6.仕込みの秘術、制限解除
「あなたを少しは見直さないといけないわね」
格下だと見誤っていた古森は素直に反省をした。だが、口にするだけだ。勝利は常に自分にある自信は消え失せていない。
それ故につぶやいた言葉は綺堂にとっては皮肉にしか聞こえなかった。
「本心でそう思っているなら嬉しい事だ。だが上か見下すのは気に入らねぇ」
「なら私に勝ってから大きな態度を取る事ね」
「なら、そうさせてもらうぜ!」
再び綺堂は美咲に向かって駆ける。一度との違いは穂先を美咲に向けていること。その行動はつまり仕込み銃を使うに他ならない。
「二度目はないと言ったはずよ!」
既に露呈した仕込みは警戒される。優秀な蒸技師であれば二度も同じ手に引っかかることは滅多にないだろう。
綺堂もそれが分かっての仕込み銃は牽制の使い道でしかないことは重々承知の上だ。
発砲音と同時に火薬の臭いと短槍から溢れる黒煙が周囲に舞う。仕込みでも何でもない、仕込み武器の特性を利用する。綺堂は煙に紛れることで姿を消した。
煙の範囲は極わずか。綺堂と美咲の間に煙の層が立ち込めた結果、槍の出どころが分からない。正面から受け止めるには武器のリーチから不利だ。
――くっ……、どうする。また後ろに回り込むか……。
美咲の瞬発力なら再度、後ろに回ることは容易い。だが、先ほど痛い目に合っている。万が一、失敗した場合……、右手が負傷したら勝ち目はない。
「私は絶対に負けない!」
たった一度の不意打ちを喰らっただけだ。小手先は要らない。自分ならこの状況を突破することが出来る自信があった。
瞬間、黒煙を突っ切る。
「な、なにっ!」
視界に捕らえた美咲は正面。突きの構えを取ったまま突撃を選んだのだ。攻撃は最大の防御の姿そのものである。
後ろに回り込んでくるだろうと予想していた綺堂は驚きを隠し切れない。気が付いた時には既に穂先を越え懐寸前。このままではまともに胴にサーベルが突き刺さることだろう。鍛えているとはいえ動けなくなることは目に見える。
突如、槍は駆動音を立て中心を境に折れる。右手に持った一本でサーベルを弾いた。
「……もう出すのね」
綺堂の両手には折れた槍柄。再び駆動音を立て配管から蒸気が溢れると鍔が出来上がり短剣となった。
「これを出した以上、俺の仕込みはもう使えねぇ。後は実力勝負だ!」
仕込み武器には形態が変わる物もある。綺堂は槍型と短剣型を切り換えて使えるが短剣に仕込みはなく槍に戻すには時間が掛かる。つまり、この戦闘ではもう小手先なしの実力のみとなった。
「なら、今度は私の仕込みを見せるとしましょう」
「させるかぁ!!」
綺堂は焦る。全力で美咲の仕込みが発動する前に決着を付けようと一本を投げる。が、突き刺さるのは実技場の壁であった。
――制限解除。
圧縮した空気が抜ける音。動き始めるのは両足に宿した仕込み。そして、狩るは目の前の得物。
――これで終わり。
『獰猛なる狩りの神脚』
捉え切れない速さ。気が付いた時には既に地に伏せる身体。綺堂は自分の身に何が起きたか分からない。はっきりとすることは歓声が沸き起こっていること。
またしても負けてしまったか。そう思うよりも自分との力の差が改めてはっきりとすること。埋まらない実力の違いを噛みしめた。
勝者は古森美咲。
「全部、使わなかったわね」
サーベルを鞘に戻して振り返った。左手がゆっくりと動かせることを確認するとその場を去っていく。残るのは動けない綺堂礼二となった。
〇
「うわー、速いなぁ。目で追えなかったよ」
翠の率直な感想は誰もが思っていることだろう。まさに消えたと言っても過言ではない速さを誇っていた。天才少女、古森美咲の実力が入学生にも知れ渡る事だ。
「くぅー、身体仕込みもすごいっすね。みんなあんな感じなんですか?」
「いや、あれがすごいだけだと思うが。俺は綺堂先輩の仕込み武器に興味が湧いたな」
「綺堂先輩はどちらかというとあり触れた仕込みっすね。だからこそ使用者の実力がはっきりとする点もあるのですけど相手が悪かったです」
勝敗だけ見ると綺堂が劣って見えるが非常に優秀な学生の一人なのは間違いない。やはり相手が悪かったというのが頷ける。
「あっ、仕込み武器の当てっこは私の勝ちっすね。銃槍と短剣の二つです」
「いやいやいや、煙があったろ」
「あれは仕込み武器の特性ですよ。仕込みそのものではないですから」
「兄さん、往生際が悪いよ。あと、私の分もおごってね」
「おい、なんでだよ」
「だめ……かな?」
わざとらしく上目遣いをして甘えた声を出す。しまいには腕を掴んでボディタッチをし始めた。
となると葵は弱いもので諦めるのも一瞬である。
「わ、分かったよ。よし、食いに行くぞぉ」
「やったね麻里ちゃん」
「今日はたらふく食うっす」
前では楽しそうに話している二人。そんな姿を見るのが葵にとっては嬉しいものだった。妹が友達を作れたことが一番だろう。どこまでも妹思い(悪く言えばシスコン)な兄であった。