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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
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5.仕込み武器は不意を衝く

「よう、久方ぶりだな」



 開口、切り出したのは綺堂。手によく馴染んだ短槍を振り回す姿は一寸の狂いもない。よく鍛錬されている証拠だ。

 加えて槍は様々な部品を露呈させ排気菅から少量の黒煙を上げている。



「あら、前回といい今回も全校の前で負け姿を晒すのが趣味で? 理解できないわ」

「減らず口が……。わりぃが前回と同じようにはならないぜ」

「なら、楽しませてもらおうかしら」



 学生間でも蒸技師としての実力は1年以外には知れ渡っている。もしもこれがトーナメントであれば綺堂が挑戦者である。



 綺堂も十分、優秀な蒸技師であるのだが蒸技師番付(学生のみ)では古森美咲を越えられないでいる。一方的にライバル視されている美咲にとってはいい迷惑だ。

 相対する中央に審判員を務める教員を挟む。



 ――一つ、相手を死に至らしめることを禁ずる。

 ――二つ、使用武具に関しては模擬戦用を使用すること。

 ――三つ、勝敗は降参、気絶等の戦闘不能で決する。



「「承諾する」」



 二人は手を挙げて宣言をする。指定の位置まで下がり審判の合図を待つ。

 古森はゆっくりとサーベルを抜き剣先を綺堂に向け、腰を低く落とす。絶対に負けない自信が顔に現れている。余裕である証拠だ。しかし隙を作ることはなかった。



 一方、綺堂は古森美咲と模擬戦の経験がある。故に美咲の実力を知る。額から流れる汗は頬を伝い顎に滴る姿は半ば焦りも含まれる。階級でも実力でも格上の相手をする以上、出し切れる全てをぶつけなければ勝てないと分かっていた。

 作戦は一つ、短期決戦であること。



『はじめ!』

 合図と同時に綺堂は一直線に美咲に向かう。



「くらいやがれぇ!!」



 穂先の天に向け、頭部を狙う。その素早さは会場の生徒らが感嘆の声を漏らすほどだ。

 だが、美咲は左に一歩だけ避ける。槍とすれ違いざまの下段からのサーベルが浮きあがった。



 響くのは金属音。短槍の柄を利用して受け止めた。

 続くは両者攻防。火花を散らし、互いに譲らない打ち合い。



 埒が明かない。



 先に仕掛けたのは綺堂だ。サーベルごと叩き潰そうと力を込め跳躍。上空から見下ろし対象を捉える。もしも喰らえば美咲とてただでは済まないだろう。

 しかし、美咲の姿は瞬時に綺堂の視界から外れ、虚しくも地面を砕く破壊音を立てるのみ。



 ――どこへ消えた。



 まさに得物を狩るが如く、サーベルを振り下ろす瞬間だった。



 ――後ろ!



「引っかかったな!」

 突如、何所からと鳴る一発の銃声。



 ――しまった!



 ゼロ距離では避けることは出来ない。だが、出所は発砲される前に分かる。咄嗟に射線を見極め左手を差し出した。



 仕込み武器『銃槍』



 柄部分に仕込んだ銃弾は近距離相手の不意をつく。例え前方にいようが後方にいようが射線は槍の向きだ。



「ぐぅ……」



 もし実戦ならば左手が吹っ飛ぶ可能性はあった。運の良いことに今回はゴム弾を使用するが苦痛は伴う。力を入れることが出来ず左手は垂れさがったままだ。

 綺堂の読み通りだった。見事、罠にかかったことに苛立ち歯ぎしりをする美咲を見て綺堂はゆっくりと立ち上がり正面を向く。



「新しい仕込みの味はどうだ?」

「ふっ、どうやら前回の研究をしたようね。私の注意不足だったわ。でも、次はない」

「それはどうかな。こちらとて手は残してんだよ!」



 仕込み武器の仕込みは一つではない。熟練した使い手なら複数の仕込みを用意している。蒸技師の戦いとは何をしてくるか分からない仕込みの探り合いであり一瞬の隙を付くものである。



 今回の様に僅かな時間で形勢は逆転することもしばしば。劣勢を理解している美咲の表情は強張ったものになっていた。



「おぉ、銃槍っすね!」



 葵の隣で大はしゃぎするのは宮下麻里。仕込み武器を作る工房職人志望の女子生徒だ。

 仕込み武器では一般的な銃仕込みだがそれ故に熱心な職人も多数いる。



「あれは避けられんな。槍使いの先輩もかなりの腕だ」

「兄さん……、綺堂先輩だよ。確かに古森先輩の陰に隠れているらしいけど」



 新入生でも情報を掴むのが早い生徒もいる。取り分け、新入生代表の翠は入学前から学園に度々、顔を出しているので詳しい事だろう。



「古森先輩はまだ仕込みを使っていないっすね。ここぞという時に使うのですかね?」

「たぶん身体仕込みだな。腕はどうも生身らしいからそれ以外だと思う」

「楽しみっすね。あぁ、そうだ葵。槍の仕込みがいくつあるか当てっこしないっすか?」

「いいぜ。そうだな……、3つかな」

「なるほど。私は2つと見たっす」



 二人とも考えることはおおよそ2つか3つだろうと考えている。恐らく綺堂が使う銃槍は職人志望の学生が作成したことだろう。学生が仕込む場合は3つも有れば優秀だ。

 仕込みは数を増やせば有利となるものではない。使用者の腕、武器の強度等、様々な事を考えて作らねばならない。二人が予想する数は妥当であると判断される。



「あっ、負けた方が今日の昼ごはんをおごりにしますよ」

「おっけ。今日は美味い物が食えそうだ」

 と言いながらもこっそりと財布の中身を確認する葵であった。


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