Prologue『夜想恋歌 -Memory in the Diary-』
人の数だけ物語があって
人が交わるたび、新たな物語が生まれる
儚い刹那。決して戻らない一瞬
だからこそ――それは、何よりも美しいのだ
――日記を、つけよう。
城に帰ってきて、まず始めにそう思った。
これから先、彼と会うことができない。
それは、わたしがわたしである限り、決して逃れられない鎖。
だからわたしは戻ってきた。この城に。
けど……だからといって、もう二度と彼と会えないわけじゃない。
ただ、しばらくの間……会えないだけ。
それに、彼は言ってくれたもの。
――『じゃあ、僕がシアを迎えに行くよ』
あの星空の下、彼は、約束してくれた。
たとえ、どんなに時間がかかっても。
絶対に、迎えに来てくれると――彼は、言ってくれた。
それが、どうしようもなく嬉しくて。
こうやって彼の姿を思い出すだけで、顔のにやけが治まらなくて。
好きという気持ちが、ただただ溢れていく。
好き、好き、だいすき――ああもう、言葉にしてはやく伝えたい。もどかしくて仕方ない。
昔、『会えない時間が愛を育む』って、本で読んだ気がするのだけれど、あながち間違いじゃなかったのね。
読んだ当時は、まったく気にも留めなかったけど、今ならすごくすごく、理解できる。
そう――理解できる。理解できるようになったから。
わたしは、日記をつけようと思ったの。
この世界でいちばん大好きな彼へ、逢えないぶんまで大好きを綴りたいから。
この真っ白な頁に、わたしの想いを綴っていこう。
まるで、物語を描くように。
そして、恋歌を紡ぐように。
これまでを綴って、これからを綴る。
その時が来るまで――いいえ、その時が来ても、ずっとずっと、あなたを想い続ける。
……眼を閉じれば、それが脳裏を駆け巡る。
あなたと過ごした、わたしのたからものが。
それは、とある夏の日。
深緑の木々を揺らす夏風に頬を撫でられながら、あなたと出逢った。
それは、扉を開けた時。
あなたに手を引かれ、黄金と紅に染まる世界をはじめて走り回った。
それは、緋い恋の情景。
無彩色の心に色を与えてくれた緋い世界。あなたを好きになった日。
他にも、いっぱい、たくさん。
数え切れないほどのたからものが、わたしの中に在る。
あなたが隣にいることが嬉しかった。
あなたの隣にいられるのが嬉しかった。
あなたと過ごす日々が、しあわせだった。
いつか終わるとわかっていても、あの刹那がたまらなく、いとおしかった。
あぁ。だからわたしは、頑張れるの。
いつか、またあなたの隣で笑えることを、信じているから。
あなたがわたしの中にいる限り、わたしはいつだって前を向ける。
――ねぇ、シオンくん。
小さく、心の中で呟いた。
心の中に広がる情景は、たったひとつ。
大切な大切な、たからもの。
――それは、約束をした夜。
いつか迎えに来てくれると告げてくれた、数多の星が輝く夜天の下――
今は遠い場所にいる彼に向かって、告げる。
「――だいすきだよ。わたしは、ずっと……あなたを、待ってるから」
――――星が瞬く、静かな夜。
あなたを想う、わたしの恋の詩。




