17.禁域の設計図
機械の心臓……。
その言葉が頭から離れない古森は日中、何処か上の空であった。
機械の心臓と言えば多くの蒸技師たちが命を落とすことになった過去の大戦の引き金となった設計図。古代の遺物の設計図の一つにして現在では禁域指定されている代物。
古森たちが分かっていることは機械の心臓は蒸技師にとって喉から手が出るほど求める力の源となる物。一度、心臓を施せば身体中の仕込みに作用し、膨大なる力を増幅できる。正に蒸技師の為の設計図だ。
一般的に禁域の設計図は蒸機構が機密にしているため何所に保管されているかの情報は公開されていない。より、古森は保管場所を知らないのだ。
だが、知ったところで設計図は蒸気機構が管理するもの。それに使用は禁止されている故に意味がない。それでも、古森はもしも、それが手に入るならと夢物語を描いたことは何度もある。いや、蒸技師の大方はそうなのだろう。
「うん? あれは……?」
授業を終えて工房に向かう途中に見かけたのは谷津工房区域の演習場の2つの影。
近づいてみると新入生組が実技訓練をしている最中であった。
「手を休めるな! 反撃をさせないように!」
「はいっ!」
古森はその光景に目を疑った。まさか、学年主席である翠が葵に手ほどきを受けているとは思わなかったからだ。
「なぜ葵さんが……」
姿を見る限り、葵は普段から翠に稽古を付けているのだろうか。翠は必死に葵の動きに合わせるように歯を食いしばっていた。明らかに達人の域を超えた俊敏な動作に古森は見とれていた。
立ち止まって食い入るように眺めていると
「古森先輩?」
「あ、あら、宮下さん。何かしら?」
クルクルとした髪の毛に低身長の麻里が古森の顔を覗き込んでいた。
「いやー、東雲兄妹が熱々なもので入りづらくてですね。古森先輩は何をされているんすか?」
「私もあの二人を……。あなたは確か葵さんと同じクラスだったわよね」
「えぇ、そうっすよ」
「葵さんって本当に職人志望なんですよね。なのにあの動きは職人ではないわ。あなたは何か知っているかしら?」
すると麻里は困った表情を浮かべて
「私もさっぱりですよ。見た目は馬鹿っぽいですけど蓋を開けてみれば違うっすね。授業中も寝てばかりですが内容は全て把握しているみたいっす。本当に天才を見ているようで……」
「…………」
「うん? どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもありません。でも、不思議だと思いまして。なぜ葵さんは無階級なのかしらと。階級の意味とは何でしょうか?」
珍しく蒸気機構の制度に疑問を持つ古森に対して麻里は
「私には分からないっす。でも、先輩も葵もみんな、蒸気機構から階級を付与されているんすよ。だから何か強さ以外の意味があると思うんですけどね」
如何にも頭に浮かんだ事を話した麻里だがある意味、真を付いているのではと言葉が耳に残った。そして、自分は蒸技師第4階級。全て、力関係だと思っていた古森は自分に何か足りていないのではと思うのだった。
(もしかしたらアリス……と名乗っていた少女なら分かるかもしれない)
何所となく不思議な雰囲気を出し、自らを蒸技師だったと過去の事を話すような素振りを見せたアリスなら何か知っているのではと淡い期待をした。
恐らくまた接触をしてくるに違いない。正体は分からないが近づいてくると言う事は目的があるはずだと。
「先輩も一緒にやりますか? 葵も喜ぶと思いますよ?」
「そうね……。体術は基礎ですものやりましょうか」
半分は前回、葵の実力を確かめていないことにあった。
「はぁ……はぁ……、兄さん、もう無理」
「おいおい、へばるのが早いな。……って古森先輩!? いつの間に」
「ごめんなさい。先ほどから見させてもらいましたよ。葵さんは武術の心得があるのですか?」
「はい。昔、ある人に仕込まれましてね。結構、自信があるんですよ」
特に隠す様子はない。腕っぷしを自慢しているのか拳を握って腕の筋肉を見せつけていた。
「兄さんは強いですよ。私もいつもやられてばかりで……」
「翠さんをですか? では、よかったら次は私とやって頂けるでしょうか?」
「も、もちろんです。こちらこそお願いします!」
頭を下げる葵に対し笑顔で受け答えた古森。双方は準備をする……。とはいえ2人に準備時間は要らなかった。
「では、葵さん何所からでもかかってきてください」
武術の心得がある古森は1年の葵に負けるはずがないと思っている。毎日、鍛錬を積み重ねている自分を仕留めるのに容易いわけがない。
「ねぇ、翠嬢。葵は勝つと思いますか?」
その言葉に困った表情をする翠。
「うーん。分からないな。兄さんは確かに強いけどどこまでやるかだよね……」
「うん? どういう意味ですか?」
意味深な言葉に疑問を浮かべる麻里だがその間に戦闘は始まった。
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