18.東雲葵vs古森美咲
「では行きますよ先輩!」
先に仕掛けたのは葵。
蹴り上げた地面からは砂埃を巻き上げ瞬く間に古森の懐に入り込む。
——速い。
微かに視認できる古森は考えるより前に防御体制をとる。
——いや、まずい!
気がついた時には遅かった。
葵の肘追の威力は受け身では相殺しきれない。避けるのが正解であった。
「さすが先輩! 今のを受けきるとは」
「いえいえ、でも、驚きました。これほどの力を持って職人とは……。いささか腹が立ちますね」
受けきるとは何か。確かに結果として相殺はした。だか、先ほど立っていた地よりも数メートルも後方に引きずられる形となったのだ。
「でも先輩。職人も戦闘能力を持つべきとの考えと聞きましたが」
にこりと微笑む葵。余裕があるということなのだろうか。古森にとってそれは油断ならないこと。
「やはりもう一度言うわ。葵さん。あなたは蒸技師になるべきよ」
どうしても葵の能力はこれだけではないと思った。まだ表面でしかない。それですら驚愕するに値するもの。職人にしておくには惜しい存在。
「先輩……、気持ちは嬉しいです。でも、俺は蒸技師にはなれないのですよ」
「どのような意味かしら?」
「階級ですよ。蒸技師は階級が物を言います」
葵は悲しそうに言った。
「俺は無階級。第1階級ですらない。この先、昇級が望めるとは思えないのですよ」
「あなた……。もしかして階級の意味を知っている?」
古森の言葉に葵は何も答えなかった。ただ、いつものようににこりと笑うだけだった。
「それに、俺は職人になってやりたい事がありますから」
「本当に残念。……本当に残念だわ。あなたのような才能を生かせないなんて」
「先輩。何度もありがとうございます。でも、勘違いして欲しくないのは俺は蒸技師になりたくないわけではありません」
続けて言った。
「俺はなれないのです。でも、先輩たちは蒸技師になれます。だから俺はみんなを支える職人となるのです」
「なれないって……。それはどういうこと?」
「それは言えません。すみません」
「そう……。ごめんなさい。こちらも質問ばかりで」
構いませんと葵は言う。とても申し訳なさそうにうつむいていた。
「では仕切り直しましょう。次は先輩からどうぞ。俺も礼儀として全力でやらせていただきます」
葵は呼吸を整えると左腕を軽く曲げ、手のひらを古森に向ける。右手は拳を作り構えた。
「とても嬉しいわ。私も気兼ねなくできそう」
滲み出る闘志、隙のない構え。明らかなる一般的な蒸技師すらを超える存在。
古森美咲は東雲葵が只者では者ではないと感じた。
自分の知らない機構の秘密を知り、あえて自身を学生の身へと置く。
天才は今まで見た学生の中でも極めて異質な男を目の前に全力でぶつかる事を決める。
「地は私の領域……。この脚がある限り負けない!」
――風圧。
限りなく人の範疇を越える速度。古森の仕込み『瞬身、遥かへの進脚』の本領を発揮する。全力と言うからには相応に相手をする。それが蒸技師としての最大限の敬意を表す。
だが……。
「な、なに……」
古森の手刀は手首を握られる。瞬間に足払いを掛けられ体勢を崩した。しかし、ここでやられる古森ではない。
素早く体勢を立て直し追撃を試みるが全て手のひらで受け流される。
「しまったっ!」
葵の左腕のより上段蹴りを受け止められた瞬間、右掌底を腹部へと喰らう。衝撃は内臓を抉り取られるかと錯覚するほど強く、軟弱であればその一撃で勝敗が決するほどの物であった。
宙に飛ぶ身体は鉛のように重たく感じる。しかし、ここで倒れるわけにはいかない。
今一度、地を踏み呼吸を整えた。
「今のは……さすがに危なかったわ」
古森の息は荒く、険しい表情。想像以上の動きを見せる葵を前に天才少女としての余裕はなくなっていた。
「俺は全力でやると言いましたから。それが古森先輩だとしても……」
「兄さん……」
一番複雑な表情をしていたのは観戦していた翠だった。次第に葵に向かって首をゆっくりと振り始めて何かを伝えようとしている。
葵は翠が伝えるメッセージには気が付いていた。
(あぁ……分かっているさ)
「先輩。俺は先輩の仕込みが見たいです」
「随分といい気になっているわね」
「これは勝負ですよ。全力なんですよ」
「……いいでしょう。では、見せてあげましょう。私の秘術を!」
そう言った古森の仕込み脚が圧縮した空気が抜ける音を立てる。次第に駆動音が鳴り響き蒸気が溢れ出す。
「私の駆ける先。それに何があろうと突き進む!」
――制限解除。
『獰猛なる狩りの神脚』
一撃必中の神速。この技があるが故の最強の古森。
握りしめた拳が葵の身体にぶつかろうとした時だ。
葵は微笑んでいた。古森の顔を見て、防御態勢を取らず、ただ、笑みを浮かべていた。
瞬間、葵は宙を吹っ飛び地面に叩きつけられる。
「兄さん!」
翠は慌てて葵のところへと走っていく。
「大丈夫、俺は平気だから」
むくりと起き上がる葵。
「本当に大丈夫……かしら?」
古森も何やら思いつめた様子で葵のところへと向かった。葵は直ぐに立ちあがり頭を下げる。
「先輩。ありがとうございました!」
「え、えぇ……、こちらこそ」
特に怪我や痛みを訴える様子もない。満面の笑みそのものであった。だからこそ、古森は複雑な心境に陥るのだった。
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