【暇つぶし会】
【恋人】
生まれ出でる人間が誰しも宿す守護霊の名である。その姿は本体である人間が最も好むカタチであった。
人間は彼らを最も大事な友として家族として扱っている。
その中で【恋人】と共に人間の限界を超え、不死となった者をこの世界では【貴不死人】と呼ぶ。それは彼らの性質に起因し、たとえもともと男性であったとしても【貴不死人】になると【恋人】との半融合状態により女性になるのである。
彼女らはありあまる時間を持つために定期的に会合を開く。
その名も【暇つぶし会】。
文字通り暇を持て余す【貴不死人】の面々が近況を確認し暇つぶしをする会である。
現在活動している【貴不死人】は六人。
匠、校長、剛、双星、太陽と呼ばれる者達だ。
後二人、憂鬱と午睡という【貴不死人】が存在するが今は活動を停止している。
そして現在活動している六人で校長の私宅の一部を使い行われた会合の最中に匠が不穏な動きをしていた。
挙動不審であり何か伝えたいことがあるのだがそれに踏み切れないのがありありと見て取れた。
「……匠よ。何か言いたいことがあるのなら言いたまえ。あまりに見苦しいよ」
助け舟を出したのは校長である。
大陸を二分する国家の王国より生まれた【貴不死人】であり。世界で唯一にして最大の教育機関の長である。髪は金糸瞳は蒼玉のごとく美しくその肉体をかろうじて隠すような薄布だけを身につけた姿は女神とも言われるほどであった。
「いや、その……えっと……」
苦笑いを浮かべつつ歯切れの悪い回答をするのが匠。
異端にして最先端の島国ガラクタラフより生まれた【貴不死人】である。あらゆる技術を身につけた職人とされる。黒髪黒目で髪を短く切っており中性的な容姿をしている。上下が一体となったツナギという衣服を着ていてその端々から工具がのぞいていた。
「あんだぁ?さっさとゲロっちまえよ。オレはまどろっこしいのが嫌いなんだ」
荒々しい声を出したのが剛。大陸を二分するもう一つの国の帝国より生まれた【貴不死人】である。濃紫の髪と瞳孔が縦に裂けた瞳を見開き機嫌悪そうに唸りそれに合わせてまとめた髪も揺れる。その背にある髪と同色に翼と尻尾も今にもその暴威を振るいそうであった。北方の凶暴な獣の毛皮をまとった姿は蛮族のようである。
「品がないな」
「妾もそう思います」
その様子に蔑みの視線を飛ばすのが双星。他の追随を良くも悪くも全く許さない島国の和華が生んだ【貴不死人】である。彼女らの一方は雪のような肌に赤い角を生やし艶やかな黒髪を結い上げている、もう片方は触角と複眼を持ち長い白髪を大きな三つ編みにしていた。二人とも最上級の着物を纏っていたがそれに負けぬ高貴さを放っている。
「そう言うなってー。剛の品なんて最初からないのはあたし達の中じゃ常識だけどさー、剛にだって良いとこいっぱいあるよ!」
満面の笑顔でフォローをいれたのが太陽。北方にある中陸の部族連合国出身の【貴不死人】であり暗茶色の髪をツインテールにして同色の瞳と耳を落ち着きなく動かす熊の獣人である。獣人ゆえの耐寒性能のため常に布の面積が少ない恰好をしている。いちおう服の体裁は保っている程度である。
「いや、これなんだけど。僕の手には余るんだ」
そう言いながら匠は何かのスイッチを押す。
すると空中に映像が投影された、そこに映っていたのは眠る男の子と女の子。二人の容姿は酷似しておりかろうじて男女の区別がつくかどうかというほどだった。
「なんだ?ただの双子じゃないか。これが匠の手に余るとは思えないが?」
「いいモルモットになりそうじゃないか」
「しかもスペアまでいるなんて完璧です」
「んだよ、ただのガキじゃねえか」
「おー、よく眠ってるね。かわいい~!!」
それを聞いて匠が意を決したように話し始めた。
「女の子のほうは男の子の「恋人」でね。ここまでそっくりなのも珍しいがそれはまだ許容範囲内なんだ。問題はこの子の出自だよ。この子を見て本当に気づくことはない?」
「気づくって……ただの子供……まさか……」
校長が息をのむ。
「この子、身体的特徴がまるでない。王国のエルフでも帝国のドラゴニュートでも中陸の獣人でも和華の鬼人、蟲人でもガラクタラフの機人でもない。この子は一体……」
「この子は「恋人」と人間の相の子なんだ」
「ぶっははははは!!そんなことあるわけねえだろ!!」
「悔しいが同感だ、そんなことはありえない」
「それは起こりえないことです」
「「恋人」の干渉範囲は個体差がある、それに干渉方法だってそれぞれだ。この子の母親は「恋人」の能力として子を授かってその身を失ったんだ」
何か言いたそうな顔をしつつも双星は口を閉じる。
「それじゃあさー、父親はどこにいるの?」
匠の瞳が伏せられる。
「父親は……死んだ。僕が通った時にはもう死んでいたんだ」
「それで拾ってきたというわけか」
「そうなんだ、でもこんな子は初めて見る。どうしていいか分からないんだよ」
「ふむ……あと5年か6年くらいたてば私のところで預かってもいいんだが、あまりにも幼い。教育を受けるには早すぎるな」
「ほっときゃ勝手に育つだろ、案外どうにかなるもんだぜ?」
「剛と一緒にするのはちょっと無理かな、じゃあさ学校行けるまであたし達で育てればいいんじゃないの?」
「そ、そんなのできるわけねえだろ!!ガキの扱いなんざしらねえぞ!?」
「……いや。それはいい考えだ。不測の事態が起こらないとも限らない、私達ならばたいていのことは何とかできるだろう。初めての事態には慎重すぎるということはないからな」
「正気か!?双星もなんか言ってやれよ!!」
「悪くない、若い個体は貴重だ」
「ちょうど切らしていたころですから丁度いいですね」
「おいおいおい!!本気かよ!?」
「まあ永い生だ。子を作る機能を失った我々ではあるがなんとかなるだろう。それに【暇つぶし会】としても長期の計画が行われるのは初めてだ。やってみようじゃないか」
「ありがとう……で、この子の名前を決めてないんだけどどうしようか?」
「ん?それなら私が名付けよう。そうだな……不明なんてどうだ」
「校長、それはいささか不憫だ。希少体なんてどうだろうか」
「良いお名前です、そうしましょう」
「えー、可愛くないなー。ペコちゃんとかが良いよー」
「ごちゃごちゃしてんなあ……呼びにくいだろうが。力で良いだろ」
『ん?』
【貴不死人】達の声が重なる。
「私の名前に異議があるというのか?」
「いやいや。余の命名が一番だろう?」
「んー?可愛いのがいいでしょ?」
「あん?呼びやすいのが良いに決ってんだろうが」
あわや頂上決戦が始まるところであったが匠の言葉で沈静化されることとなる。
「あ、ごめん。この子の名前あったよ。服に縫い込まれてたみたいだ」
匠が映像の角度を変えると確かに服に刺繍が施され寵愛という文字があった。
「それは赤子の無事を願う呪いの類だが……。悪くない、ブレスか。我々に養育されるのだ、それくらいの名前の方が良いかもしれない」
「……それならば許容しよう」
「うん!良いね。ブレちゃん」
「まあ……呼びにくくはないな」
ここに子供はブレスと命名され、【貴不死人】に養育されることが決定した。