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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
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10.到着、谷津工房

 国内で優秀な蒸技師を輩出するオーゼル学園の敷地は広大である。しかし、正門から見たところで校舎が聳え立っているように見えるだけだろう。そこらは校舎区と呼ばれ学生たちは一日の大半を過ごす場所だ。



 座学はもちろん蒸技師たる技術を身につけるための実技訓練、工房職人の為の作業場も用意されている。その場でも十分、学校としては大きいのだがオーゼルの敷地としては一部分だ。



 オーゼル学園を埋め尽くしているのは学生に割り当てられた工房だ。工房区と呼ばれ大小様々な規模の学生工房が立ち並んでいる。

 将来、工房に所属する蒸技師が多いため学生の内から工房としての仕事に慣れさせるために設立された学生工房。学生ではあるが蒸技師としては変わらない。依頼を受け報酬を受けとっていく。



 とはいえ、学生の内に危険な仕事に就かせるわけにもいかない。学生工房に依頼される仕事は全てオーゼル学園を仲介する。よって、危険な仕事は余程ない。もちろん、優秀な工房にはそれなりの難易度の仕事が舞い込むことはあるが極わずかだ。



 さて、藤島雅と別れた葵らは谷津工房に向かうために移動をする。



 学生区から工房区へ移動するには距離があった。歩いていくことも出来るがそのような苦労をする生徒はいないだろう。

 なぜならば学内には学生が使えるようにと二輪、四輪駆動車が備わっているからだ。蒸技師たる者、機械の扱いに長けていなければならない。1年次では運転できる者が少ないのだが授業として組み込まれているので夏ごろには誰しもが運転出来ることだろう。



「いやー、まさか東雲兄妹が入ってくれるとは思わなかったよ。本当にありがとう!」



 そう言うのは運転席に座る谷津であった。しかし葵には聞こえていない。何か言っているのは分かるが言葉を聞き取れなかったのだ。



 風よけが前部席にしか取り付けられていない幌型ほろがた(オープン)自動車。スマートな車体ではなく荒れ地での使用を想定された4人乗りの蒸気車両だ。

 つまり車両の走る速さで風切り音が発生しているため全く聞こえないのだ。谷津が話していると判断したのは若干、後ろに向いていたからである。



「……おい、なんて先輩は言っている?」

「えっとね、私たちが入ってくれて嬉しいだってさ」



 しかし翠にはその言葉が聞き取れている。要するに翠は非常に耳が良いと言う事だ。



「先輩! こちらも拾ってくれて嬉しいです!!」

 葵は前席の谷津に聞こえるように答えた。



 この後も工房に着くまでの間は翠を仲介して会話を続けることになる。



 その間の景色はまさに工房街と呼んでも差し支えないほどの光景だった。あらゆる場所で物音が立ち、あるところでは仕込みの実験を行ったり、模擬戦を行ったりと生徒らが各々活動する。



 しばらく……、いや、随分と校舎区から離れた場所。それも工房区の端っこに位置する場所に着く。

 慣れた動きで車両をガレージに収めた谷津はサイドブレーキを掛けると扉も開けずに乗り越える。



「ようこそ谷津工房へ。さぁ、降りて降りて」

 そう言われ二人は谷津と同様に乗り越えて降りる。



 ガレージから出た隣が谷津工房……、なのだが随分と小さい建物だった。それに老朽化が進み至る所に年季の入った色合いや錆がこびりついている。

 形としては小さな町工場のよう。不人気からか支援金は降りていないことが見た目からにじみ出ていた。



「ごめんね。ボロボロで。まずは中に入って」

「いや、でかい所も良いですけどこういった小さい所も嫌いじゃないですよ」

「そう言ってくれると嬉しいよ。大体の人が見学に来てもこれを見て帰っちゃうんだよね。綺麗にしたくてもお金がないんだ」



 工房は用意するがその後の運営は学生がしなくてはならないのがオーゼルの方針だ。谷津工房はあまり稼ぎがないのだろう。外装に手を加える資金が残されていないのだ。



「大丈夫! 最低限の設備は揃っているから工房職人としての仕事は出来ると思うよ」

 と言いながら工房の扉の鍵を開ける。



「失礼しま~す」

 葵と翠は揃って同じ言葉を呟いて中へと入った。



 中は薄暗く埃っぽい。それにコンクリートで固められた床から冷気を感じる。明かりがなくとも分かる道具の数々が壁際の机の上に並べられていた。

 パチッと明かりがついた。暗くて影のみが確認できた中央には大きな作業台が置かれていた。谷津はその作業台に触れる。



「この机は使えそうかな。小さかったら新しいのを調達するけど」

「いや、十分ですよ。それに道具も揃っているようですし」

「うん、僕が工房を引き継ぐ前の代の先輩が置いていったんだよ。自由に使っていいからね」



 そして奥から木製の年季の入った椅子を持ってくる。ともかく座れということらしいので二人は礼を言って座った。



「まず、正式に工房に所属するためには仮登録をしないといけないんだよ。後で書類を渡すね」

「いや、翠はともかく俺は個々しかないから本登録でもいいですけど」

「兄さん、私は他の工房にはいかないよ。兄さんと一緒のところがいい」

「うーん、とはいってもまずは仮登録が先なんだよ。5月に入れば自動で正式になるからあんまり変わらないのだけどね。まぁ、これは工房に悩んでいる人向けの処置だね」



 腕組をして唸る谷津だがどこか役者っぽい。本当に唸っているのではなくそう見せているのだろう。特に意味もないがこれは谷津の特徴だ。



「あぁ、そうだ。他の工房に行かないのならここの工房の決まり事を教えるね」


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