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成長期Ⅲ


双星は特殊な【貴不死人】である。二人で一人の【貴不死人】。前例なき番の超越者。


「これは……奇跡か……!?」


「ええ……ええ……!!天は妾達に永久を生きよと仰せなのです」


かつて高貴な身分にあった彼らは結ばれたあとに【貴不死人】に成り果てた、望む望まぬに関わらず【貴不死人】になったものからは遺す力が失われる。


つまりは子を成せなくなる。


「子供……?そんなものはいらん。余の研究に必要なものはモルモットだ」


「全くその通りです。永遠があっても真理は遠く朧気なのですから」


それをこの夫婦はなんとも思っていなかった、子供など政治の道具としか思っていない連中をさんざん見てきたあとである。子供などと思うのも仕方のないことである。


もとより探求の徒であった彼らは永遠の時間を真理の研究のみに使うのが当然と考えていた。


だが、事実として子育てという慮外の自体が起こってしまった。


あり得ないはずの機会、持てないはずの子。過ごした年月。


それらは凝り固まった双星の考えをほぐすのに十分だった。


「いつか子などいらないと言ったことがあったな……」


「ありましたね」


「あれを撤回しようと思う」


「何かありましたか?」


「……余達には子がいなかったな、それを今惜しいと思っている」


「っ!?どうしてそのようなことを……?」


「ブレスだ。ただのモルモットと思っていたがなかなかどうして愛らしい。【恋人】の能力だと思っていたが影響がほとんどなくなってもそれは変わらない。つまりは余はブレスを子として可愛いと思っている。お前は違うか?」


「いえ……。妾もそのように思っています……!!」


「我が子とは良いものだな……」


「はい……」


かつてモルモットとしてしか見ていなかったはずの存在はいつしかかけがえのない宝物になっていった。

しかし、その宝物は手放すことが前提で。むしろ手放すまでの世話が目的で。ただの暇つぶしの一環で。それだけのはずだった、それだけでいなければならなかった。


聡い彼らには全てが理解できていた、自分たちが関わりすぎるのは良くないことも、学堂に入れることが至極当然でありその方が良いことも、愛しい我が子がそれを心から望んでおりそのような心を持つために自分たちが尽力したことも、全部、全部、全部全部全部。


分かっていた。


完膚なきまでに分かってしまっていた。


それ故に。


二人の心は悲鳴をあげる、軋む、傷がつく。


永久に耐えることのできる心であっても、一番脆く、一番儚く、一番柔らかく、一番温かい場所は変わらない


だが。


「ツイママ、ツイパパ。学堂へ行きたいです!!」


「愚物に埋もれないように精々気をつけることだ」


「身体に気をつけていってらっしゃいね」


「行って良いの?」


「「もちろん」」


高貴な生まれにより培われたプライド、親としての拙い自負、かっこよく見せたいという肥大した見栄が全てを乗り越えた。


一度ごねたのは確かだが、それは【貴不死人】達の間の話だ。我が子の前で醜態をさらすなどそんなこととてもできるはずがなかったのである。


ただし、心はそう簡単にごまかせるものではない。


ブレスが部屋から出た後に二人は顔を見合わせた。


「余は……余は正しいことをした……そうだな?」


「はい……。あなたは……父として正しいことをしました……」


「そう…か、では教えてくれ。正しいことをしたのならどうしてこんなに苦しいのだ……!」


鬼の双星の顔は歪み今にも泣きそうであった、こんな顔は今までずっと共にいた蟲の双星でも見たことはない。ひどく弱々しい顔だった。


「その痛みは親の痛みなのです……妾達が得ることのできなかったはずの痛み……です」


「そうなのか……余もお前もそれを味わっているのだな……興味深いが……ひどく度し難いな」


蟲の双星もまた酷く傷ついた顔をしていた。


「ああ……ダメだ。駄目だ駄目だ駄目だ。泣いてはいけない……これは門出なのだ。祝うべきことであって涙など必要ないのだ……」


鬼の双星がしきりに目をこする、次から次へと浮かび上がる涙を見せまいとぬぐい続けているのだ。蟲の双星がその手をそっと掴む。


「何をする……」


「あなた様……もう良いのです。ここは和華でもなければすでにおのこでもないのです。何より愛する我が子との別れを悲しまない親がどこにいるのでしょうか」


蟲の双星は既にとめどない涙をぬぐいもせずに泣き続けていた。


「もう泣いても良いのです……」


「やめろ……そんなことを言うな……余は……よはぁ……!!」


蟲の双星が優しく鬼の双星を抱きしめた。


「頑張りましたね」


「う……うぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


声を上げて泣くという経験は鬼の双星にとって初めてであった。


「どうしてだ!!どうして分かれなければならぬのだ!!」


「ええ……悲しいです」


「ようやく分かったというのに……!!」


「はい……」


「余は……いつまでも……ずっと一緒に……!!」


「そうですね……ずっと……」


しばらく感情をはき出した後に鬼の双星がぱたりと動きを止めた。


「……?」


「すぅ……すぅ……」


「ふふッ……寝ていらっしゃる」


泣き疲れて眠ってしまった鬼の双星を抱きかかえて寝台へと向かう。


「大丈夫ですよ……あの子は妾達のことを置いていったり忘れてしまったりなんてしませんから」


笑う蟲の双星の表情は慈しみに溢れた母のそれだった。


その時に扉がコンコンとノックされた。


「入ってらっしゃい」


この屋敷にいるのは現在【貴不死人】とブレスのみでありノックをする行儀の良い子はブレスだけである。


「えと……これを」


迎えに出た蟲の双星に紙の束が渡された。


「これは……」


「時間かかっちゃったけど……できたから渡そうと思って……」


紙の束は前に双星が出していた課題の問題であった。専門的な内容であり学者であっても畑違いであれば分からないようなものであった。


「解いたのですか」


「違うよ……本があったからそれを読んで書いたんだ」


「あの中からですか!?」


校長の書斎にしろ双星の書斎にしろその内部は大変煩雑でどこに何があるかなど本人にしか分からない有様であった。その中から目当ての文献を見つけるだけでも偉業と言っていいだろう。


「なんとなくある場所が分かったからなんとかなってたんだ。プリママとかツイパパの気配がするから」


「別にやらなくてもいいと……」


そもそも課題ではあるが戯れに出しただけであって解くことを期待したものではない。それだけにどうしてやったのか分からなかったのだ。


「だって……ツイパパとツイママが喜んでくれるかなって……」


「そんなっ……」


つまりは双星のためにブレスは課題を解いていたのだ。


「そう……あなたは妾達のために……」


「だから……またいろんな事教えてくれる?僕もっと教えて欲しいことがたくさんあるんだ」


「ええ……あの人にもそう伝えておきます」


「うん!!またね」


「ええ」


今度こそブレスが出て行く。


「ふぅ……良い子になりましたね。さっきの言葉を聞いたらあの人も元気になるのに……惜しいことをしました」


寝台へと戻ると鬼の双星が身体を起こしていた。


「どうしたのですか!?」


「ブレスは……余のもとへかえってくるのだな」


「はい……必ず」


「ならば良い、余はもう少し寝る」


「良い夢を」


鬼の双星がもう一度眠りに入る。蟲の双星がその横に腰掛けて髪を撫でた、そのうちに蟲の双星も眠気に襲われ横たわった。


「おやすみなさい……」


その二つの寝顔は安らかなものだった。












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