Epilogue『平穏。終わりを告げた物語 -Calm Days-』
狂人達との邂逅から、一週間近く経った。
あれから、何か変わったかと言えば……まぁ、いろいろ変わったわけで。
けれど、いま語るべきはそれじゃなく――
「ほらイル、いつまでもそんな顔しないの。シオンさん達が心配するでしょ?」
「………………うん」
場所は港。多くの人々と船が行き交う、海の玄関。
そこに、僕達――いつもの七人だ――と、イルとフィエナさんが集まっていた。
理由はひとつ。
彼女達を、見送るためだ。
――テヴィエスにとって重要な存在である彼女達は、当然だがいつまでもこの国に居るコトはできない。
テヴィエス行きの船――もちろん、アーロンさん達の船だ――の準備が整ったいま、彼女達が帰国するのは、当然のことだった。
「ほら、ちゃんとお別れの挨拶をしなさい」
「………………………うん」
けれどイルは、どうにも帰りたくなさそうな雰囲気を出していて。
決して口にはしないけれど、年相応の子供らしさを、いまのイルは持っていた。
そんな様子が十分ほど続いて、ようやくイルは口を開いた。
最初の相手は、リオと、エメ。
「…………えっと、その…………リオ、エメ。はじめて会ったとき、イルに話しかけてくれて……ありがとう。その………うれしかった、です」
「……ああっ。こっちこそイルちゃんと会えてよかったぜ。なぁ後輩よ」
「ええ、そうですねっ。今回ばかりは、センパイの言うことに間違いはないです!」
「今回ばかりはじゃねぇよ、いつも間違ってねぇわ」
「えぇ~~嘘言わないでくださいよぅ」
イルを差し置いていつものやりとりを交わし合う二人。そんな光景も、もはや慣れたのか、イルは二人を見てけらけら笑っている。
そして次の相手は――ロートと、フィリアさん。
「その………ロート。……あのね、最初は、ちょっとだけこわかったんだけどね………でも、やさしくしてくれて、うれしかった。フィリアも、おんなじ。……ふたりとも、うれしかった」
「……やっぱ俺って目付き悪いんだろうな。認めるわ」
「ろ、ロート……その、私は良いとおもう、よ……?」
「その慰めはちょっと傷付くのでやめてくれませんかね………。
……まぁいいや。ともかく――あぁ、こっちこそありがとな、イル。楽しかったよ」
「う、うん! 私も……!」
そう言って、二人は笑う。イルも、二人を見て笑みを浮かべる。
次なる相手は――シアと、アンジェだった。
「シア、アンジェ………イルと遊んでくれたり、出掛けたり……いろんなことしてくれて、たのしかった。イル、あんなに遊んだのはじめて。だから、その………ありがとう」
「……ええ、こちらこそ! 楽しかったわ、イルちゃん。アンジェちゃんもそう思うでしょう?」
「はい。ぜひ、今度は観光にでも来てください。いろんなトコに連れて行ってあげますよ」
「…………うんっ、またくる!」
笑顔と共に、彼女達は約束を交わし合う。
楽しい未来を、頭に描きながら。
「その…………シオン」
そして――最後の相手は、僕。
「……――ありがとう。シオンのおかげで、イル、まえをむけたの。シオンがいたから、イル、がんばれたの。えっと、えっと………あと、その………うぅ、言いたいことがいっぱいあって、どれから言えばいいかわかんない………」
「はは……でも、イルが言いたいことはわかったよ。
うん。僕の方こそ、ありがとう。きっと、お互い色々思うことはあるけれど………いま、僕達はこうして笑い合えてる。それでいいんじゃないかな」
そう言って、僕はイルの頭を撫でる。
「――また、遊びにおいでよ。『光の巫女』としてのイルじゃなく、『ただのイル』として。そのときは……今度こそ、一緒に海で遊ぼう」
「――――…………、うんっ!」
僕がそう告げると、イルは笑顔を浮かべて、頷いてくれた。
「おーい、そろそろ出発するぞー」
……時が、訪れた。
名残惜しいが、これで一時のお別れだ。
二人が、船内に乗り込む。僕達は、その様子を見つめている。
――不意に、イルがこちらを振り向いた。そして駆け足で僕のところまでやってくる。
「……どうしたの、イル?」
「あの、あのね……さいごに、言いたいことがあって……」
「? それは、なに………?」
「……ちょっと、かがんで?」
イルにそう言われ、僕はイルの目線に合うように屈む。
すると――
「…………んっ」
なにか、頬にやわらかい感触。
後ろから驚愕する声が、僕の耳に届く。けれど僕は、未だ何が起こったか理解できていなくて。
数秒経ってようやく、それがなんなのか、理解すると――
「い、イルっ!? な、なに今のはっ!?」
「? ………イル、なにかおかしなことした?」
「おかしな、って……」
「がいこくのひとは、好きなひとにこうするって、むかし本で読んだから……その、まね、してみたんだけど……へん、だった?」
「な―――なるほど、ね? いや、うん。おかしくないと思う、よ?」
………もっとも、その習慣はシーベールには無いのだけれど、この際それは黙っておこう。
なにか後ろから刃物のような視線が二つほど、僕の背中に向けられているが、今は気にしないでおく。
……いや、よく見ると船の方からもうひとつ、怨念のような視線が、イルの保護者から向けられていた。
後が怖い。
「そ、それで……イル。その、言いたいことって、これだけ?」
「あっ、ちがう。もういっこある!」
そう言うとイルは、こほんと咳払いして、僕の目を真っ直ぐみて――口を、開いた。
「もし……もし……シオンが、これからさきで、なにかこまったことがあったら……あたしが、あなたの力になります。それが、『光の巫女』にできる、お礼です」
「―――。うん、じゃあ、そのときが来たら……ね」
僕が頷くのを見届けると、イルは笑顔を浮かべ、今度こそ船内へ乗り込んでいった。
――帆が開く。碇が上がる。
船が動き出す。
「――ばいばい、みんなっ。またね!!」
イルが手を振りながら、大きな声でそう言っている。
同じように、別れの言葉を叫びながら、僕達みんな、イルに向かって手を振り返す。
船が、とおい水平線の彼方へ、消えていく。
見えなくなるまで――
僕達はずっと、手を振り続けていた。
* * *
――こうして、シオン・ミルファクとイル・ドゥ=テヴィエスの物語は、幕を下ろしたのだった。
第二章 霊獣覚醒/了




