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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
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25.執着、そして渇望

 古森美咲は葵の言葉を聞いて驚くことにはそうだがそのような素振りは見せなかった。それよりも何処か安堵していた。

 謎に包まれた生徒、東雲葵はやはり特別な人間だったのかと。そして例外の人物だと。



「妹さんは知っているのかしら?」

 気になるのは妹である翠は葵が今は亡き第7階級であったのかを知っていることだった。

「えぇ、知っています」

「なるほど。それで翠さんの相手をよくするのね」



 翠の実力は全て葵が教えていた。その訓練を見たことがある古森も葵が武芸に秀でていることは知っている。明らかに歳相応の実力ではないこともだ。

 だが、今となっては納得するしかない。



「ねぇ、葵さん」

「なんでしょうか?」

「あなたはどのようにしてその歳で第7階級に上ることができたのかしら?」



 天才と言われた自分ですら到達できるのか分からない領域に葵は到達した。それが疑問だった。

 葵は真剣に悩む古森に対して笑顔を見せて言った。



「俺はですね。ずっと道に迷っていたのですよ。迷って迷ってさ迷って。いつも一人でしたから。そして、行きついた先はある人との出会いでした」



 葵は過去を思い出していた。



「その人が言ったのですよ。居場所が欲しかったら自分で作れって。強くなれば、蒸技師として実力があれば誰かが求めてくれるって。だから俺は蒸技師を目指したのですよ」

「幼いうちからそのような事を考えていたのですね」



 葵は古森の言葉に首を振った。



「先輩。俺は先輩の歳から蒸技師を目指したのですよ」

「えっ? どのような意味かしら?」



 一瞬、葵が何を言っているのか理解できなかった古森は首を傾げる。だが、次の葵の言葉で理解した。



「俺は元第7蒸技師ですよ」

 返答はただそれだけ。



 それ以上でもそれ以下でもない。全ての答えはたった今、葵が発した言葉に詰まっていた。

 古森美咲はただの生徒ではない。葵が言う意味を理解していた。


 人ならざる者。正しくは元人間。蒸気の世界を愛し、身を全て仕込みに捧げる。不老を会得する数少ない存在。

 不老であるからして葵の姿はこれ以上成長することはない。いつまで、半永久的に同じ姿を保ち続ける。



「そう……。そうよね。私の知る事なんて学生で知ることが出来るもの。あなたの足元にも及ばないわ」

「先輩はお世辞抜きに本当にすごいです」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」



 例えそれがお世辞だったとしても頂に立った存在に褒められることは悪い気はしないだろう。もう自分がたどり着くことが出来ない領域。雲の上の存在だ。



「それでですね先輩。先輩はなぜそこまで強いのですか?」

 続けて、

「なぜ力に固着するのですか?」



 葵の目は鋭かった。心の奥を見透かされるような瞳。

 古森はその姿に気圧され言葉が詰まる。

 自分が蒸技師としての在り方に迷っている。葵はまるでそのような意味を訴えているようだと。



「私は天才少女、古森美咲。皆に期待されて模範的姿を求めているの」



 周りの期待に応えるべく今まで過ごしてきた古森は憧れの存在でなければならない。もし、そうでなければ自分のいる意味が分からないのだ。



「だから力が欲しいのですか?」

「欲しい。私は誰にも負けたくない。絶対的な力が欲しい」



 渇望。

 心の底からの叫びはいつしか口にする。古森も例外ではない。


 天才と言えど自分の限界はある程度予想が出来る。更なる高みを目指すには何か方法がないかと探し求める。たどり着いた先が機械の心臓だとしても、禁域という領域が無ければ飛びついていただろう。



「機械の心臓をご存知ですか?」



 胸に針が刺さるほど驚く。まさか自分の思っていることを的中させたからだ。自分とアリスの関係を知っているのではと疑いの念を持つ。



「え、えぇ、何となくですけど」

「それがどんな物か知っていますか?」

「力の……源」



 その言葉を聞いた葵はニコリとした。不気味だった。古森は葵の考えていること、思っていることが分からない。故に恐ろしさを感じてしまう。

 アリスから聞いたことは正しいはずだ。そう思って答えただけだ。



「なるほど。確かにそうですね。施せば常人よりも力が手に入ります。決して間違ってはいません」

「そう、ならよかったわ」



 全く良くない。葵の雰囲気はまさしくそのような感じであった。

 表では平然を取り繕っているのだろう。ただ、溢れる感情は滲み出ている。



「……違うのでしょ?」

「すみません」



 やはり隠し切れていなかったと言わんばかりだ。



「機械の心臓は確かに力の源。でも、それは副産物に過ぎません」

「なら何かしら?」

「古代の設計図の仕込みの調整。つまり仕込み同士の整合の為の仕込みなのです」



 葵とアリスの考えは違っていた。

 アリスは機械の心臓は力の源であると。古代の仕込みを共鳴、恐怖により人は狂うと言っていた。



「蒸技師は……なぜ狂うのかしら?」

 やはりその質問が来るかと頷く。



「執着だと思ってます。だから誰しもが起こることです。ですけど多くの人たちはとても弱い執着だから狂うことはありません。力がある者、仕込みを施す者、何より古代の仕込みがある蒸技師は例外なく対象です」



 葵が古森を気に掛ける理由。それは力への執着であるからだ。



「闇は蒸気に隠れて見えません。自分は絶対に狂うことがないと思っている人ほど起こります。現にこの目で見てきましたから」



 第7へと蒸技師の事を言っているのだろう。古森自身、自分は狂うことはないと思っているに違いない。しかし、葵から見れば危険な存在。狂いに一番近い人物だった。



「目の前を突き進んで、そして迷って、答えが分からない。最後は憑りつかれたようにさ迷います。先輩、今、まさにそうでしょう?」


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