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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
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2.シスコン東雲葵とアラサー藤島雅

 国立蒸気機構オーゼル学園は日本に点在する蒸技師を育てる学校である。数多くの優秀な蒸技師や工房職人を輩出する名高い有名校だ。

 蒸技師やその関係者であればオーゼル学園出身と聞けばエリートであると認識するだろう。



 そんな権威ある学園の学長席に座るのは30代の可憐な女学長、藤島雅。蒸技師の最高階級である第6階級に座する現役の蒸技師である。



 今は教育に専念する立場であることから一日の過ごす時間は椅子に座っていることが多い。それに仕事以外にも苦労することはあった。



 雅はまだ若い。教員としてではなく学長として就任するには若いと言う事だ。

 だが、先の大戦で多くの優秀な蒸技師が消え去った。蒸気機構が抱える優秀な蒸技師であり人格にも優れている人物を選ばなくてはならない。



 そこで雅に白羽の矢が立った。後世のための教育と聞いて自分にできるのかと悩むのだがまた面白い人間に出会えるのではないかと思い快く承諾した。

 気苦労の多い雅だが今年に入学する生徒の名前を聞いて内心楽しみにしていることがある。



 本来であれば入学をしなくてもよい生徒。

 通常、オーゼル学園は入学試験と面接を受け、適する生徒を入学させる。その後、実力試験で蒸技師階級を認定される。



 蒸気機構の厳格な審査の元に行われる。そして蒸気機構が出した答えが無階級。頭を悩ませ苦渋の決断をした結果だろう。

 後にややこしい問題をぶら下げそうな葵の入学を押し切ったのは他ならない藤島雅だ。



「ふぅ、やることが多いな」



 雅は入学式前の最終打ち合わせを終え、しばらくは学長室で休もうと校内を歩いていた。



 オーゼル学園は別名動く城(学園に足が生えている訳ではない)と呼ばれている。配管から絶え間ない蒸気音と休むことなく動き続ける歯車の数々。仕掛け造りと呼ばれる構造だ。



 一見、不便にも思われる構造には理由がある。



 オーゼル学園が管理する設計図の保全のためだ。設計図にも階級分けがされ、一般に公開出来るもの、またはそうではない機密にしなくてはならないものも存在する。

 仕掛け造りはオーゼル学園の上階の設計図保管室に立ち入らせないためだ。



 もし、侵入を試みようなら一般教員でも解くことが出来ない複雑な回路を解かねばならない。



 とは言え、学長室は誰でも立ち入れる場所に無くてはならない。より、下層に位置している。しかし雅は学長室手前の十字階段と呼ばれる手前で止まる。何故か。それはもう一歩踏み出せば床がないからに他ならない。



 近くのレバーを引くとガタゴトと歯車が動き始める。そして動力源である蒸気が抜ける音。次第に音は小さくなることには階段が作られ渡れるようになった。

 そして学長室の扉の前に立つ。



「うん?」



 中に人の気配がする。侵入者か……。いや、違う。来客だ。

 雅が扉を開けるソファに座る男子生徒の姿があった。



「人を呼んでおいて待たせるとは相変わらずだ」

「そういうな。久しい仲じゃないか」

「全く、雅さんは変わらないな」

「葵に言われたくないな」



 雅は久しい仲と呼ぶ葵との再会を嬉しく思っている。バッジを付けない、蒸技師第1階級と同じ白いラインが入った制服を着る葵の姿をまじまじと眺めていた。



「すまないな。お前がその制服を着ることになってしまって。無階級だとバッジも作りようがなくてだな」



 そして椅子に座る。

 無階級は存在することはない。どんな落ちこぼれでも第1階級の制服とバッジを付ける。

 つまり結果だけを見ると葵はその資格を持ち合わせていないということになる。



「それは仕方ない。俺は入学できたことに感謝している。それ以上は望まないさ」

「やっぱり妹が心配か? 非常に優秀な生徒だから大丈夫だと思うが」

「当たり前だろ。誰の妹だと思ってんだよ」

「あぁ、そうだったな。君の妹だから問題はないか」



 笑いながら雅はそう言った。



「もちろん。そして近づく男は全て俺がぶっ飛ばす! 欲しければ俺を倒していけ、のつもりだ」

「おいおい、随分と過保護だな。それだと一生現れないかもしれんぞ」

「そりゃ大事な妹だからな。それよりも雅さんは自分の心配をした方がいいのじゃねぇか?」



 ニヤニヤとした皮肉交じりの悪意がある言葉を前に雅はガタンと立ち上がる。



「独身で悪いか! いい男がいないのだよ!」



 自分よりも一回りの年下に顔を若干だが顔を赤らめてムキになる。葵もまぁまぁと手を出して静止をする。



「そりゃ、第6階級を前にしたら恐れ多いだろ」

「くぅ……、私の人生の一番の失態はそこだったか……」



 年齢からもう手遅れだと半ば諦めかけている雅だがもしかしたら理解が現れるのかもしれないと僅かながらの希望を抱いて過ごすしかないだろう。



「まぁ、そんな話は後にゆっくりとでもしようか。お前を呼んだ件だがこれを読んでほしい」



 引き出しから便箋を取りだして葵の前の机へ投げた。



「なんだこれは?」

「言うなれば予告上だな」



 便箋には『機械の心臓(メカニカルハート)を貰い受ける』と書かれていた。



 蒸気機構が認定する最上級設計図、機械の心臓はオーゼル学園が保有する。そして機械の心臓は誰にも見せてはならないものとされている。

 蒸技師を目指す者は誰しもが自分の体に仕込みをする。つまり機械化をする。最終的に心臓までも仕込みを施した結果生まれたのが先の大戦。



 多くの蒸技師を失った悲劇を繰り返さないためにも機械の心臓を施してはならない決まりとなった。



「また大胆なことをやるのもいるなぁ」

「私もそう思うがちょろちょろとされているのも迷惑だ。と言う事で葵、調べておいてくれないか?」

「それ、学生の領分を越えているだろ」

「ふふっ、学生ね」



 何か意味深な笑みを浮かべる雅は続けて言う。



「まぁいいだろう。学生の領分で何か分かったら知らせてくれ」

「それならいいけど」

「あと、問題は起こさないでくれよ。面倒になるからな」

「俺は問題を起こさねぇよ」

「それはどうだろうか?」



 二人は目が合うととぼけた顔をし鼻で笑った。

 丁度その時に鈴が鳴った。



「やべぇ! 場所取りしないと!」



 葵が何かを思い出し突然立ち上がる。その姿を見る雅は何の場所取りか疑問に思い首を傾げていた。



「場所とは何だ?」

「カメラ席だよ。ほら、保護者用の!」

「葵……まさかと思うけどカメラ席に行くのではないだろうな?」

「行くに決まってんだろ。翠の晴れ姿だぞ。ここは写真を取らねばならない!」



 口調から義務化している行動らしい。まさか入学生が自分の席ではなくカメラ席に座っていることになるとは誰も思わないだろう。苦笑するしかない。



「それじゃあな! また何かあったら呼んでくれ!」



 バタンと勢いよく締めた扉の向こうから叫び声が聞こえる。恐らく移動した階段に気が付かないで落ちたのだろう。まぁ、葵の事だから平気かと雅は思うのであった。



「保護者か……。全く、面白い奴め」



 雅もそろそろ顔を出さねばと書類を整理するのであった。そういえば休憩はしていないなと気が付くのは廊下に出た後である。


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