23.口は災いの元
昼頃になると食堂には生徒が集まり始める。券売機には列が並びガヤガヤと騒がしいぐらいだ。
葵と麻里も昼食をとるために訪れるのだが授業の関係で混雑が緩やかになる頃合いやってきた。
二人は食堂の角に座り麻里は食堂の定食を食べる。だが、葵は違うようだ。
「葵? 開けないのですか?」
持参した弁当を机の上に置いたまま一向に開けようとしない葵を前にして疑問に思う麻里。葵の表情は非常に深刻でただ事ではないことは読み取れる。
「開けるのが怖い」
「またまた何を言っているんすか? 最愛の妹が作ってくれた弁当でしょう」
「だから何だよ」
はて、何のことやらと首をかしげる。
「でもさっさと食べないと時間がなくなるですよ。良かったら私が明けてもいいですか」
と葵の返答を待たずにしてひょいと弁当箱を寄せる。至って変わりのない弁当箱だ。中身は何だろうとワクワクしながら麻里はふたを開ける。
「……おう、これは熱々っすね」
「これを食べねばならんということか……」
まず一番に目に飛び込んでくるのはデカデカと米の上にハート模様。おかずはない。ハートで使う具材のみだ。
「愛されていますね」
「それについては否定しない。だが、世間を気にするとダメージがでかい」
とはいえ、腹に入れなくては勿体ない。それに昼を空腹で過ごすには少々厳しいものがある。
ため息をついた葵は箸を取り口に運んだ。
「翠嬢はよくお弁当を作ってくれるんすか? いつも定食を食べていた気がするんすけど」
「これは奴の気まぐれだ。まだ米を入れるだけだからマシだけど料理に関しては壊滅的だからな。俺のがよっぽどうまく作れる」
「ほえー、翠嬢にも苦手なものがあるんすね」
「確かに自慢の優秀な妹だ。けどな、奴は生活破綻者――」
「あれっ? 兄さん! ここにいたんだ!」
葵の肩は翠の手でがっちりと握られていた。とてもにこやかな笑顔をしてだ。
その急な出来事に葵は背筋に寒気が入り後ろを振り向くことができないでいた。
「み、翠嬢も一緒にどうですか? ほらっ、葵がデザートを奢ってくれるですよ」
(葵、ここは私に任せるです)
葵の表情を見て緊急事態だと察する麻里は目くばせをした。
「えっ? いいの兄さん! いやー、うれしいなぁ」
とてもわざとらしい……。麻里はそう思っただろう。翠はキャッキャッと喜んでいるように見えるのだが内心は何を考えているのか分からないのだ。
「お、おう。これで買ってこい」
直ぐにでもこの場から逃げ出したい葵は咄嗟に胸ポケットから財布を取りだしそのまま翠に手渡した。
「ありがとう兄さん!」
と言い残し手を振りながら去っていく。その間も兄である葵から視線を外さずニッコリとしたままだった。
「助かった! 本当にありがとう」
机に額を押し付ける葵。妹に翻弄される兄がどれほど惨めなものかを目の当たりにする麻里は気の毒だと思った。
「おっかないっすね。目の奥が笑っていなかったっす」
そして続けて
「で、何をしたんすか?」
恐らく葵がまた何かしたのだろうと踏んでいる。それは確かなのだが葵は言葉を濁すしかない。
「頼む……聞かないでくれ……」
複雑であり、言えない事情である故に葵は話すことが出来ない。麻里は興味を持つが深入りはしてこなかった。
「まぁいいっすよ。また翠嬢のご機嫌取りをするんすよ」
「あぁ、分かってる」
翠が機嫌を損ねるのは今回だけでなく頻繁にある事だ。葵もどうすればよいかは既に分かっているのでやりやすい。
「今からデザート食って話でも聞いてやれば機嫌を直してくれるさ。すげー単純な奴だからな」
「あ、うん。そうだと……いいっすね」
なぜか目を背ける麻里。
葵は麻里の反応を見て首を傾げた。が同時に何かを察したのだろう。後ろを振り向こうにも振り向けなかった。
「兄さんただいまっ! 何々? 私も混ぜてよ!」
笑顔から一寸とも変わらない翠の表情は不気味だった。そのまま葵の隣に座ると顔を近づける。
翠の前にはケーキが2つ並べられていた。それを見た麻里は思わず、
「そ、それはバカ高いケーキじゃないですか!」
「そうだよ! せっかく買うのだからいい物がいいでしょ」
「くっ、俺の財布は空っぽか……」
もう、残金は残っていないと諦めた葵だが更なる追い打ちを掛けられる。
「ねぇ、もう一回話してみてよ!」
「いや……俺の口からは……」
この状況をどう切り抜けるか。葵は自分だけでは無理だと判断し麻里に救援を要請する。麻里も葵の目に気が付き小さくコクリと頷く。
「翠嬢……。実はですね——」
職人同士、仲が良い葵の為にと咄嗟に思いついた嘘を口にしようとした瞬間に、
「麻里ちゃん、よかったら一つ食べる?」
「葵が翠嬢を単純な奴だと言っていました!」
「なにっ!」
「葵、すまないっす!」
突如の裏切り。
麻里は目を輝かせながら翠からケーキを受け取り幸せそうに食べている。決して葵の方を見ないようにしている。
「さて、兄さん。後でゆーっくりと話すことがあるのだけど時間あるかな?」
「は、はい。作らせていただきます」
ふふふっと葵をまじまじと見つめながらケーキを口に運ぶ。震える兄を隅々まで見渡して悦に浸る姿だった。
「さぁ、兄さん。食べ終わったから行こうか」
「葵、頑張るですよ」
「くそ、後で覚えてろよ!」
もぐもぐと口を動かしながら話す麻里。
今から説教を食らう葵の姿(首根っこを掴まれる)を見てエールを送るのであった。
「ほんと、仲がいいっすね」
周りの目にもくれずズルズルと何処かへと去っていく二人を温かい目で見守っていた。
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