30.親愛なる蒸気世界
夜になると鈴虫が鳴ります。その時間に借りてきたDVDやアマゾンプライムで映画を見る時間はとても至福の時間なのです。コーラとポテチを買うだけで幸せだなと感じる生活を送っています。
最近は『タッカーとデイル』を見ました。
蒸気の境界。古森は例え、どんな手を使ってもアリスを止めることは出来ないと思っている。だが、安々と通すわけにもいかない。
蒸気世界で生き抜くこと、自分が蒸技師であることを示さねばならない。それが進む道を自らが決めるけじめだ。
みなぎる力、溢れる蒸気。一時の活力を持って目の前の少女にぶつける。
「いいわ。とてもいいわ。これこそが仕込みの神髄。見せて頂戴! あなたの全てを!」
笑いが止まらない。今どき、蒸気の境界を越える者は数が少ない。あらゆる不可能を可能にする力を秘めた仕込みこの目で見られると思うと心の底から好奇心があふれ出てくる。
古森は構える。
「いざっ!」
超高速の移動。その速さは今までの古森の速さとは桁が違う。常人ならば消えて見えるほどだ。
「速い!」
アリスの目に微かに残る残像。的確に追えていない。
だが、元第7蒸技師。予測でサーベルを打ち込む場所をナイフで防ぐ。
響く金属音は一度だけでなく何度も、何度も鳴り響く。次第に古森の速さが優位に立ちアリスは押され始める。
「くくくくっ。いい、とてもいいっ!」
劣勢になろうともアリスの笑みがこぼれる。目の前には歯を食いしばり血眼になりながらもサーベルを振る古森。その姿を見るアリスは悦に浸っていた。
これが仕込み。弱者を強者へと変える武具。無限の可能性を秘めた物。これだから蒸気の世界はたまらなく愛おしい。
一撃を防ぎ後方へと退いたアリスは宙を舞う。
「もらった!」
古森の脚から黒煙が噴き出し地を蹴った。まるで空を蹴り歩くかのようにアリスに近づく。
その姿を見たアリスは目を見開き驚く。まさか大気を走ることがあるのかと。さすがのアリスも空中では自由に方向転換することは出来ない。
「はははぁあああああ!!」
古森のサーベルはアリスを捉えた。振り下ろした衝撃は凄まじく相殺することが出来ない。アリスは地に叩きつけられる。
「がはっ!」
サーベルをナイフで受け止めることに精一杯で受け身を取ることはままならない。直で身体に加えられる鈍痛はアリスの小さな体には十分だった。
「……やった」
元第7蒸技師相手に一撃を加えられれば本望。これで起き上がることが無ければよいのだが、古森は馬鹿ではない。それはないと思っている。
「……っつ。さすがに驚いたわ」
唇から流れる血を右手でふき取ると不気味な笑みを浮かべる。
「これまでのようね」
仕込みの駆動音は小さくなり放熱をするために停止する。ずっしりと重たい金属の脚は足枷の様に古森にまとわりつくことになる。
「前言を撤回するわ。確かにあなたは天才ね。これほどの仕込みを扱える蒸技師は少ない。だから私も礼節を持ってあなたに当たるわ」
古森は固唾を飲んだ。まだ一度も見ていないアリスの仕込み。目の前で元第7蒸技師の技が見られる。それにこの身体では動くこともままならない。
「私の世界へ案内するわ。古森美咲。これが蒸気の世界を愛し、愛された私の世界」
身体中から白煙が出る。それも非常に濃い煙。辺りを包み込み手を伸ばす先すら見えない霧の檻。
「親愛なる蒸気世界。これは私が見続ける景色」
無音。そして、白煙。
目に見える物は何もなく自分がオーゼル学園にいたことさえ疑う。
「――――」
喉が振動するのみで自分の声すら聞こえない。まるで別世界に取り残され、無に取り残された感覚にすらなる。
「――――!」
体に加えられる打撃。絶叫はかき消され自分がされていることを身体で痛感するのみ。それも何度も何度も加えられる。
霧の住人
かつてアリスはそう呼ばれていた。音もなく背後に忍び寄り手に持つナイフで相手を切り刻む。直接的な戦闘は劣るが一度アリスの仕込みに取り込まれると一方的な理不尽を押し付けられることになる。彼女が第7蒸技師として地位した理由はこれにあった。
古森は認識すら出来ない圧倒的な力の前に古森はただひれ伏すことしか出来なかった。視覚や聴覚が塞がれた今、アリスに身を預けるしかない。
「いかがかしら? 古森美咲」
地を這うことしか出来ない古森は立ち上がることもままならない。足は自由が利かず、腕の感覚は既に消え失せている。
霧の先。アリスが近付いて来るのが目に捉えた。しかし、反撃しようにも身体は動かない。
「あら……、もうくたばってしまったのかしら?」
しゃがみ込み古森の顔を覗く。荒い呼吸に全身に痛みが走るのを堪える険しい表情。睨み付けまだ戦闘の意志がある事を示した。
「根っからの武闘派。嫌いじゃないわ。でも好きでもない。本当に惜しい。あなたの才能は認めざるを得ないもの。でも、私に逆らったのだから分かるでしょ?」
古森の顎に触れアリスは自分の顔を見せるように向ける。力ない古森はされるがままだ。
「くっ……。これまでか」
覚悟を決める。自分のすべきことをしたまで。この敗北は自分の力量でどうにかなる者ではなかったと悟った。
刃がゆっくりと喉元めがけて押し当てられる。首筋に流れる血。
「さようなら。古森美咲」
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