第07話『模擬魔術戦 -Magia Battle-』
時は放課後。七限に渡る授業を乗り越え、今日も無事に学校が終わる。
――だが、今日に限っては、これで終わりではない。
教室を出る。『マナリング』は既に嵌めてある。途中、奇異と好奇心からの視線が僕を射貫く。それら全てを無視しながら、魔導館の方へ歩みを進める。そうして、数分もしないうちに第一魔導館に辿り着く。
軋む音を上げながら、重い扉を開ける。視界に入るのは、開けた空間。百人以上はゆうに収容可能だろう。
静謐に包まれた空間。窓から斜陽が差し込むその場所に。
「――よう、遅ェじゃねえか。ミルファク」
ロート・ニヴェウスが、立っていた。
その後ろには、オルフェ先生もいる。
「……やぁ、待たせたね。ロート」
告げる声は至って平静。けれど、その裏ではひどく緊張している。
逸る鼓動。乾く舌。血液が身体中の血管を巡り廻っている。
「――、」
その一切を飲み干すように、ひとつ、深呼吸する。
もともと、僕はこういう場面だと絶対緊張するタイプの人間だ。こればかりは、いつまで経っても慣れない。
ここで、ロートの後ろにいたオルフェ先生が前へ歩み出る。
「あー。いまから、シオン・ミルファクとロート・ニヴェウスの模擬魔術戦を執り行う。立会人は俺、オルフェ・ウルフェンが務めさせてもらう。双方、所定の位置につけ」
オルフェ先生の言葉に、僕とロートはそれぞれ移動する。
魔術戦は、最初はお互い向かい合った位置から始めなければならない。戦闘と違って、魔術戦はあくまで競技のようなものなのだから、それも模擬とあればなおさらだ。
「それでは、試合の詳細を再確認する。今回は模擬魔術戦ということで、ルールは学院が定めた制約を適用する」
本来の魔術戦に、ルールというルールはない。ただ、どちらかが倒れるまでお互い魔術を用いて戦い続ける。これがルールだ。だが、それでは魔術学院に通う魔術師に経験を積ませることができない、といって設けられたのが、この模擬魔術戦だ。
模擬魔術戦は、学校側が定めた制約をルールとして適用する。もちろんそれは、学校ごとによって違う。ライナリア魔術学院では、高等魔術の使用禁止、相手に戦闘続行の意志がない場合、あるいは戦闘不能の状態である場合、攻撃を続けてはならない、といった感じだ。
「勝敗のジャッジは俺がつける。だが、俺が戦闘不能と判断しても、お前らが戦闘続行の意志があれば、俺はそれを尊重する。ただし、あまりにも戦闘が不可能な状態であると俺が判断したら、そこで試合終了だ。いいか?」
「わかりました」
「はい」
「ああそれと。保護術式を展開してるから大丈夫だが、だからといってドンパチやりすぎるなよ?」
模擬魔術戦は、対魔力の特別な術式結界が張られる。これによって、生徒は怪我をすることはないし、たとえ何かあっても、上級以上の治癒魔術を使える講師が立会人となっているので、全力を出して戦うことができる。
ルールの再確認に、僕とロートは頷く。それを確認するやいなや、先生は審判の位置へ移動する。
「準備はいいか」
静かに、先生は僕らに声を放つ。
眼前には、親友だった少年。様々な感情が胸を過っては消える。
――今はただ、目前の戦いにだけ集中しろ。
己の精神を統一させる。目指すべき場所は勝利のみ。それ以外は要らない。
「これより、模擬魔術戦を始める。……双方、礼」
その声に従い、お互い礼をする。ほぼ同タイミングで顔を上げると、僕たちは同時に構えた。
シン、と魔導館が静まり返る。痛いくらいの静寂。開始の合図が告げられるのを、今かいまかと待つ。顔を上げれば、ロートは小さく口元を動かしているのが見える。
――一か八かの賭けだ。勝負に出る。
「―――――始めッ!」
「【炎槍】―――ッ!」
「【氷槍】―――ッ!」
かくして 戦いの火蓋は、切って落とされた。
* * *
開始の合図と同時、僕は既に詠唱を完了させていた魔術――【炎槍】を発動する。ロートも同じように魔術……【氷槍】を撃っていた。
疾走する炎の槍。空中を貫く氷槍。引かれ合うように近付く二つの槍は、そのまま衝突し――【氷槍】だけが、融け消える。
蒸発。水蒸気が立ちこめ、視界が悪くなる。
大きく後退し、距離を取る。そして、次の手を考える。
(初手が氷属性の初級魔術――か)
魔術戦において定石とされているのが、後の先を取ることだ。
それは何故か。
全ての魔術は絶対的に、九属性――すなわち、火水風土・雷木氷光闇のどれかに分類される。そして、この九属性間には"相性"が存在する。
火が水で消えるように。風が土を乾かすように。
――炎が、氷を融かすように。相反する属性は、互いを殺す。
ならば、先に出された魔術に相反する魔術を撃てばいいのは当然の帰結であり、自明の理。ゆえに、魔術戦では後の先を取ることが定石だとされている。
だがそれは、通常の場合。先ほどに限って言えば、相手がロートだったから、僕は先んじて、氷属性魔術に対する火属性魔術を撃つことができていた。
(ロートが最も得意としている魔術は氷属性だ。だから、僕はさっきの手を読むことが出来た)
そう。僕とロートは学院に入学してから約一年の月日を共に過ごした。だから、彼の手の内はほぼ識っている。だがそれは、裏を返せば、あいつも僕の手の内を識っているということ。
その上で、ロートは初手に氷属性魔術を撃ってきた。
つまり、今のロートの行動が意味することは――。
(――その上でも勝つ自信があるってことか)
それだけの実力をロートが持っていることを、僕は識っている。
「――――、」
思考する。次の一手をどうするか、相手がどう動くか――数秒後の未来を想定し、行動する。
魔術戦とは基本的に手の読み合いだ。相手の手を読み魔術を撃つ。出された魔術に対して後の先を取る。そうした攻防の果てに、勝者がただ一人残る。それは、あらゆる戦に共通する厳然とした事実だ。
勝者と敗者。光と影。二分された対極存在。その片方を掴むために――何より、アンジェのことを撤回させるために、僕は負けるわけにはいかない。
「どうしたッ、もう終わりか!? だったら――こっちから行くぞッ!」
ロートが動く。意識を集中させ、次に来る手を出来るだけ予測する。
が――。
「――――【潰壊する石柱】ッ!」
刹那の内に、空中に顕現する柱状の岩。それは、重力の法則に従い僕の頭上へ落下してくる。
(《速攻詠唱》――!)
速効性だけを突き詰めた詠唱法。それは、その性能を充分に発揮し、魔術を顕現させる。
「っ――」
考えている暇は無い。保護術式が展開されているため、死ぬことなどは一切有り得ないが、それでも当たれば怪我は確実だ。それに何より、迫り来る石柱を破壊しなければ、僕は負ける。
魔術記憶領域から、この場を対処するに相応しい魔術を検索する。引き出すのは粉砕する魔術。
その詠唱を――謳う。
「空気と交わりて、其の身を壊せ――【爆発】ッッ!!」
詠唱完了と同時、炎球が出現する。石柱近くに出現した炎球は膨張し、轟音と爆炎をもたらす。
火属性中級魔術【爆発】。魔術起動後、数秒の間に魔術を発動させる座標を決定し、魔術が発動した瞬時に、まわりに小規模の爆発が起きる魔術だ。
「【爆発】――か。石柱を破壊するには確かに有効な手だ。……いいね。これくらい、おまえならやってくれるって信じてたぜ」
「……そりゃどうも。そういうロートも、さっきの《速攻詠唱》……やっぱり、おまえはすごいな。もう自分のモノにしてる」
「すごくなんかねェよ。そもそも、この模擬魔術戦はあくまで授業の一環だ。なら、授業で習った技術を使うのは当然だろ」
建前だと思っていたそれは、ロートにとっては建前ではなく。
「……そうだったね。すっかり忘れてたよ」
彼が、一切手を抜くつもりは無いと判ったから。
紛い物であろうと――気を抜くことは許されない。
「お喋りはここまでだ。――行くぞ」
「――ッ!?」
会話を断ち切るように、ロートがそう告げた瞬間、幾本もの氷柱――すなわち、【氷槍】が空から降り、地面へ突き刺さる。
それを避けるべく、瞬時に後退する。ハラリ、と。前髪が切れたのだろう。少量の髪が宙を舞っていた。
「ちっ。やっぱあの人みたいに上手くいかねぇな。もうちょい魔力操作を細かくするべきか」
これくらい造作もない、と言わんばかりにロートは僕の頭上に降らせた【氷槍】について反省を述べている。だが、声こそ聞こえているものの、その内容は僕の耳に入ってこなかった。なぜなら――
(詠唱が、速すぎる――!?)
魔術とは絶対的に『詠唱』という過程を要する。ゆえに、どんな魔術であっても発動まで数秒を要する。
だが、今のロートは一体いつ詠唱したのか判らないくらい、速すぎた。
戦いが始まって以降、僕はロートから眼を離していない。その間、詠唱した素振りなど初手以外無かった筈だ。
いくら速さに特化した《速攻詠唱》と言えど、この詠唱方法はあくまで詠唱を極限まで省略するものであって、決して無詠唱で魔術を発動することではない。
(とにかく、体勢を立て直さなきゃ――!)
二、三歩大きくバックステップして、ロートから距離を取る。おそらくロートは、ロングレンジの魔術も使えるはずだ。だが、距離を取っている分対処もしやすい。
――こちらから一手打たなきゃ不味いか。
後手に回るのは定石としては間違いではない。しかし、先ほどの異様な速さの詠唱の原理が判らない以上、下手に行動できない。
あの詠唱は、後の先を取るという定石を覆しかねないほどの速さを持っている。
後手に回ってばかりでは、勝機は見えてこない。ゆえに、先制の一手がここでは必要になってくる。
相手が油断した、一瞬の隙を突く――そのために採るべき選択はただ一つ。
《速攻詠唱》――ロートと同じように、詠唱を謳う。
「――【力渦巻く風の奔流】ッッ!!」
瞬間、猛烈な突風が吹き荒れ、ロートに襲いかかる。そしてロートは、体勢が崩れないよう腰を落とし、風の奔流に耐えている。
「轟け、穿て・其の一条は雷神が槍の如し・其の咆哮は雷神の怒り――【地を突き穿つ雷槍】!」
その隙に、次の魔術を放つべく、間髪入れず詠唱を開始し、魔術を顕現させる。
形成される雷の槍。それを、刹那の内に投擲する。
雷属性中級魔術【地を突き穿つ雷槍】。【雷槍】――その効果は名の如く、雷の槍――という攻性魔術の上位互換であり、その威力は中級魔術というカテゴリでありながらも、上級魔術のそれに勝るとも劣らないモノを持っている。
疾走直進する雷の槍。このまま行けば、確実にロートへ直撃するだろう。
ここまでの攻撃が完了するまで僅か一分半。速さとしては充分以上で、流石のロートも対応できるはずが――
(――いや、その思い込みは、違う)
たとえ、通ることを確信した攻撃であっても、
「聳え立つは不動の壁―――」
それを対処しきって見せるのが、僕の眼前に立つ魔術師であり、
そして、それを、シオン・ミルファクは誰よりも理解しているから、その思い込みは違うと断言できる。
「【不動土壁】ッ!」
刹那、地面を貫くように、壁が出現する。雷槍の進行方向に出現したそれは、雷槍の進撃を阻む。
響く破砕音。土壁へと直撃した雷槍は跡形も無く消え去り、土壁も同様に崩れ去る。
土煙が立ちこめる。ゆらり、と。煙の中から、ロートが現れる。
「はっ――やるじゃねえか。そうじゃねぇと張り合いがない」
「……随分と、余裕だね」
「そうでもないさ。事実、さっきのは結構ビビったぜ」
そう、ロートは告げているものの、その姿からは焦りは見られない。単に動揺を隠すのが上手いのか。あるいは本当は焦りなど感じていないのか――考えても仕方の無いことだけれど、考えてしまう。
余裕がないのは、僕の方だ。
「――、っ」
小さく、息を吐く。深呼吸し、呼吸を整えながら、僕はある事実を再認識した。
――――ロート・ニヴェウスは、紛れもない天才であることを。
一つひとつの魔術の完成度。異様なまでに速い《速攻詠唱》。向けられた攻撃の対処能力――どれを取っても、年齢以上のモノで、だからこそ彼を形容すべき言葉は『天才』以外の他にない。
欠陥とは違う存在。劣等から遠い存在。
眼前に立つ魔術師は、そういうモノだということを、強く思い知らされる。
(――――だけど、僕は)
負けられない。
思い出せ。対極に位置する僕らが、こうして向かい合い戦っているのは何の因果だったのかを。
「炎霊よ・――」
僕が、己の在り方を捻じ曲げてまで、この模擬魔術戦をしたのは、いったい何のためだったのかを。
「――・其は燃え続ける炎!」
再び、ロートの詠唱が僕の耳に届く。紡がれる詩は、一秒経つごとに、異能の完成へと近付いていく。
だが――それより先に、僕の魔術が完成する。
「【炎霊の愚火】――ッ!」
炎属性中級魔術【炎霊の愚火】。威力自体は低いが、敵の足止めなどには向く魔術だ。
足止め……ひいては、ロートの詠唱中断。僕が先の魔術で狙ったのはコレだ。その狙い通り、突然自分を襲った魔術により、ロートは詠唱を中断せざるを得なくなる。
「ッ――!」
その隙を、見逃さない。僕は魔術を放ったあと、すぐにその場から駆けだしていた。
(僕がこの模擬魔術戦をしたのは何のためだ?)
――アンジェのためだ。
僕の日常の象徴。大切なモノを侵そうとするロートを、僕は許せない。
たとえ、この体を突き動かす衝動の源が、自己犠牲であったとしても。
この平穏を脅かす存在を――僕は、許容するわけにいかないから。
走る。彼我の差はおよそ数十メートル。体は呼吸することを忘れ、ただひたすらに、相手を倒すことだけを目的として走り続ける。
(負けるわけにはいかない――ッ!)
勝算がある、ない、じゃない。
僕は勝つんだ。勝たなきゃいけないんだ。
ロートの目前まで迫る。同時、走りながら初級魔術の詠唱を行う。
数秒間で詠唱を紡ぎ、顕現待機。ここまで、ロートは何もできていない。
「僕の、勝ちだ……ッ!」
勝利を確信した僕は気付かなかった。
「ああ――……もういい。充分だ。――終わりにしよう」
ロートは、何もできなかったのではなく。
「―――【破砕雹弾】―――」
――この状態からでも、手を打てるということを。
刹那、僕の体に、激痛が走った。
「ぐ、あッ!」
小さな氷の塊――すなわち雹が、弾丸となって僕の体に幾度も撃たれる。絶え間なく続く痛みに耐えきれず、僕は思わずその場に倒れ込んでしまう。
「――【氷槍】」
間髪入れず、先端の尖った小さな氷槍が数本放たれ、僕が着ている服の袖と裾を貫く。それにより、僕は身動きが取れなくなる。
(なんだ、いったいなにが起きた――――!?)
突如起こった事態に、僕は動揺する。
理解が追いつかない。力を振り絞って思考しようとするが、上手く考えがまとまらない。
「惜しかったな、ミルファク。欠陥持ちのお前にしては、惜しいとこまでいってたよ」
朦朧とする意識の中、ふとロートの声が耳に聴こえた。
「いったい……なにをしたんだ、ロート……」
――この現象は、既視感があった。
魔術戦が始まってすぐ。《速攻詠唱》による【氷槍】だ。
あの魔術は、《速攻詠唱》で練られた魔術だ。ゆえに、短時間で魔術を発動させることが出来た。ここまではいい。
けれど、あの《速攻詠唱》は、あまりにも速すぎた。
常識を越えた速さ。そう思わずにはいられないほど。
「ひとつ、教えてやろうか。ミルファク」
不意に、ロートが口を開く。
「《速攻詠唱》ってのはな、極限まで省略しようとすれば、詠唱を一句にすることができるんだよ。だが、ほとんどの魔術師はそれをしない。魔術師ってのは、誇りやしきたりを大事にする人種だからな。先人がつくりあげた魔術を自らの手で壊そうとしない。ゆえにどうしても詠唱を二句以上にしてしまう」
「なにが……言いたい……?」
「要するにだな――《速攻詠唱》ってのは、極めれば僅か一秒足らずで魔術を行使できるんだよ。もっとも、それを使えるのが、この世界にそんなにいるとは思えないけどな」
そう、放たれたロートの言葉に、僕は目を見開く。
這いつくばった姿勢のまま横を見ると、オルフェ先生やリオも驚いている。
――僅か一秒足らずで魔術を行使?
その言葉を聞いた瞬間、脳裏に過ぎったのは、他の誰でもない、己の父だった。 父さん――グレン・ミルファクは、最高の《速攻詠唱》の使い手として名を馳せていたと、母さんが何度も自慢していた。
父さんが世界最速の魔術師だとしきりに、僕に言ってきた。
『最速の魔術師』『閃雷光』『刹那天狼』――その異名が意味するのは、すなわち"速さ"で。
自分の常識が、知識が、一瞬で塗り替えられた気分だった。
父が作り上げた記録――《速攻詠唱》の過去最高速度は約二秒だという、公式発表の記録を。
それが、一秒。たった一秒で魔術を使えると、
「――それが《超速攻詠唱》……俺の、固有詠唱だ」
親友だった少年は、静かに告げた。
「っ………ぁ」
《固有詠唱》――その響きに、僕は愕然とする。
それはつまり、ロートは既に、更なる高みへ到達しているということだから。
「――おまえは、常識に囚われ過ぎだ。物事には、必ず例外ってモンがある」
氷の魔術師は言う。その立ち振る舞いは、とても僕と同じ十七歳の人間とは思えない、貫禄のあるものだった。
――――そう。まるで、その眼で地獄を見て、その足で屍を越えてきたかのような。
「常識に、知識に、過去の記録に囚われ過ぎたら、人はそこから成長しない。だから今の魔術はいつまで経っても進歩しねえんだ」
何処か皮肉めいた口調でロートは言葉を紡ぐ。
「お前もだよ、ミルファク。……あの時から、お前はひとつも、一歩も変わってなんかない。……いや、変わろうとしていない。
おまえはずっと――逃げている」
「――――――ッ!?」
刹那、脳裏に駆け巡る、ひとつの光景。
真白の世界に、二人、立っている。そんな光景。
それは、親友と道が別れた、離別の記憶で。
「あの日、慟哭を上げたおまえを、俺は信じていた。それこそが、おまえの真実だと信じていたから。――だけど、どうだ? おまえは依然、止まったままだ。たとえこの戦いに勝っても、おまえは進まなかっただろう」
そのロートの言葉に、僕は目を見開く。
「ロー……ト」
「……別に、そのままでいたきゃそのままでいろ。どちらにせよ、俺に害はないからな。けどな、あの時……お前と一緒に過ごしたあの時間、俺はお前に期待してたんだ。いや、俺は今でも………」
そこで区切られたロートの言葉に、僕は何も言い返せなかった。
「じゃあな――シオン」
ロートはそのまま踵を返すと、魔導館から出て行った。僕はロートを呼び止めることも、自身の在り方を否定することもできないまま、ただ視線だけを彼に向ける。
そんなロートの行動に、オルフェ先生は我を取り戻したのか、静かに、この勝負の結果を告げた。
「――勝者、ロート・ニヴェウス」
オルフェ先生の言葉は、やけに無機質に聴こえ、いつまでも僕の耳に残った。