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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
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8.妹は兄の女性関係を気にする

 学生工房の見学を終えてひと段落。という訳にもいかなかった。

 何所の工房も学年主席の翠は欲しがる一方で兄である葵を欲しいと名乗り上げるところは出てはこなかった。

 それでも何処かあるだろうと気楽に望んでいた葵の雲行きは徐々に怪しくなっていく。



 蒸技師第1級であることが当たり前(勧誘する側にとって)の工房勧誘。そこに前例がない無階級の存在は異色を放っていた。



 ――何か裏がある。

 誰しもが思う事だろう。裏で汚い大人たちが手を引いているはずだ……と。



 手を引いていることは間違いないのだが(そもそも無階級は存在しない)葵は蒸気機構から正式に階級付けをされているので問題はないはず。……はずなのだ。

 だが、噂とは残酷なもので噂が噂を作り最終的には根も葉もない話が作りあげられているのである。

 裏口入学じゃないか、妹が優秀だから兄も実は……、やはり金だろ。このような感じだろう。



 要するに葵は門前払いをされる羽目となった。

 半ば放心状態に陥りフラフラとし始める事には翠の判断で帰宅をすることにした。その間にも小言が続いて手を引っ張らなければ歩きはしなかった。



「ははっ、分かってはいたさ。でもマジでどこもねぇとなると……。これはあれだ。世間が悪い。つまり俺は悪くない。はははっ」

「兄さ~ん。おーーい。だめだこりゃ……」



 ぶつぶつと訳の分からないことを呟いている葵に声を掛けるが自分の殻に閉じこもる姿はどうにもならない。現実世界にどうやって引っ張り出そうかと考えることを諦める翠は苦い顔をしていた。



「ほらっ! 家に着いたよ。もう……しっかりして!」



 翠はマンションの扉前のレバーを引くと歯車ゴトゴトと動き出しゆっくりと扉が開いた。そして手を引っ張って中へと押し込む。



 玄関を抜けた先は二人が使うには十分すぎるほど広い。そして作りも蒸気世界の一般的な内装、ヴィクトリア朝風である。

 翠は壁際のスイッチを押すと天井に吊るされるランタンに火が灯り部屋に明かりをもたらした。



 取り合えず葵をソファに寝かせると隣に座った。



「全く、手のかかる兄さんだこと」

「うるせぇ。お兄ちゃんは今、世間の冷たさが身に染みているんだ」

「何が世間の冷たさですか。まだ見ていない工房もあるから一緒に探そう?」

「……分かった。探してみる」



 ――やっぱり放っておけないな。



 自分とは違う世界に生きている兄。そしてただ一人の大切な家族。翠は兄をとても心配する。が、それをよそに葵ははっと気が付いたように立ちあがった。



「雅さんだ! 雅さんに聞けば斡旋してくれるかも!」



 そしてブレザーの内ポケットから取り出したのは小型無線機。周波数を藤島雅の私物無線機に合わせると通信を開始する。



『……はい、藤島雅。どうぞ――』

『あっ、雅さん? 俺だよ俺!』

『もうそんな詐欺に引っかかる奴はいないぞ。出直せ』

『待って! 待ってくれ! 大事な話があんだよ』

『なんだ葵か。どうせ工房が見つからんとかそんなところだろ』

『……よく分かったな』

『私を誰だと思っている。学長だぞ』

『さすが学長様。で、どこか俺を拾ってくれる工房なんてないか?』

『あぁ……、探せばあると思うが。今すぐとはいかんが明日に学長室に来い。話はその時にしよう』

『分かった! ありがとう雅さん!』



 ここで通信は終了する。



「…………」



 さて、葵が気分揚々と通信を終えたことは良いが問題は浮上する。目の前には腰に手を当てて鬼の如く形相を変える翠の姿……。



「兄さん! 私の心配を返して!!」

「……えっ?」

「とにかく正座!」

「はいっ!!」



 葵は咄嗟にソファの上で正座をして頭を垂れる。その間に何をしでかしたかを察する為に脳をフル回転させている。が、冷汗がだらだらと流れる姿を見るに良い解決策は思い浮かばなかっただろう。



「いいっ!? 私は兄さんを心配して一緒に探そうって言ったのに何で雅さんに連絡するの! あと、何で雅さんの連絡先を知っているのかな?」

「えぇ……っとですね。確かに可愛い妹と一緒に工房ツアーなんてことも良いのだけど妹に心配されるお兄ちゃんの立場がなくてだな……、ごめんなさい。言い訳です」

「ふーーん。で、雅さんの連絡先は?」



 葵はどうにか話を避けようと答えなかったが逃げることは出来ない。



「ほ、ほら、知っているだろ。お兄ちゃんと雅さんは昔からの知り合いだから連絡先ぐらい知ってても……、良くないですよね。分かります。いくら年上でも女性ですからね。お兄ちゃん、気を付ける」



 何とかして妹の怒り(かもしれない)を鎮めようと四苦八するが葵はどうやらこういった状況を打開する術を考えるのは苦手らしい。



「私、兄さんから連絡されたことあまりないのだけど。もしかして雅さんとは連絡取っていたりするのかな?」



 徐々に目を細め始める翠は葵が目を逸らさないように近づいて鼻同士が引っ付く辺りまで接近する。



「そ、それ、それはだな……。入学した時に連絡を入れたぐらいだぞ。それ以外していないから!」

「本当に?」

「うん、マジマジ。お兄ちゃん、嘘言わない。絶対!」



 というのは建前で本当は定期的に連絡を取っているとは言えなかった。葵が雅に連絡する理由は私的ではないのだが翠に信じてもらえるかを考えると話を避けるのが利口だろう。



「ふーーん。じゃあ、そうしておいてあげる」



 ――助かった。



「だから、今度、一緒に買い物に……付き合って」

「えっ? そんなことでいいの? 行く行く!」

「絶対だからね!」



 鬼はくるっと回転して葵に背中を向ける。その顔は頬が緩んだ笑顔そのものであった。 

 翠にとっては葵を一人占めすることがどうも幸せに感じるらしい。まさにそのような心境だろう。



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