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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
16/35

15.不思議な少女

 ……日は落ちた。



 古森美咲は誰もいない谷津工房の鍵を閉め、その場を後にする。

 学園を出ると街道はガス灯の明かりで照らされ光には小さな虫がたかっていた。

 カツン、カツン……と、石畳を踏み歩く歩く音が煉瓦造りの塀に反響し、人影の見えない道に木霊するのであった。

 一人残り、自身に課した訓練を終え帰路の最中のことだった。



「ふふっ……、こんばんは」

「……うん?」



 古森は後ろから声を掛けられると振り向いた。



「あなたは?」

「私? そうね……、アリスとでも名乗っておくわ」



 アリスと名乗る少女は不敵な笑みをこぼしていた。鮮やかな長い銀髪に真っ黒のリボン、王朝の貴婦人が着飾るように赤いコルセットを巻き、短いヒラヒラした黒のスカートが風になびかれていた。



「私に何か用かしら?」



 意図が読めないアリス相手に古森は多少ながらも警戒心を抱いた。



「そんなに構えないで。私はただ、ここを散歩していただけよ」

「私の後を付けてかしら?」

「ふふっ、言いがかりよ。あなたを付ける理由はないわ。でも……貴方が私を付けるなら分からなくもないけど」

「なぜ私がそのような事をしなくてはいけないの」



 意味不明な事を発する少女に不気味さを覚える。アリスは至って笑みを浮かべたまま。何を考えているのかも検討が付かなかった。

 そして、ゆっくりと古森に近づく。何事かと警戒するもアリスが早かった。



「『機械の心臓(メカニカル・ハート)』と言えば分かるでしょ? 在り処を知っているの」



 古森の耳元で呟いた。



「なぜ……貴方がそれを……?」

「私も蒸技師だもの。あっ、でも、蒸技師だった……と言う方が正しいかしら」

「一体何者なの?」



 アリスの言葉を半信半疑ながらも興味を向ける。



「何者? そうね……、今は言えないわ。でも、蒸技師ならば誰でも知っているのではないかしら?」



 指を唇に当てて艶めかしい表情を作り出すアリスは再び古森の耳元で



「あなた、力が欲しいのでしょ? 誰にも負けない力が」

「……そんなことないわ」

「嘘よ。そんな分かりやすい顔だもの。私、見た事あるのよ。あなたの様な人をね。誰かに認めてほしくて誰かに褒めてほしくて誰かに頼られたくて……。自分の存在を肯定してほしくて《《天才》》なんか気取っているのでしょ?」

「黙れっ!!」



 勢いよくサーベルを引き抜き峰内上等の覚悟でアリスに切りかかった。……しかし、アリスは切られてもなお平気な顔。いや、煙となり消えてしまった。



「ひどいわよ。いきなり襲うなんて」

 アリスは古森の背から抱きついた。

「何で……、後ろに……」

「あなたが遅いのよ。それもすっごく遅い。速さが自慢ではないの? ……にしてもいい体をしているわね」



 アリスは古森の体を隅々まで探るかのようにまさぐり始める。



「くっ……いやっ!」

「あら、意外に可愛い声を出すじゃない。いいわ、とってもいいわね」

「離し……なさい」

「ふふっ……、仕方ないわね。今日だけよ」



 アリスは言われたとおりに手を離した。古森は素早く振り向いて警戒態勢を取る。



「もう夜も遅い事だし私も帰るわ。夜更かしはお肌の毒よ。あなたもそんなに怖い顔をしていたらしわが増えてしまうわ」

「余計なお世話よ! それより、目的を言いなさい!」



 サーベルを構え、次こそは仕留めると鋭い眼光を向ける。



「あなたに会いに来た。ただ、それだけよ。それではまた会いましょう」



 たちまち霧が立ち込める。とても深く、手が届く範囲でさえも僅かにしか見えない。



「待ちなさいっ!」



 古森の言葉は虚しく、アリスと共に霧の中へと消えてしまった。

 その後はさも、霧はなかったかのように晴れ再びガス灯に照らされる街道に代わる。

 一体、アリスと言う少女は何者だ。そのことが頭に離れなかった。それよりも古森が思うことは

(機械の心臓……)

 正に禁忌と呼ばれる設計図の名がアリスの口から聞くことになるとは思わなかったのだろう。高鳴る心臓が全身を響かせていた。



「――であるからして蒸気世界は獣の発生により……」



 黒板にチョークを走らせる教員、そして講義を真剣に受ける生徒をよそに居眠りをする学生が一人いた。



「葵、葵氏。起きてくださいですよ。そろそろ先生の堪忍袋が爆発するです!」



 小声でそう言うのは同じクラスになった軽くパーマが掛かったクルクルとした髪の毛が特徴の宮下麻里だった。



「うーん、もうちょっと」

「ちょっとじゃないです! もう。30分は経っていますから! ほら、先生がこっち向いているっす!」



 もう目を付けられることが避けられないと悟った麻里は葵の隣に座るのではなかったと後悔をした。いや、仕込み職人として学業を共にする仲間だ。せめて一緒に頭ぐらい下げてやろうと考えた。



「葵……。もう、ダメっす。先生の眉間のしわがとんでもないことに……。南無南無」



 柄の間、教員の怒鳴り声が教室に響いた。



「東雲葵! 起きんかっ!」

「は、はいっ!」



 その言葉に起立をして背筋を伸ばした葵。どうやら状況を理解したようで冷汗を垂らす。周りはその姿にクスクスと笑っていた。



「俺が今説明した内容は分かるよな?」

「はい! もちろんです!」

「はぁ? 葵。あんた今まで寝ていたっすよね?」



 小声で隣からヤジを飛ばす麻里は驚いていた。



「では、説明してみろ」

「はい……。えーっと、獣の発生により多くの蒸技師が失われた中に『彼の者』の手によって獣は一掃されました。しかし、いずれ蒸気世界は『彼の者』が獣になるのを恐れていいます。『彼の者(かのもの)』の再来の前に優秀な蒸技師を輩出せねばならない……、で合っているでしょうか?」



 一瞬、教室の空気は静まり帰った。しかし、葵の回答に次第に拍手が沸き起こった。



「……正解だ。座ってよし」

「ふぅー、助かった」

「葵! すごいっすね。知っていたんですか?」

「ま、まぁな。俺だって勉強ぐらいするさ」



 胸を張る葵に麻里は小さく拍手を送っていた。



「しかし『彼の者』とは一体何でしょうね? 葵氏はどう思いますか?」

「そうだなぁ。俺にはよくわからねぇ。ともかくそいつは俺たちの敵であることは変わりないのだろうな」

「ふーん。なるほど、そんな感じなんすかね」



 麻里にはいまいち実感が掴めないのか曖昧な返事しかできなかった。

 それは麻里だけでなく講義を受けている大半の生徒は同じような心境だろう。だが、ただ一人の生徒だけは『彼の者』について真剣に考えていた。


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