24.東雲葵という生徒
「うぅー、次の授業が休みで良かった……」
オーゼル学園の授業は自主性を重んじるという校風から選択制の授業である。葵は翠が昼の授業がないと言う事でみっちりと絞られていた。万が一、授業があったのなら短かっただろうと自分を呪った。
校内は授業中であるから人通りが少ない。
翠はクラスの子との約束があると言い別れた。葵は殺風景な校内にいるのも居心地が悪く中庭で時間を潰したのちに工房に立ち寄ろうと考える。
途中、購買で飲み物を買い、ベンチに座って仕込みのアイデアでも練ろうと中庭に立ち寄る。
中庭は機械がうごめく校内と違い、自然が豊かな場所だ。
木々が立ち並び、木陰が揺らぐ。中央に煉瓦で舗装された一本道に左右には等間隔でベンチが佇む。中央に入れば四方をアーチで囲まれた噴水に差し掛かり昼時になると眺めの良いことからここで昼食をとる生徒もいる。
葵が丁度噴水の近くのベンチを目指して歩いていると先客がいるようだ。
「……先輩?」
そこにはぼぉーっと吹き出す水を眺める古森美咲の姿があった。
声を掛けようかと思うが古森の横顔は何か思いつめた様子だった。
一度立ち止まりしばらく様子を見ようか、それとも声を掛けるべきか。古森美咲という天才が何か悩むことがあるのだろうかと思考をめぐらす。
もし、誰かに話すことで楽になれるのなら自分がその役を受け持とうと決め、近づく。
「先輩、授業はないのですか?」
「……うん? あら、葵さん。えぇ、ないと言えばないです」
古森は葵と認識するのに時間がかかった。見上げた表情は凛としたものではなく弱弱しいものだった。
「それってもしかすると先輩はサボったってことですかね?」
「そうかもしれないわね。私、実習は自由参加なのよ」
作った笑み。思いを隠すために表面上の繕い。本来であれば自由参加はあり得ない。それは古森だけ許された特権。とても聞こえはいい。
自由という名の拒否。オーゼル学園が下したのではなく古森美咲本人が学園に直訴したのだ。
余りにも違う実力差を前に他の生徒から向けられる嫌悪の目に触れることに気が疲れたのであった。
「これまた先輩は特別ですね」
「そういう葵さんもそうだと思いますけどね」
「俺がですか? 俺は至って普通の生徒ですよ」
「本当にそうかしら? 無階級の蒸技師さん」
その言葉には毒があり葵も表に出さなくともその意図が分かっていた。
「やだな先輩。からかっているのですか?」
葵は笑い飛ばすように言う。淡々と呟く古森とは対極だった。
「もしかするとそうかもね……。座らないのかしら?」
古森はベンチの脇による。葵も遠慮なくと言い座った。
隣に座る葵に顔を合わせず、ただ、ぼぉーっと噴水を見つめる古森。葵は昔、同じような姿を見せる人物を知っていた。その人が最後にどうなったのかも……。
「ねぇ、あなたはなぜ職人を目指しているのかしら? ほら、前にやりたいことがあると言っていたけど……」
詮索をするとは古森が取る行動ではない。他人は他人とわきまえ、自分のみを考える彼女にとっては珍しいものだった。
「そうですね……。先輩は蒸技師の最後はどのようになるかご存知ですか?」
「最後? 正直分からないわ。人それぞれだもの」
古森の言う事も間違いではない。蒸技師第6階級を目指す者。新たな工房を立ち上げ、後世の蒸技師の育成をする者。他にも道は無数とあるだろう。
「はい。その通りですね。今の蒸技師ならそれが可能です。でも……」
と言いかけた時古森が口を開く。
「彼の者……」
「……よく分かりましたね。そうです。彼の者は今だ、現世をさ迷っています。自分の行く場を無くして、それでも自分の場所を探そうとして。そして訪れる狂いを恐れて。俺は仕込みを研究してそれを防ぎたいのですよ」
ただ、それだけではない。彼の者を含めアリスの存在が葵の頭の中にあった。アリスは彼の者に等しい存在。機械の心臓を保有している。
「あなたは年相応の考えを持っていないのね。正直に言えば彼の者の存在なんて本当なのかも分からない。葵さんは知っているのかしら?」
「……えぇ、知っています」
存在するという答えだ。
「それは確かに彼の者がいる……と言う事でいいのね」
「はい」
「あなたもそう言うのね」
古森はアリスから聞いた彼の者の存在。信じられないと思いながらも葵も同じような事を言う。
「葵さん。あなたの正体がいよいよ分からなくなったわ。最初から変だと思っていましたけど、もう、普通の生徒だと思えないの」
「それもそうですよ。だって、普通では無階級なんて存在しませんから!」
根本をたどればおかしいと気が付く。だが、無階級という特別な計らいでオーゼル学園に入学したこと事態が変なのだ。
「あなたは何者?」
古森は尋ねた。1つの確証が持てない答えが正しいかどうかを確認するために。
「俺は蒸技師になれない途方に暮れた者ですよ」
「なるほど……」
そう、アリスも言っていた。蒸技師になれないと。
葵も言った。蒸技師になれないと。
つまり導き出される答えは一つだった。
「葵さん……。もしかすると、あなたは頂きに立った者……」
葵はその言葉を聞いて目を瞑った。そしてコクリと一回頷いて古森に顔を向ける。
「先輩……。秘密にして頂けますか?」
隠す様子もなくにこやかな表情でそう言った。
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