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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
33/35

32.葵。あなたが好きだから……

執筆中にどうすれば集中して書けるかなと考えています。僕は映画が好きですから見ながらやるということもたまにしますがまったくはかどりません。結局は好きなゲームのBGMを流して書くことにしています。

よく聞くのが「ゼノブレド」の曲です。歌ものはほとんど聞かないのでCDはBGMで占められています。

「古代の仕込みを使う以上、狂いは避けられない。だから、俺たちは亡き者とされている。それがこれからの蒸技師たちの為だ」

「ふんっ、これからはどうでもいい。重要なのはあなた……。葵、あなたのこと」

「俺のことは……、大丈夫だ」

「その確証は?」



 アリスが問うと葵は黙り込んでしまう。明確な答えがないと言う事だ。

 ため息を付く。



「ほら……、ダメじゃない。それでは避けられない」

「構わない。俺は大丈夫だ」

「構うわよ!」



 大声で叫ぶ。その声調は荒々しく怒りも混じったものだ。同時にアリスの目は潤み、涙がこぼれ始める。


 葵を思う気持ちに嘘はない。自分を犠牲にしてまでも救いたい。その言葉が届かないもどかしい気持ちがアリスに巡っている。溢れる思いは次第に涙腺を伝ったのだ。



「なぜ……、なぜあなたはそう言うのかしら。私は、あなたに狂って欲しくない。あなたが苦しむ姿を見たくないの」

「……なぜそこまでするんだ」



 一息を入れてアリスは答えた。



「葵。あなたが好きだから……」



 その言葉に葵は返答することが出来ない。昔から付き合いのあるアリスと過ごした時間は密あるもので互いを尊敬しあっている。だが、恋愛感情まで発展することはなかった。


 そして今も。ただ、同類でいたい。昔からの仲間でいたい。何よりも人を好きになる感情は殺さなくてはならない。元第7階級であり機械の心臓を保有するアリスならこの気持ちが分かると思っていた。だが、違うようだ。



「あなたが求めるならなんだってやる。狂いも私が止めて見せる。だから、機械の心臓を手に入れさせて?」

「……すまない。それは出来ない」



 アリスの気持ちを汲み取ってか言葉は少ない。

 機械の心臓を手に入れたところで自身の狂いが止まるはずがない。葵はそう考えるがもしかすると、という可能性を信じて設計図を欲するアリスとの考えには相違があった。



「なら、無理にでも奪い取るわ。あなたの為に」

「俺は蒸技師。蒸気機構に属する者。アリス、退いてくれ」



 最後の忠告。これが通らなければ例え知り合いだとしても容赦しない。それが蒸技師としての務めだ。



「いやっ! これは私が決めたこと。例え蒸気機構を敵に回そうが構うものか!」

「そうか……」



 分かり合えない。葵は心苦しかった。

 だが、アリスが答えた以上致し方ない。


 救うべき相手にナイフを構えるアリス。押し通るには手加減は出来ない。それを表すかのように両者の佇まいは一目で分かるものだった。

 アリスは険しい表情を浮かべ、どう攻め入るか必死に思考をめぐらす。古森の時には一切流していなかった汗が頬を伝っていた。


 葵はただアリスを見つめ立つのみ。だが、風貌は、雰囲気は、蒸技師ならば恐れをなすものだった。



「こないのか?」



 葵は問う。

 アリスは黙りこくったままだった。言葉が出ない。いや、動けない。

 強大な相手を前にしてどう攻めるべきか分からないのだ。





「なぜアリスさんは動かないのかしら?」



 古森はアリスの様子が違うことに気が付いた。それは古森とアリスの立場がそのまま表されていたことだ。先ほどまで強者の立場にいたアリスは今や弱者のようだ。

 翠は古森の隣に座り込み答えた。



「それは勝機が薄いからでしょう。あの二人は昔からの仲です。ですから手の内も分かっています。兄さんの力は元第七階級が恐れるほど強いものです」

「私はそんな人を後輩に持ったのね。何の嫌がらせかしら」



 その言葉は何所かしら嬉しさが詰まったものだ。



「兄さんは今の蒸技師たちにどうこう言うつもりはありませんよ。普段、仕込みを使いませんから。いや、使おうとしません。第七階級ではない新たな自分を見つけるために職人を目指していますので」

「色々とあるのね」



 葵がどのように生きていたか知る由もない。古森は自分が理解できる範疇に収まらないと思った。詮索していいことではない、かと言って知らないのも釈然としない。



「翠さん。あなたって本当に葵さんの妹なのかしら?」



 機械の心臓を保有する葵。だが、妹の翠は違う。だとしたら本当に妹なのだろうかと。

 何となく察して言葉にしなかった古森だが知るという欲求は人に存在する。

 翠も嫌がる表情を見せなかった。とても誇らしげに言った。



「私は兄さんの妹です。でも、血は繋がっていません」



 それ以上の説明はしなかった。複雑であり過去を掘り起こされることは避けた。



「そう……。でも、いいお兄さんだと思うわ」

「はい、私のただ一人の家族ですから。とても大切な……」



 普通の兄弟ならこうも親しみを込めて言うことはない。だが、東雲兄妹は別の何かで繋がっていると古森には見えた。


 やはり自分が過ごしてきた世界は狭かった。何よりも痛感したことだ。

 天才ともてはやされ、天才と呼ばれるために生きてきた。どうにも自分という者がないらしい。だが、古森は晴れ晴れとしていた。これから見つけられそうだと。



「私はあなたが羨ましい。自分が如何に弱い人間だと気が付いていなかったわ」

「いいえ、先輩はお強いです。兄さんも常々言っていますから」

「あら、嬉しいこと言うわね」



 それが世事だとしても受け取っておこうと思ったに違いない。何も否定しなくてもよい事。受け入れるがずっと気分がいい。



「先輩、折角ですから兄さんの仕込みを見ておいてください。そう、見られるものではありませんから」

「えぇ、そうさせてもらうわ。頂きに立った人の姿をね」


先日、ローファンタジー日間75位に入りました。

これもこの作品を読んでくださる読者様のおかげです。

続きもコツコツと書いていきますので是非ともお付き合いしてくださると幸いです。


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