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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
23/35

22.夜が遅い兄を妹は心配する。

 アリスと出会いそして別れてから数年。東雲葵は昔を思い出していた。

 あれは、そう、蒸技師第7階級が存在した時期。数年前の事だ。

 世界の秩序を守るべく、そして古代の設計図を求めて旅に出る蒸技師。設計図を解析し自らも仕込みを生み出す職人。又は、戦力として国が保有する人間兵器。

 どちらにしろ、蒸技師になることは社会的地位の確立、権力を手に入れる事になる。


 東雲葵はその最高位、蒸技師第7階級であった者。

 それは手のひらで数えるほどしかいない頂に到達した一人だ。

 アリスとの出会いはその頂だった。



「あなたはなぜ蒸技師になったの?」



 葵との初対面で第一声がそれだった。

 葵は答えた。



「いつの間にかになっていた……かな」

「ふーん、はっきりしないのね」

「そう言うお前はどうなんだ?」

「お前じゃない。アリスよ」



 不敵な笑みを浮かべ葵の唇に人差し指を当てる。



「アリスはどうなんだ?」

 再び葵は尋ねる。


「私はね。ただ成りたかっただけよ」

「それだけかよ」

「えぇ、だってそうだもの」



 この時から葵はアリスが良く分からない人間だと思った。しかし、いつも何処か遠くを見つめている神秘的な少女であると位置づけていた。

 葵とアリスは不思議と気が合った。というよりもアリスが葵によく近づいていた。

 第7階級はアリスの年齢よりも歳上が多く、歳が近そうな葵と仲を深めたかったかもしれない。



「なぜいつも俺に近寄るんだ?」



 葵はべったりとするアリスに不満を持つわけではない。でも、気になっていた。



「あなたと私は何か同じような匂いがするもの」

「同じ匂い?」

「そうよ。だってあなた、今までずっと一人だったでしょ?」

「……よく気が付いたな」

「だって私もそうだもの。だから分かる」



 アリスは続けて言った。



「私はね、孤児だったの。そしてとある場所に引き取られた……。さて、何をするかお分かりかしら?」



 葵は目を見開いた。まるで自分の心を見透かすような言葉だったからだ。



「仕込み……か」

「えぇ、そうね。人体実験とでもいえるわね。でも、今では感謝しているわ。私はこうして頂にいるのだもの」



 古代遺物の設計図は人体にどう作用するか不明だ。より、誰かで試してみない事には安全であるか分からないのだ。



「そして、葵。あなたもその口ね」

「まぁ、そうだな」

「ほんと、変な話よね。第7階級をなんだと思っているのかしら」



 アリスは蒸気機構に不満を抱いていた。

 第7階級の存在。最高位の存在として位置する者たち。実力も知識も仕込みも一流であることは変わりない。だが、仕込み自体は古代遺物のみ。言い方を悪くすれば人体実験をやっているのと変わりがない。



「そういえば第7階級に招集が掛かっているわ」

「それは聞いた。仕込みだろ?」

「機械の心臓と言うらしいわ」

「等々、最後の生身までなくなるか」



 葵は淡々と呟いた。特に未練はない。ただ、何となく呟いただけだ。



「あら、葵……、それは本当かしら」



 驚いた様子はないが気になる素振りを見せる。



「まぁな。だからここにいるのだけどな」

「一理あるわね。もう、されるがままに致しましょう」



 後に、第7蒸技師が発狂し、狂った。

 蒸気機構により隠蔽され、ねつ造した歴史が語り継がれている。

 今でこそ、本当の理由を知る者は東雲葵だけである。



「あっ、兄さんお帰り」



 玄関を開けると寝巻に着替えた翠が出迎えた。

 葵が脱いだジャケットを手に取るとハンガーを持ってきて壁に掛ける。



「ただいま、飯は食ったよな?」

「うん、食べたよ。私ね、料理をしたんだよ!」

「なん……だと?」



 確かに僅かながら焦げ臭さ立ち込める。葵は翠の上機嫌を損ねないように言った。



「美味かった?」

「うん! 自分で作ってもなんだけどとても美味しくできたよ」

「そうか……。それなら良かった」

「それでねっ! 兄さんに――」

「おっとっ! 後片付けをしていないようだな。よし、お兄ちゃんがやっておいてやろう!」



 翠が何かを言いかけた時急いで台所へ行き、洗い物をし始める葵。



「私がやっておくからいいよ。それよりも兄さんの分は明日のお弁当にしておくね!」

「……そうか妹よ。ありがとう……」



 葵はダラダラと冷汗が流れ始める。それと対象に翠は兄の為にお弁当を作ると鼻歌交じりで洗い物を手伝う。



(東雲葵……、これまでか……)



「ところで兄さん。帰りが遅かったけど何していたのかな?」



 急にだった。

 翠の目に光が失われ細めになり兄を見上げる。



「何も……なかったぞ」

「ふーーん。そうなんだ。何もなかったんだよね?」

「……あぁ」



 少しばかり口調が弱くなる葵。



「それじゃあね。これは何かな?」



 翠が出したのは小さな紙切れだった。



「なんだそれ?」



 特に覚えのない物だったが念のために中身を確認する。



『今日はありがとね。とても楽しかったわ。また一緒にご飯に行けるといいなぁ♡』

「兄さん。ジャケットに入っていたけどこれって女の人だよね?」



 鋭い眼差し。いつもの笑顔が似合う翠とは一転、得物を狩る狩人のようだ。

 葵は手が震えた。



(アリス! 何残してくれてんだ!)



「いやぁー。実は昔の知り合いに会ってだな……それで飯を……」



 翠の表情に気圧され徐々に小さくなる。



 翠は自分の寝室の前に立ち止まり葵に振り返って、

「明日のお弁当、楽しみにしておいてね」



 そう言い残してぴしゃりと扉を閉める。



「あぁ、死んだなこれ」



 葵は明日の事を考えると洗い物が進まなかった。


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