31.相対するロストランカー
お昼ごはんに乾パンを食べました。部屋を掃除していたら1月だけ賞味期限が切れた乾パンが出てきましたので食べないといけません。なので映画を見ながらボリボリと食べたのですけど後悔していることは氷砂糖は乾パンを食べている間に食べなかったことです。最後に残った氷砂糖はくどいくらいに甘かったのです。
ちなみに映画は「燃えよドラゴン」です。
――静止
ただ一人を除いてはまるで彫刻の様に止まる。舞い散る木の葉は空中に留まりまるで浮いているかのようだ。
アリスと古森は向き合ったまま、ナイフが首元を切り裂こうとしている最中。ものの数秒で古森の命は絶たれる一瞬。しかし、男により空間を支配された今、誰一人とて動くことは出来ない。いや、実際には動いているのだが男が感じる時の流れに追いつかず静止しているかのように見えるのだ。
その中でゆっくりと歩く男は古森を抱きかかえほほ笑んだ。だが、古森は反応することはない。再び歩き出し側の木の根元ねと運んだ。
「先輩の姿。しっかりと見ていました。やはり、あなたはすごい人だ」
「……葵さん?」
時は支配から逃れる。古森は目の前にいる男の名前を呼んだ。
「後は俺に任せてください」
「え、えぇ……」
古森は現実を理解できなかった。生きていることもだが、アリスから葵に代わっていること、そして居た場所が瞬きをする間に移動していたことだ。
「あ、葵さん」
「はい? 何ですか?」
「なぜあなたはここに?」
誰にも言っていないはずの事。本来なら蒸気機構か学園に報告する事をあえて自分一人で解決しようとした。だが、東雲葵は目の前にいる。夜遅くにわざわざ学園に出向くとも考えられない。
「自分と昔馴染みとのけじめをつけに来ました」
古森が聞きたいことはそうではない。葵も古森が知りたい答えを言った訳ではない。でも、嘘ではないことは事実だった。
「葵。あなたがなぜ出てくるのかしら?」
少し困惑した表情を見せる。先ほどまで辺りを覆っていた霧は晴れ、視界は通常に戻った。
「アリス。何故こんなことをするんだ」
「狂わないために」
ただ一言。
「機械の心臓を手に入れても変わらない。それが分からないのか」
「分からない。分からないわ。もしかすれば分かるかもしれないじゃない」
半ば怒りが混じり始める。アリスは以前に狂いを恐れていること葵に話している。今に始まったことではない。旧知の仲の二人は互いに思っていることを知っている。
知っているからこそアリスは機械の心臓を手に入れなくてはならないと思っていた。
「お願いだアリス。ここで退いてくれ」
葵は淡々と言った。冷たい訳でも暖かい言葉でもない。ここでアリスと相対したくないという葵の本心だ。
「いや……、いやっ! 私は絶対に退かない。私が狂いを止めてみせる」
「…………」
葵は何も言わない。ただ、悲しそうにアリスを見つめた。昔からの仲間の叫びは心が痛いほど分かるからだ。狂いは訪れる。それは強力な仕込み、古代の設計図を使用した者には避けられない病。
「もう見たくない。皆みたいになるのは耐えられない」
第7蒸技師たちは皆狂い、彼の者に討たれた。アリスは当事者である以上、狂いというものがどのような事か知っている。それ故に恐れは増幅しアリスの心を蝕んでいく。
「アリス……」
優しく温かい言葉は掛けられなかった。それは気休めにもない。根拠のない言葉は更に相手を傷つける。
だが、アリスの心境は自分自身のことではなかった。
「俺は来る日を受け止めるさ。第7階級に至った一人だからな」
アリスに語りかける。なぜアリスが機械の心臓を狙うかを察した葵の言葉だ。
その意味を分かるからこそ歯を食いしばった。葵がどのような気持ちで言うかは分からずともアリスは納得出来ていない。まだ道はあると思うのだ。
「なら……、葵。あなたはそれでいいの? 一度狂いが訪れたら後は孤独になるだけ。あなたもそして私も。ずっと一人で生きなくてはならない。それでいいというの?」
ひねり出した叫び。訪れる狂い。それは孤独を意味する。
〇
「あなたはその意味を知っているの?」
「はい、兄さんが教えてくれました」
東雲翠。葵の妹にして学園開校以来の秀才。まさに古森に次ぐ天才と言えるべき人物。他の生徒と違うことは遥かに歳の離れた訳ありの兄を持つこと。
葵が古森から離れた後にやって来た翠は古森の傷を治療していた。
「狂いとは孤独。仕込みの暴走によっておきます。自身に益をもたらす物が自分に降りかかってくるのです。兄さんもそして……」
翠は銀髪の少女、アリスを見つめた。
彼女も狂いを恐れる者。蒸気を操り、辺りを白煙に覆いこむ仕込み。最後には自分だけを包み込み行き場のない世界へと迷い込む。それは出口のない檻だ。
「でもアリスさんは獣になる、恐怖が人を狂わせると言っていたけど……」
翠はコクリと頷いた。
「間違ってはいません。でも順序が違います。仕込みが徐々に制御が利かなくなることが始まりです。そして人を孤独へと追いやられる恐怖を感じる。獣とは理性を失い本能が人を動かすこと。つまり、歯止めが利かなくなった蒸技師の総称です」
傷の手当が終わると翠は古森に付き添った。目の前にいる葵とアリスを眺めながら。
「以前から先輩のことは兄さんから聞いていました。そして、先ほどのことも見ていました。兄さんは先輩のことを尊敬していましたよ」
「なら、早く助けてくれても良かったのに」
少しだけ意地悪な表情で言った古森に対して翠は微笑んだ。
「あぁ見えて結構スパルタなのですよ」
「ほんと、優しいお兄さんだこと」
古森は皮肉を言いつつも笑みを浮かべていた。自分が蒸技師としての在り方に悩みを抱える時に決断をするためのきっかけをくれたことに感謝をしていた。やはり自分は天才の領域に立つことは出来ないと感じながら。
「後は兄さんに任せましょう」
翠は古森に手を差した。しかし、古森は首を振り立ち上がることを拒否する。
「もう少し見ていたいわ。いいかしら?」
「はい。だろうと思っていました」
古森の表情から翠は察していた。第7蒸技師が相対する状況を見ていたい。頂きに立った者たちの姿を目に焼き付けたいと古森は思うのだった。
評価を入れてくださった方がいました。本当にありがとうございます。
日間に食い込めるかなと思ったのですけどダメだったようですね。
多くの方に見てもらいたいと思うのは本望ですけどそれよりも面白いと思ってくれる方が一人でもいてくれるなら幸いです。
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