大切だった人
「これで大体わかったか?」
神崎はそう言って一度俯くように下を向いた。僕はただただ混乱しながら頭を整理する。この話はまるで神崎の過去の話のように聞こえたのだが、間違いないのか?という疑問が生まれた。神崎は心を読んだかのようにまた顔を上げると言った。
「これは事実だ。紛れもない私の出生の話だよ」
まさか、と思わず息を呑む。なら神崎は、本当は…。
「本名をシイラグレー。現次元管理者でその場所の神の位置も担っている者だ」
そしてまた一つ言った。
「守岡、君はその次元管理者候補だ」
神崎の話を聞いてから約半年。僕、守岡誠は変わらずここ、地球に居座ったままだ。
あの後神崎から正式に次元管理者として生きないかと問われた。もちろん一人で来なくても良いと付け加えてだ。友人も連れて行けるのかと問えば、一つ頷いて悪戯っ子のような笑みを浮かべてこう言った。
『遠山を連れて行っても良いのだぞ?助けたいのだろう?』
それは確かに魅力的な話だった。次元管理者のサポート役として連れていけたらなんて思ったのも事実だ。そうすれば遠山は悩まなくてもいいし普通の人間より長生きができる。転生することも決まっている。
だけど僕は断った。
何故か…そりゃあまあちょっと色々あるんだけど…そもそも遠山の家庭事情ってそんなに深刻なこと?って思い始めたわけ。
そう言う家庭の人は地球上なら五万といるんだ。苦しんでいるのは遠山だけじゃない。だったら人生はその人自身が決めるべきだ、と僕は思ったんだよ。こういう問題だったらわざわざ神に近い存在にならなくても解決できると思う。前例何ていっぱいあるんだし、これも生きていく上での一つの試練だと思えば大した問題じゃないだろう。
その点地球に住んでいない者たちの考えがズレていることがよくわかるな…なんて苦笑したら、確か神崎はむくれてたっけか。…いや実際むくれていたのは“神崎”ではなく“紅”の方で、“シイラグレー”は苦笑していたかもしれないが。
『こんな話二度としに来ないかもしれないんだぞ?』
なんて涙目で訴えられるとは思わなくて結構焦ったけど。正直遠山自身がどうしたいか何てわからなかったから、一応その場で連絡してきてもらって、話を少し省略してどうしたい?なんて聞いてみたんだけど…。
『俺?俺は別に神とか興味ねーよ(笑)』
って返された。何でも妹にお医者さんになってと可愛くお願いされたとか何とか。それに静岡には何度か行ったことがあって、親戚のご近所さんとも仲がいいし友達も少ないながらにいるらしい。
『守岡や早川には悪いけど、でもまた会えるって信じてるし』
照れながらもそう言ってのけた遠山のおかげで結局僕は次元管理者候補から辞退する結果となった。というか正直信じられない話過ぎてついて行けず、だまされるくらいならと離れただけだったのだが。
ただまあ神崎時雨という転校生が実は神に近い存在というか、実はそれ以上の者だったなんて、何だか夢物語だなと笑った。神崎は完全に予想外だったらしく真っ青になっていたが徐に本を取り出して何やら聞き取れない言葉をつぶやき…。
『…え?』
二人になった。いや、正確には…恐らく“紅”という前の次元管理の場の神と“シイラグレー”に分かれたのだと思う。紅はまさか小学校くらいの慎重だとは思わず、僕は言葉を失った。しかし言動は先程の神崎の時と同じ。
『上手くいくと思っていたんだがな…こんな事なら神としての威厳で強引に事を運べばよかった』
そう言ってむくれたままだ。赤を基調としたワンピースのような着物を着ている美少女は黒髪を後ろで高く結っていて、お団子にしている。そこにまたしても赤くて丸いシンプルな飾りのついた簪を指していて、本当に時代劇とかで見そうなタイプの女の子だった。“紅”という名がよく似合う。
『紅様がとんでもないお節介をしてしまい、申し訳ありません!』
そう言って頭を下げたのは先程まで“紅”の口調だった“シイラグレー”だ。こちらは見た目はそのままだが、口調はまるっきり反対だ。丁寧で優しい声色。髪をよく手入れしたら物凄い美少女だと思われる。それに何故だろうか、少し懐かしさを覚えるのだが、気のせいか?と考えていたら、またしても心を読まれたらしい。“シイラグレー”がはにかむような笑みを浮かべて言った。
『懐かしいのは私だけかと思っていましたが、覚えていてくださったのですね!』
そこでハッと気が付く。
『もしかして!?』
そう、こんなオドオドした可愛い人をずっと昔にも見たような気がしたのだが、思い出した。あれは僕が小学校を卒業した日。あの日も彼女ははにかむような笑みを浮かべてこちらを見ていたのだ。本人は意識してなかったようだけど、あまりに熱のこもった目で見られていたせいで近くにいた友達から冷やかされたのだ。それでほんの少し話した記憶がある。名前は確か…。
『シイラって名乗ってましたよね?』
聞き返すと彼女は驚いたように二回瞬きをするとクスッと笑った。
『そうでした!本名より親しみやすいかと思って愛称を最初に教えてしまったんでした』
すみません、と困った表情で言う彼女はあの日から全く変化がない。ちょっと混乱していると彼女の隣から“紅”がむくれたまま言ってきた。
『次元管理の場では体の成長は止まる。あの日其方が見たまんまの姿なのも無理ない』
先程説明したはずだが…と言われてまたアッと声を漏らした。そう言えばそんなことを途中でさらりと言っていた気がする。あまりに非現実すぎて現実逃避しかけていたらしい。その辺の記憶が曖昧になっていた。そこでようやく理解した。
『なるほど!それであの行動!!』
初めに“神崎時雨”が転校してきた初日。あの日フッと懐かしそうに微笑んでいたのは“シイラグレー”として出会っていたせいか。しかしまあ見た目は変わらないというのに纏うオーラでここまで気付かないとは思わないかった。
『まあ仕方がないですね、口調は全くの別人だったんですし』
そう言って寂しそうに笑う“シイラグレー”。そしてあまり言いたくはないんだけど…。
『シイラ、其方この者に恋…しているのか?』
今まさに僕が言おうとした言葉を隣からさらりと“紅”が言ってしまった為、開いた口の行き場がなくなってしまった。パクパクと魚みたいな行動をしてしまったがまあ見られていなかったので良しとしよう。それよりも。
『…恋、とは?』
きょとんと首を傾げた彼女に面倒臭そうにため息を吐いた“紅”が簡単に説明していく。
『異性をこの上なく愛おしいと思ったり、美しい、格好いい、などと言った表現をしたりまた〈好き〉と思ったりすることだ。大事で側に居たい、その者を想うと胸が締め付けられるような感覚に陥ること…どうやらほぼ当てはまっているようだな』
“紅”が苦笑しながらそう言った。“シイラグレー”はというと、途中から顔を真っ赤にしながら聴いていた。そして僕の方を全く見なくなったのだから、かなり正直者だと思う。僕まで恥ずかしくなってしまった。彼女は言う。
『仕方ありません!初めて地球を訪問した時に彼を目にして…すごく綺麗だったんです!無意識にとは思いますが、魔力で体を守るように纏われていて、その上あの屈託のない笑顔!本当に美しい光景でした。まるで見た事のないバーログさんの出身である天界から天使が舞い降りて紛れ込んでいるのではないかと思ったほどです。その上話してみれば人を気遣う事の出来る紳士的な方で、しかし好きなことに夢中になると本当に輝かしい笑顔で『もうよい聞き飽きた長すぎる』』
“紅”が唐突に黙れと命じたことで満面の笑みを浮かべながら自分の世界に入っていた“シイラグレー”のまだまだ続きそうな話は終わり、僕はホッと息を吐いた。正直聞いてる僕が一番精神的ダメージを受けたと思う。なんせ全て僕に対しての感想やら何やらなんだから。…僕は芸術品でも見世物でもないのに!
気付けば彼女はなんだか傷ついたような表情でこちらを見ていた。口元は手で覆っている。恐らくこれ以上話さないためであろう…何か可愛いなって思ったのは仕方がないと思う。うるうるとした涙目で訴えかけるような睨みは美少女がやるととんでもない破壊力を持つんだ、だから女子に免疫の少ない僕がちょっと胸を打たれたのも仕方がないと思う。
『~ったく!散々妾の為だなんだと言っていたが、結局自分自身の為でもあったのではないか!感動して損したわ』
そう言って“紅”は長い長いため息を吐いた。そこで先程より体が薄くなってきているのが分かった。
『紅さん、それ…』
『ん?…ああ、もう時間の様じゃな。さてと、妾はそろそろ限界だからな、どうしたいかはシイラ。其方に任せる』
そして話す許可を与え、“シイラグレー”の方を向いた。彼女は先程までのオドオドとした態度ではなく、真剣に考えるようにすっと目を閉じた。しばらくそうして、再び目を開けると“紅”の方を向いて宣言した。
『紅様、本当に申し訳ないのですが、私に転生の権利、譲っていただけませんか?』
その言葉を待っていた、と言わんばかりに“紅”は笑う。僕はただ二人のやり取りを見ているだけだ。
『仕方がないのう…。条件付きでよいなら与えよう』
そう言って僕の方へと体の向きを変えた。
『守岡、其方はシイラが好きか?』
唐突のようでそうではない質問。僕はすぐに答える。
『ずっと昔見た時に一目惚れした人だ…好きに決まっています』
ずっと似たような人を好きになっては違うと感じて別れてきた。そしてようやく自身の思う人で巡り合えたんだから、本音を言ってもいいだろう。ただちょっと恥ずかしくて顔に血が上っているのがわかるけど。
『誠君!!』
何だか視界にまるで神を崇めるような視線を向けてくる可愛らしい人が居るが、とりあえず見ないように“紅”に言った。“紅”は困ったような表情でちらっと“シイラグレー”を見たが、フッと笑って言う。
『なら、仕方がないの。特別に転生の権利をやろう。そうだな…もう少し髪色を抑えなければならんが、守岡の年齢に合わせて転生させてやる』
その代わり、と再び“シイラグレー”の方を向く。
『シイラ、其方の魔力は妾がいただくぞ。それから記憶操作もする』
それでも良いのか?と無言で彼女に言う。確かに次元管理の場の住人ではなく完全に地球人となるのであればそれは避けられぬことだろう。それでも彼女は転生を選んでくれるのか否か…。
『え!?それはちょっと困ります!』
え。
『おや?』
『それなら転生しません!ごめんなさい誠君!』
…。
『ぷっあーーっはっはっはっは!!』
“紅”が耐えきれずに吹き出して盛大に笑った。“シイラグレー”はさも申し訳なさそうに体を縮こまらせてこちらを見ている。僕は…えっと、どんな顔をしているのかちょっと自分でもわからない。“紅”に笑われた。
『残念だったな守岡ぁ!いやぁ愉快愉快!!最高な失恋だ!あっはっは!』
そしてにやにや笑ったまま“シイラグレー”に言った。
『いやはや本当に面白いものを見せてもらった。さてそろそろ次の候補の元へ向かうか?』
よく考えてみればそんな話をしていたな、とぼんやりとした頭で聞き流していると彼女は元気よく返事した。
『はい!』
そしてそれに満足したらしい“紅”は一度僕の方を見てニタァと笑って“”シイラグレーの中に戻って行った。一度動きが止まった“シイラグレー”は目を閉じて準備するかのように動かなくなった。ほんの数秒で再び目を開けた時には、いつもの“神崎時雨”に戻っていた。
『では守岡、世話になったな。…次の恋が早く見つかることを願っているぞ(笑)』
そう言った次の瞬間、もう目の前には誰もいなかった。
あれからどうやって家に帰ったかわからないけど、普通にいつも通り帰ってきたらしく、翌日はいつも通りの土曜日の朝を家のベッドの上で迎えた。
それから一週間後、遠山は静岡に転校した。呆気なくバイバーイって感じだったけど、今も連絡取り合ってるからそんなに悲しく思わない。それから早川。こいつは気が付くともういなくなってて、先生に早川は?って聞いたら首傾げられたからおかしいなって思って早川の居たグループの一人に聞いてみたんだけど。
「早川なんていねえよ?頭大丈夫か?どっかで打ったとか…」
と滅茶苦茶心配されたから一応平静装って逃げた。どうやら早川は次元管理の場のスパイのような奴らしい、とそこでようやく気付けたわけだが、果たしてあいつは一体どこに消えたのやらという疑問が残った。
「ってか何で俺だけ記憶操作されてないの!?」
何て思わず廊下で叫んじゃって周りの奴らから厨二病か?と変な目で見られたのは言うまでもない。
そしてあの不思議な話を聞いたあの日から約半年が過ぎて、僕はようやく平和な日常を取り戻し彼女も出来た。嬉しいことに告白されたのだ!思わず心の中でいやっふう!!なんて叫んだけど、本当に嬉しかったしもちろんすぐに付き合う事となったのだ。
彼女は小日向優海というのだがこれまた可愛らしい子なんです。身長が153㎝で僕より20㎝もしたなんだけど、華奢な体付きで折れそうなほど細い。黒髪のボブで普段はノーメイクのたまにナチュラルメイクって感じの子。
実はこの子ちょっとだけ神崎に似てる。あ、ちょっと違うかな。神崎じゃなくて“シイラグレー”かもしれない。何て言うか好きな人は神様みたいに信仰しがちなところが何か似ているというか…小さいのに積極性があるところがまた似ているというか…。
僕のタイプがそうなのかもしれない、と最近は思うようになってきた。
さて、今日もいつも通り。
「誠!放課後になったよ!約束通りカラオケ行くぞーー!!」
スクールバッグを放り投げそうなくらいぶんぶん振り回して優海が教室に入ってきた。ついさっきホームルーム終わったばかりで担任もいるのにお構いなし。そこがまた面白くていいんだけど…。
「学校終わった途端イチャイチャタイムか~守岡は」
先生がニヤニヤしながらそう言ってからかってくるのが正直面倒なのだ。しかし優海はぷっくーと頬をハムスターみたいに膨らませて言い返す。
「僻むのやめてくださいよ先生~」
するとクラス中から賛同の声が上がる。まあこのクラス学年の中では顔面偏差値が高くて彼氏・彼女持ちが多いのだ。先生はちょっと顔を引く付かせて「う、うるさい!」と言って出て行った。皆が大笑いする中ちょっと冷や汗をかいてると、優海が僕の腕を掴んで見上げてきた。
「さ、早くカラオケ行こう!…あ、先生に意地悪されたらまた言い返してあげるから!」
それはありがたいんだけどな…何て言うか面目ないな、と思っていると、優海が早く早くと急かしてきて僕は慌てて荷物を自分のスクールバッグに押し込んで肩にかける。すかさず優海が手を繋いできて、近くで見ていたクラスメートが男女問わず冷やかしてくる中、教室を出る。
すっかり派手な日常と化したな、と遠い目をしながら優海に連れられて歩いていると、優海が少し歩く速度を落として、恐る恐ると言った感じに聞いてきた。
「迷惑だった?」
冷や汗をかいていたことに気が付いたのか?と思ったのだが、そうではなく、どうやら僕がずっと困った表情をしていたことに気が付いたらしい。自分のせいかとちょっと心配になったのだと。
僕は苦笑する。
「そんなわけないでしょ。嫌だったらいくら僕でもちゃんと言うよ」
つまり嫌じゃないってこと、言う。するとちょっと落ち込み気味だった優海の表情が段々と明るさを戻していくのが目に見えて分かった。本当にこの子はわかりやすいなと微笑んでいると、やっといつもの元気8が戻ってきたのか、ぎゅっとつないでいる手を握り直して僕に笑って言った。
「それじゃ、気を取り直してカラオケ行こっか!」
平和な日常はまだ続けられそうだな、と僕は呟いて笑顔で頷いた。
あの日姿を消した神崎と早川は今、一体どこにいるのだろうかという疑問は胸の奥にしまい込んで置こう。
漸く守岡君の話は区切りがついた。けど人は生きた分だけ、人と関わった分だけ物語を紡いでいく。守岡君は晴れて平和な日常を取り戻したわけだけど、途中で行方を眩ました四人が居たことを覚えているだろうか。
まず一つの体に二つの霊を宿す神崎時雨。この人はちょっと特殊だけど、説明としてはこれで十分かな。“シイラグレー”と“紅”の二人だ。
そして守岡のクラスメートだった筈の早川という男子。彼は突然行方を眩ましたが、一体どこへ消えたのか。
それからもう一人…。これは行方不明とは少し違うけど、ただちょっと行き先が気になる者だ。
さてこれからおまけとしてある人の行く末を書いて行こうか。
もう会えない君に、少しでも届けられたら…何て思いながら。