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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
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3.晴れ姿、そして兄は撮影に忙しい

 時は進み入学式の終盤。



 栄えある蒸技師の卵たちが本日を持って正式にオーゼル学園の生徒となる。誰もが威厳のある式に参加できることを噛みしめていた。まだ1年の顔は全体を見ても緊張気味だ。



「……入学生代表、東雲翠」



 主席入学を果たした翠の完璧な答辞は盛大なる拍手をもって終了となった。切れのある動きにしなやかさ、そして上品さを兼ね備えている。翠を見た教員は将来が楽しみだと思う事だろう。


 しかし、そんな翠を悩ます種があった。答辞の最中もそうだが今もなお笑みの中の頬がピクピクと動いている。



「翠! こっちを向け! よし、いいぞ~」



 他はお構いなしとカメラ席からフラッシュを浴びせる葵の姿があった。スーツを着る周りの保護者とは違い生徒同様、蒸技師第1階級の白いラインが入る制服。そしてバッチを付けない生徒の姿。



 誰もがなぜお前はここにいるのだと思っているに違いない。

 我が子の記念写真を撮るためと設けられた席でフラッシュやシャッター音がするのは仕方がない事だがいくら何でも過剰である(そもそも声も出している)と判断されるのも時間の問題だ。



(あとで怒ろう。絶対怒ろう)



 今は我慢をすると決めた翠はなるべく葵の方向を向かないようにしていた。

 何かをやらかすと分かっていた学園長の雅もこればかりは苦笑いをするしかなかった。その場で注意して場が白けるのも不都合なことだ。



「なぁ、見ろよ。俺の妹だぞ。かわえぇだろ」



 周りの大人たちに絡み始める。鼻を伸ばし自慢の妹を語る葵の舌は止まることなくだらしがない顔をしている。はぁ……と困り顔のお隣は葵の話を聞くしかなかった。



(あいつ問題は起こさないと言ったよな。気のせいか?)



 腕組をして眉にしわが寄り始めた雅は会場の隅にいる係員(教員)に合図を出した。



「俺はな、この写真を現像して額縁に飾る……って何しやがんだ!」

「はーい、ちょっとお話があります。こっちに来てもらいましょうか」

「待てっ! まだベストショットを撮ってねぇんだよ。あとちょっとだけでいいから!」



 とは言うが堪忍袋が切れている雅の指示であるのでそのまま会場外へと追い出されることに。去り際には



「翠~! 助けてくれぇ!」

 と情けない声を出して扉が閉まったのであった。



 ――本当に東雲さんのお兄さん?

 ――絶対人違いだろ。

 ――ストーカーか何かかな?



(……他人のふり。他人のふり)



 葵が退場となった後は特に変わったことはなく無事に式が終了する。その後は変な奴がカメラ席にいたと会話のネタにされることになるのだが……。



「兄さん! とーーーーっても、恥ずかしかったんだよ!」

「ごめんなさい。つい、調子に乗りました」



 入学式を終え、歓迎会の準備の間は自由時間となる。葵が筋肉だるまのような大男の教員の前で子犬のように縮まり正座をさせられているのを発見した翠は保護者の如く引き取った。


 そして芝生の上で芸術と言わんばかりの華麗なる土下座をする葵。



「写真は取ってもいいけどはしゃぎ過ぎ! 私のことも考えてよね」

「以後、このようなことが起こらないように善処致します。どうか許してください」

「もう、仕方がないんだから……」



 とムッとした表情を見せる翠だが強張らせた中には若干の笑みも含まれている。



(私の為にやってくれたからね)



 そう思い込むと怒りよりも嬉しさが勝ってしまう。だが、この姿を葵に見せてはまた調子に乗るだろうから頭を下げている間は隠しきれない顔になっていたことだろう。残念ながら葵はそれが見られないが……。



「なぁ、一ついいか?」



 むくっと顔を上げた葵。素早くムッとした表情に戻す翠。また変なことを言うのだろうと身構えた翠は恐る恐る「なに?」と聞く。



「最後に一枚撮らせてくれ」

「い・や・だ!」

「頼むよ! ベストショットが撮れていないんだ」



 両手を合わせて頼み込む葵。



「な?」

 もう一押しをした。



「も、もう、仕方ないな。しょうがないから撮らせてあげる」

「よし来た! そこに立ってくれ」



 近くの桜の根元へと誘導した。散る桜に舞う桜。被写体が映える背景。もちろんモデルは葵にとっては最高の人物。



「ここで……いいかな?」

「おっけ! はい、笑って……」



 カシャリ……とシャッター音とフラッシュが焚かれた。



「うん。良いのが撮れたな」

「全く、兄さん……」



 その続きの言葉は風にさらわれて聞こえなかった。が、葵には何となくだが翠の言葉が分かった気がする。



 ――全く、兄さんは過保護だなぁ。



「当たり前だろ。お前は俺のたった一人の家族なんだ。何があっても俺はお前の味方だかからな」

「も、もう、何急に恥ずかしい事言うの!」



 でも、嬉しかった。ちょっと俯いてにんまりとする表情を隠さないといけなくなってしまった。

 翠にとっても葵はただ一人の家族、そして兄。何よりも大切な存在。変だけど馬鹿だけどいつも大切に思ってくれし気持ちも分かってくれる。



 でも、一つ間違えていることは



 ――全く、兄さんの馬鹿……。



 と言ったことぐらいだろう。


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