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成長期Ⅱ

校長からの許可を獲得したブレスが部屋を出る。


「来たな」「来たね」


するとそこには匠と剛が待ち構えていた。


「ストパパとマイパパ。学堂に行きたいです!!」


間髪を入れずブレスが言うと二人はあっさりと頷いた。


「おう、行ってこい」


「変なしがらみには気をつけて」


これに拍子抜けしたのはブレスである。


「いいの?」


「まあノリでこんなことになったが、もともと期間限定の話だった訳だ。それにオレの弟子だってことは変わんねえからな」


「そういうこと、僕の弟子でもあるんだから忘れないでね」


「うん!!ありがとう!!」


ブレスは礼を言って走っていく。おそらくそのまま太陽か双星のどちらかに会いにいくのだろう。

そのブレスの背中を見届けるまでが二人の限界であった。


「く……くっそ……どうして涙なんて出てきやがる……女の身体になってもこんなことぁなかったってのによう」


剛の目に涙が浮かぶ。


「あはははははは!!剛が泣いてるのなんて初めて見た!!」


「ぐすっ……お前自分の顔見てから言えや」


「え?」


匠は万能工具を使って即席の鏡を作る。そこにはとめどなく涙を流す己の顔が映っていた。


「うそぉ……?自覚したらなんか悲しくなってきた」


匠の瞳からもポロポロと涙が落ち続ける。


「初めての弟子だったんだ……。僕は自分の技術と他の存在が磨いた技術にしか興味がない。なかったはずなのになあ。なんであんなに可愛いんだろう?」


「そんなの決まってんじゃねえか。オレたちも人恋しかったってことだよ。【貴不死人】なんつうもんに成り果ててまで強さを求めたはずなのにな。結局のところ心の一番柔らかい場所はそのままなんだ。無様だなぁオレたちはよ」


「体も女性になっちゃって。失うことにも慣れたはずなのにな。でも、もともと男だからかな……あの子の前ではカッコつけたくなっちゃった」


「はん、気が合うじゃねえか。オレもあいつの前でこんな姿見せらんねえよ」


グズグズの顔で剛が拳を顔の前に出した


「おら、お前も出せ」


「ん」


匠も同じように拳を出し二人の中央でそれを軽くぶつける。


「父親ってのは損だな」


「違いないや」


性別が変わろうともその二人の顔は確かに漢の表情であった。


「ストパパ!!マイパパ!!」


その時行ったはずのブレスが戻ってきた。電光石火すら置き去りにするスピードで剛と匠は平静を装う。


本来戦闘向きではない匠ですら剛と同じスピードで動いたのだから意地とプライドも馬鹿にできないものである。


「なんだ?」 「どうしたの?」


「これ!」


ブレスが差し出したものは二つ、真っ二つになった練習用の剣と完璧なバランスの鉄製ヤジロベエだった。


「お前……これ」


かつて神鉄の案山子で怪我をした後に剛はブレスにこう言っていた。


「身を守る術を教えてやる、お前にはまずそれが必要だ」


「こうげきしないとならなくなったらどうするの?」


「はん、お前にそんなもん必要ねえ。どうしてもって言うならこの剣を折れるぐらい素振りしてからだな」


「わかった!!」


「(ま、無理だろうけどな。案山子のあまりで作ったもんだ。折れるには億でもきかねえな)」


しかしここには折れた剣がある、持ち手には磨り減った跡と染み付いた血。その香りに一瞬気をやられそうになるが剛は押さえ込んだ。


「……やりやがったな……」


そしてもう一つの物。木製のヤジロベエは匠が受け取っていた。


「すごい……まさかやるなんて……」


ただのヤジロベエと侮るなかれ完全な左右対称と重量のバランスをとったその作業工程はあらゆる作成の基礎が詰め込まれていた。これもかつて匠がブレスに与えた課題であった。


「え、何か作りかたを教えて欲しいって?基礎もできていない人には厳しいかな。とりあえずはこれを作ってごらん」


「ずっとうごいてる……」


「おもしろいだろう?これは造形と重さのバランスをとるには一番勉強になるんだ。もし同じにできるようになったら持ってきな。そこから教えてあげるよ」


「うん!!」


「(できないだろうし、いい時間つぶしだね)」


その後に九割五分ほどの完成度で持ってきたブレスに驚愕して教え始めた匠であったが


今回手渡された物は十割の完成度であった。


完璧なバランスをそのヤジロベエは保っていたのだ。


「やり遂げたね……」


二人は我が子の成長を感じるとともにそれが離れていってしまうのを痛感する。


「それで……ストパパもマイパパも、教えて欲しいことがまだまだ沢山あるからまた教えてくれる……?」


「「う゛っ!?」」


あまりの感動に喉の奥から変な声が出た二人であったが。そこは意地とプライドで持ち直す。


「仕方ねえなあ……約束だ。次は戦い方を教えてやる」


「もっと難易度高いの用意してるよ」


「ありがとう!!行ってきます!!」


再度走り去るブレス。


決壊する涙腺ダム。


「うぐぁあああああ!!なんだよもおおおおおおおおおお!!!引き止めたくなっちまったじゃねえかああああああ!!」


「うあああああああ!!ずるいよあんなの!!弟子として永久就職させたいよおおおおおおおおおお!!!」


泣きながら顔を赤らめてバタンバタンと悶える二人。


【貴不死人】がここまでの醜態を晒すのは非常に珍しいが彼らにとっても初めての事態なのだ。我が子との別れなどという想像もできないし可能性もゼロに近かった事象が起きているという異常事態。


混乱によって情緒不安定になっても仕方ないのである。


「あ!シャイママ」


二人のくだりが終わったのを見計らったように現れた太陽である。


実際見計らっていて二人の醜態を見て腹を抱えて大笑いしていたのであるがいざブレスの目の前に出てみると軽口の一つも出せなかった。


何故だか今を逃すと目の前の柔らかくて暖かくて愛おしいものが失われてしまいそうで悲しかった。


「学堂に行きたいです!!」


当然言われる言葉である。


しかし心の準備をしていたはずで、笑って背中を押すはずで、なんの未練も残させないはずで、太陽としてはすぐ終わるはずの別れだった。


だが


「……だめ」


口から出た言葉は逆の意味を表していた。


内心太陽も驚愕していた、こんなはずではなかったと。ぐちゃぐちゃになった心がしっちゃかめっちゃかに動き出す。


「ダメ……なの?」


太陽の感情が暴走を起こす、もともと本能の部分の強い獣人である。今まで抑圧されていたものが噴き出した。


「だって……いなくなっちゃうんでしょ!!君もあたしを置いていなくなっちゃうんだ!!そんなのイヤ!!」


「いなくならないよ?」


きょとんとした顔でブレスが言う。


「僕はずっとシャイママの子供だし、シャイママは僕のママでしょ?何がなくなるの?」


「だって……会えなくなる。抱っこもできない……一緒にいてよお……お願い……」


「でもシャイママはそれを望んでないよ」


「っ!?」


他者を優先しすぎる【恋人】の片鱗は表には出なくなったもののそれを感じ取ろうと思えばブレスはいつでも感じることができた。相手が自分に何を望んでいるのかを知ることができた。


太陽はブレスにこのまま残ることを望んではいなかった。


「うん……そうだね。あたしはブレスに学堂に行って欲しい」


そう言って太陽はブレスを抱きしめた。


「行ってらっしゃい……ごめんね、こんなママで」


「そんなことないよ。シャイママは僕の大好きなシャイママだもん」


「あはっ、大好き!!」


より一層力を込めてブレスを抱く。


息苦しいほどの抱擁はブレスにとって心地よいものだった。


「また色んなこと教えてね」


「良いよー!!たとえ火口に投げ入れられても生きられるようにしてあげる」


「やった!!」


太陽が抱擁を解く。


「よし、それじゃあ双星のとこ行ってきな。あいつらは手強いぞ?」


「うん!」


ブレスは双星の所へと走り出した。


それを見送りながら太陽は涙を流す。


「これじゃあ匠と剛を笑えないな」
















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