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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
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14.古森は気恥ずかしい

「入学して間もないのにすごいわね」



 谷津工房に戻った一同。葵に担がれて椅子に座らされた古森は作業台で黙々と修理に取り掛かる姿を見て言葉がこぼれた。



「いやいや、これぐらいは何とか。いつも翠の仕込みを調整していますから」

「そうだったわね。それも、普通ではないと思うのだけども……」



 学生の内から、それも、オーゼル学園に入学する前から仕込みを作成、調整をする人間は聞いたこともなければ見たこともない。それを含ませたものだ。



「いやー、ちょいとばかしお家の事情がありまして……。あ、そろそろ終わりますよ」



 作業用レンズをグイッと上げて古森から取り外し、脚を裸眼で確認をする。



「兄さんこれでも手先は器用なんですよ」

 椅子に座りまじまじと作業を見つめる古森の隣にひょっこりと翠がやってくる。



「古森先輩は義足を付けないのですか?」

「えぇ、いつも仕込みを付けているもの。何だか普通の足だと恥ずかしくて……」



 蒸気世界では身体に仕込む者にとって義足は付き物だ。それは古森の様に足に仕込みをしている者であるならば普段は生身の素足にしか見えない精巧な義足を付けるのが一般的だ。


 だが、古森はそれを嫌がる。年頃の女子生徒ならば見た目を気にし、常に可愛らしい姿でいたいと思うはずだ。しかし、いつ何時、蒸技師は戦力を保有していなければならないと考える彼女にとっては無用なものだった。

 それ以上に、普段から凛とした振舞をする古森にとっては恥ずかしいという気持ちが勝るのだろう。



「先輩! 修理が終わりましたよ」

「ありがとう。葵さんは妹さんに負けずに優秀なのね」

「いやー、それほどでもないですよ」



 とは言うものの、嬉しさを隠さずにいながらも最後の調整を終えた仕込み脚を持っていく。



「ところで先輩。この仕込みの登録名は何ですか?」



 各仕込みは完成した都度に蒸気機構に報告する義務がある。どれが傑作だろうが駄作だろうが例外はない。



「何所までも遠く、誰よりも速く駆けたいというところから、『瞬身、遥かへの進脚プリメーラ・ピエルナス』」

「素敵な名前ですね」

「えぇ、私の共に歩む相棒ですもの」



 自慢の仕込みを褒められて気を悪くはしない。むしろ笑みがこぼれる古森だった。



「それでは失礼しますよ」

 葵は脚の片方を持ち上げて古森の結合部分(太もも)に持っていく。



「くっ……うぅ……。やはり慣れないものね」

 ガチャンと連結音を鳴らした。



「俺は体験したことないですけど、どのような感じなのですか?」

「そうね……。言葉では言い表しにくいのだけどくすぐったい感じかしら」

「あー、この工房で分かるのは美咲だけだからね」



 谷津の言う通り、この工房で仕込みらしい仕込みを体に施しているのは古森しかいない。つまり、彼女の共感者は誰もいないのだ。



 ガチャン。

「うぅ……。葵さん! やる時は言ってくださいよ」

「すみません。何か先輩の反応が面白くて」

「私をからかっていますね!」



 少しばかり悪戯心を持った葵に恥ずかしさを隠しながらも気を悪くしない古森だ。



「さて、それよりも先輩。調子はどうですか?」

「……えっ?」



 立ち上がった古森が試しに歩いてみた感想だった。



「葵さん。何かしましたか?」

「えーっと、緩んでいた部品を締め直して。後は油を塗って、中のピストンを少しいじりましたけどやっぱりだめでしたか?」

「違うわ。前よりも随分と軽くなっています。」

「調整しているって言っていましたけどそれはご自分で?」

「そうよ。自分で使うものですから」



 葵はにっこりと笑った。



「な、何かおかしいですか?」

「ち、違います。先輩は仕込みを大切にされているなぁと思いまして」

「どういった意味かしら」


「確かに職人じゃなくても手入れは出来ます。でも本当に細かいところまでは知識がないと出来ないのですよ。でも。先輩はご自身で出来るところは本当に綺麗にされていました。仕込みの状態を見るって、その人の性格まで分かるものなのですよ。繊細で丁寧で、それに分からない事にはとても素直でした」



 その言葉を聞いてかあぁぁぁっと顔を赤くした古森。



「な、なな、何か悪いかしら。私は蒸技師ですもの。職人ではありません!!」

「こらこら兄さん! 先輩が困っているじゃない!」



 古森に助け船を出したのは翠だった。



「古森先輩。兄さんに仕込みを見せるとこうなりますよ。だから私は最初から兄さんにやってもらうのですけどね」

「くっ……。あなたも悪い人ね。教えてくださっても良いじゃない」



 すると翠は舌を出して、

「ごめんなさい。でも、先輩の可愛らしい姿が見られて満足です」

「もうっ! 兄妹そろって! うぅ……、私は先輩なのに……」 

「まぁまぁ、美咲。修理してもらってよかったじゃない」



 なんだが調子が狂うと言わんばかりの古森を谷津が慰める形となった。

 時計は夕刻を過ぎ、空は次第に暗くなる時間となる。


「今日は解散にしようか。もう、遅くなってきたからね」



 特に時間制限を掛けていない谷津工房だが、1年生は先に帰りづらいだろうと谷津が気を利かせる。



「そうね。もう、遅い事だし。今日は付き合わせて悪いわね」

「いえ、こちらこそありがとうございます」



 東雲兄妹は古森に礼を言った。

 そして工房を出ようとした頃に



「葵さん」

「はい、なんでしょう?」

「えーっと、修理をしてくださってありがとう。また……お願いしてもいいかしら?」



 恥ずかしいのか目線をずらした古森を見て葵は



「もちろんです。先輩が仰るならこの東雲葵はいつでも力になりますよ」

「それは頼もしいわ。それでは、また明日に会いましょう」

「えぇ、それではお先に失礼します」



 二人は工房の扉を閉めた。

 古森は椅子に座り一息を付いた。



「ねっ、いい子たちでしょ」

 谷津が隣にやってきて工房の扉を見つめていた。



「えぇ、本当に。私もあの子たちの空気に乗せられてしまったわ」

「でも、楽しそうだったよ。本当に」



 普段の古森からは想像も出来ないほど活気に溢れていた。そう、谷津は言いたかったのだろう。



「これからもそうなるといいわ。頑張るのよ。工房長」

「あー、ほどほどに頑張るよ」



 美咲は立ち上がり帰り支度をする。その間に思いついたことは



(そういえば葵さんの実力は結局分からなかったわ)



 また、何処かで時間を作って手合わせを願おうと思った。それが何だか心底楽しみである事を表すように表情はにこやかな物であった。


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