【恋人】が出現する。そしておもむろに手を向ける、この動作は干渉をするときのものだ。おそらくブレスの問いに答えない少女の首を軽く捻ろうとしているのだろう。


「駄目だよグレイス。そんなやり方はだめ」


グレイス、それが己にそっくりな【恋人】にブレスがつけた名前だった。祝福に類似した恩寵という意味の名を本人はいたく気に入っていた。渋々という感じでグレイスは消えた。


「…………」


依然として少女は喋らない。ブレスには今のところなすすべがない。


「仕方ないね……」


ブレスは意図的に【恋人】としての力を行使する。相手が望んでいることを感じ取る力だ。鉄面皮とは裏腹に伝わってきたのは助けてほしいという思いだった。つまりは話さないのではなく混乱の渦中にあるために言葉が出ずフリーズしているということだった。


そして一欠片の恐怖と焦り。


このままでは嫌われてしまう、早く何か言わなきゃ、でもなんて言えば良い、分からない、分からない、そんな風な思いが堂々巡りである。


鉄面皮はそれを悟られないための最終防衛線であり、身についてしまったものだった。


「大丈夫、君のペースでいいよ。僕は君を傷つけないし、敵でもないよ」


ブレスはとりあえず少女の気持ちを落ち着かせることを優先した。頭の中のぐちゃぐちゃは考えが浮かびすぎているが為であり、頭の回転自体はとても良い。落ち着きさえすればいいとなんとなく理解していたのだ。


「…………!?(えっ!?)」


初めて少女の顔が崩れた。少しほっとしたような表情である。


「…………!!(えっとえっと私はカームで、弓が苦手で、でもでもナイフは一番上手かったんだけどみんなには馬鹿にされちゃって、話すのは得意じゃなくてそれでそれで……)」


言葉にはならないが身振りで一生懸命に何かを伝えようとする。それでも言葉は出ない。カーム自身これで何かが伝わるとは思っていないそれでもこれしかできないのだ。


自分への失望と無力感がカームを貫く、今回もまた駄目だったと動きを止めようとしたときだった。


「うんうん。名前はカームで話すのが苦手なんだね、弓が苦手で馬鹿にされてきたけどその代わり短剣ではいちばんだった?すごい!!」


笑顔でブレスが言いたかったことをそのとおり話す。


カームの顔がぱあっと明るくなった。カームにとって言わずに分かられるというのは初めての体験であった。なぜかは分からないがこの男の子は集落の男の子とは違う気もしていた。雰囲気というか容姿というかつかみ所はないがとても好ましいように思えたのだ。自然と話が進んだ(言葉は出てきてないが)


「……!!!(それでねそれでね、おじいちゃんから植物の育て方とかも教えてもらって畑とかも作ったりしてたの)」


伝わることは喜びであった、今まで両親とさえまともに言葉を交わせなかったカームは分かってもらうことの快感に浸っていった。


楽しいのである、自分の事を知ってもらえることが、反応が返ってくることが。


「えっ!?そんなこともできるの!!」


ちなみにブレスは読心術を使っている訳ではない、何を伝えたいかが分かる程度だがブレスにはそれで十分だった。


なお、第三者から見た場合はジェスチャーを完璧に読み解いて翻訳しているようにしか見えない状況である。

「……!(聞いてくれてありがとう、これからよろしくね)」


恐ろしいことにカームは一言も喋っていない。


「うん。これからよろしくね!!」


カームは思わず手をとってぶんぶんと振ってしまう。これまでの経験でここまでの理解を示されたことなどなかったのだ、無理もないだろう。満面の笑みには涙すら浮かび、感情が昂ぶったカームはそのままの勢いでブレスに抱きついた。


「うわっぷっ!?」


ブレスにとって同年代に抱きつかれるのは初の体験である。なお親役の【貴不死人】たちには良く抱きあげられていた。


「……♥(すごい……何この抱き心地……こんなの知らない)」


少しずつ抱きしめる力が強くなり密着度が上がっていく。


「ちょっと……くるしい」


身体はカームの方が一回りほど大きく顔が埋まる形になっていたため、たまらずブレスが声を上げる。


「…………っ!?(やっちゃった……!?)」


我に返ったカームが急いでブレスを離す。


「…………(なんてことをなんてことをなんてことを、わかってくれたのに、きづいてくれたのに。くるしめてしまった、きらわれたきらわれたきらわれたきらわれたきらわれた、もうだめだもうだめだ、わたしはぶれすくんにきらわれたんだ)」


「大丈夫!!大丈夫だから!!」


瞳の光を失ったカームが腰のケースに手を当てる。そこには愛用のナイフが入っていた。


「あ……りが……とう……」


久しく紡いでいなかった言葉も最後だと思えば言うことができた。とびきりの笑顔と一緒に流れるようにナイフを首元へと運ぶ。


「ば……い……ば……い」


そのまま喉を切り裂こうとするが腕が全く動かない、正確には腱が固定されているために動かせない。いつの間にかグレイスが出現して押さえていたのだ。


「なに……してるの……?」


ブレスがまっすぐに見つめている。


「きら……われた……から」


「駄目だよ……そんなことしたら。僕はカームが死んだら悲しいよう……」


瞬く間に瞳が涙に溢れていく。


それを見たときにカームの胸が酷く痛んだ、コレと比べれば先ほどまでの絶望なんて生ぬるい。一刻も早く涙を止めねばならない、泣き顔を見ることに耐えられない、笑っていて欲しい、そう心から思った。


「なか……ない……で、おね……がい」


「もうこんなことしない……?」


「ぜったい……しない」


そう言ってもう一度ブレスを抱きしめた。


「約束してね」


「……うん」


突然扉が開き、首が機械化されている機人メガが入ってきた。


「隣の部屋のメガよ。ちょっと良い……って取り込み中ね。出直すわ」


「……!?(いやあああああああああああああああ!?みられたああああああああ!?」


「待って待って!!大丈夫だから!!」


弾かれるように離れたカームはすぐさま自分の寝台に潜り込み気配を絶った。エルフ式の戦闘訓練も受けていたのかほぼ完璧に近い隠れ方であった。


「そう?別に続けても構わないわ」


「大丈夫!!!」


顔を真っ赤にしながら言うブレス。人並みの羞恥心が育ったことも【貴不死人】の育児の賜である。


「ちょっと助けて欲しいのだけれど」




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