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Wizard of Diaster  作者: 巡
第二章 霊獣覚醒
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第17話『再会。眩い光の果て -In the Shine-』


 狂人が立ち去る姿を眼にしたあと、僕達はしばらくの間、何も言えなかった。


 たった数刻。もはや刹那とでも呼ぶべきモノであるにもかかわらず、この邂逅は、僕達に尋常じゃ無いくらいの爪痕を残していった。

 天辰理想教アルカディアという、非日常の暴虐。

 思い知らされた、"差"。

 ひとの、死。

 そして、何よりも―――。


「……、」


 視線を、イルへ向ける。

 そこには、光の獣を従え、凛として立つ巫女の姿があった。

 彼女の後ろ姿は、もう僕の知るそれとは異なっていた。

 だから、どうしても……さっきまで起きていたこの状況が真実であると、認めるしかなくて。



「イ、ル……」


 小さく、少女の名を呼ぶ。

 ぴくっ、と。肩を震わせる。

 そして、ゆっくり、振り向いて……


「……シオンさん(・・)


 泣き笑うかのような表情かおで、僕の名を呼んだ。


「――――――、」


 ……あぁ、やっぱり。

 気付いていた。判っていた。


 彼女が、カタストラスさんと相対していたあの瞬間から。

 けれど、それでも……口にして、確かめたかった。


「イル……君は、もう……」

「はい………おもいだしました、ぜんぶ」


 イルがそう告げると、彼女は右腕を――腕輪を嵌めていた手――掲げる。その瞬間、彼女の傍に在った光の獣はカタチを無くし、消えていった。

 同時に、イルが纏っていた服も代わる。先ほどまで紅白で彩られていた神聖な衣服だったが、いまは既に元から彼女が着ていた浅葱色の着物に代わっていた。


「――あたしは、霊獣国テヴィエスの『光の巫女』、その当代です」


 告げられた真実は、やっぱり、判っていたコトで。


「……うん、そっか。そう、だったんだね」


 それでも――彼女の口から聞けたことが、何よりも嬉しく思うのだ。


「イル………君は、選んだんだね」


 戦いの最中でも思ったこと。

 イルという少女は、選択を果たした。

 "覚悟"を、背負った。

 だから僕に、彼女の意志を否定することはできない。


「……はい。ぜんぶ、あなたのおかげです」


 敬語で喋るイルを見て、思う。

 彼女はいま、『ただのイル』として在るのではなく――『光の巫女』として、僕と会話しているのだと。

『光の巫女』がどのような存在なのか、正直なところすべて判ったわけじゃない。ただ、テヴィエスの偉い身分のことで、凄く強い力を持っている……そういう認識が、僕の中にある。


 それでも、僕は感じるのだ。

 今日まで一緒に過ごしてきた『イル』は消えていない。

 言葉の端々に、暖かさを感じるから。


 不意に、イルが眼を伏せる。どうしたのかと訝しんでいると、イルは恐る恐るといった風に、口を開いた。


「……ごめんなさい。あたしが、よわかったせいで、あなたを巻き込んでしまって」


 俯きながら、小さくそう呟くイル。


「―――」


 ……違う、違うんだ。

 僕が見たかったのは、そんな表情かおじゃない。

 僕が守りたいと思ったもの。僕が見たいと願ったもの。


 ……結果としては、逆に僕が、イルから守ってもらったけれど。

 それでも、僕が立ち向かったのは、イルのこんな表情を見るためじゃない。



「……イル。そんな表情かおをしないでくれ。僕が君を守ると誓ったのは、君の笑顔を見たいからだ。巻き込まれたとか、そういうのじゃない。僕がそうしたいって思ったから。僕の心が、君を見捨てることを是としなかったから。

 僕が弱いのは前提だ。覚悟も足りてなかった。それでも……君を守りたかったから。僕は戦ったんだ。だから、責任を感じなくていい」

「っ………それでも、イルは(・・・)………っ!」



 そこで、イルの口調が変わる。

 敬語じゃない。今までのような、幼い少女が使う年相応の口調。



「イルがもっとはやくえらんでたらっ、シオンはそんなにぼろぼろにならなくてすんだ!

 それに、それにぃ……っ。イルがよわかったから……っ、フィエナは、傷付いた…………っ! あのとき、イルが弱くなかったら………フィエナは、傷付かずに済んだのにぃ……っ」



 堰を切ったかのように溢れ出す、感情の発露。

 ぼろぼろと、しずくというカタチとなって彼女の柔肌を伝っていく。

 いくつもの小さなしみが、砂浜にできた。



「えぐっ、ひっく………うぁ、ああぁああああん……………っ!!!」



 泣いて、泣いて、泣いて――イルは、感情を吐き出し続ける。


「っ………」


 ――フィエナ、という人物が、誰なのかは判らない。


 けど、きっとその人は、イルにとって大事なひとで。

 その人が傷付く姿を見たから、イルはいっそう、自らを責めてしまう。


 イルは、やさしい子だ。


 やさしいから……一度、弱さを隠して決意したとしても。

 すべてが終わったら、限界が訪れる。


 だって彼女は、まだ子供なのだ。


 幼すぎる彼女に、この現実は、重い。


 人間はすぐには強くなれない。

 弱い自分を隠して、強く見せるだけ。


 奥底にはいつだって、弱い自分(本音)がある。

 それを、僕は知っている。


 ……つくづく、僕とイルは似ている。

 強く在ろうとする自分と、己を責める弱い自分。

 背反するその感情は……やはり、僕にも経験があって。



 ――あのとき、僕は。

 ――どうやって、自分の弱さを受け入れたんだっけ。



「――」


 大切な緋色の少女を、見る。

 シアはアンジェとふたりで、僕とイルの会話を見守っている。


 ……そうだ。僕は、このひとの言葉で――。


 大切なひと。誰よりも大好きなひと。

 その言葉に背を押されたから――僕は、自分の弱さを受け入れることができた。


 ……僕のおかげで、イルは、選択を果たす(前を向く)ことができたというという。


 ならば、きっと――




 彼女の弱さを受け入れるための言葉を与えるのは、僕の役目じゃない。










「――――――――――――イル!」




 * * *





「――――――――――――イル!」


 ふと、誰かの声が聞こえた。

 それは、イルを呼ぶ声で。

 イルはもちろん、シオンでも、シアたちのものではない。

 全員が一斉に困惑する顔を浮かべる。


 いったい誰が――そう思ったときだった。



「………………………………………う、そ」



 呆然と、信じられないといった声で、イルが呟いた。

 彼女の視線の先を見つめる。


 そこには、茜色の着物を身に纏った、ひとりの女性がいた。

 黒い髪に、紅い瞳。怪我をしているのだろう。腕や足には包帯が巻かれていて、着物の裾から時折それが見え隠れしている。上手く歩けないのか、女性は杖を片手に持っていた。


 その姿を、見間違えるはずもない。


 イルという少女にとって、誰よりも大切なひと。

 守りたいと、少女がはじめて想った存在。

 大事で、大切で………大好きな、お姉ちゃん(かぞく)



「……………………………………ふぃ、え、な……………」



 フィエナクス・ヴィオレが、イルの方へ向かって、歩いていた。


「うそ……うそっ………なんで………っ?」


 困惑と疑問を隠しきれない。


 ――夢? イルは、夢を見ているの?


 わからない。わからない。

 けれど、脳がすべてを理解する前に――少女は、駆けだした。


「はぁっ、ハッ、は―――!」


 息が切れる。苦しい。けど走ることはやめない。

 止まってしまったら――彼女が、消えてしまうかもしれないと思ったから。


「あぅっ……!」


 途中、砂浜を上手く走れなくて、転んでしまう。

 腔内に広がる砂利。肌に張付く砂礫。気持ち悪い。


「~~~~~っ!!」


 立ち上がる。走り出す。


 あと少し――あと少しで、求めていたぬくもりに、辿り着ける。


 視界が滲む。しずくが零れる。

 それを無理矢理に拭い去って……イルは、彼女の姿を、視界に収める。


 フィエナが大きく、両腕を広げる。

『おいで』と、彼女が告げた気がした。


 だから、イルは―――――



「――――――フィエナぁっ!!!」



 そのぬくもりに、飛び込んだ。


 求めていた場所。大好きなぬくもり。


 全身に伝わる暖かさが、彼女が『本物』であると如実に告げている。


 だから……だから……



「あ、ぁ……あぁっ……うぁぁああああああああああああああああああああん!!!!!」



 涙があふれてとまらない。


 ――生きてた、生きてたよ。


 死ぬはずがないと、心では信じていた。

 けれど、もしかすると。彼女が死んでる可能性も、イルは捨てきれなくて。

 だから今、イルを包む暖かさが嬉しくてたまらない。


「ごめんね、イル……心配、かけたねぇ……っ」



 だから今、イルの頭を撫でるのぬくもりが、嬉しくてたまらない。



 大好きなひとがどうしてここにいるとか、どうでもよかった。


 今はただ、このぬくもりに浸っていたかったから。



「ううん……ごめんなさいは、イルのほう………だってあのとき、イルが頑張っていたら、フィエナは傷付かずに済んだのに………それに、シオンだって……」



 最愛に再会したからこそ、再びイルの心に自責の念が襲う。

 前を向くために、一度は抑え込んだ昏い感情が、イルに襲いかかる。

 彼女の『弱い部分』が、現われる。

 そのときだった。



「………あなたは本当に、やさしい子ね、イル。

 でも、でもねイル……だからこそ、私は言うわ。それは、違うって」

「え……?」

「あなたのやさしさは、本当に眩しいものよ。喪くしちゃいけない、見失ってはいけないもの。だから……できない自分を責めるのは、もうやめなさい。あなただって、気付いてるんでしょう? その感情は、あなたのやさしさを曇らせるって」

「っ……でも、でもぉ……」

「だからね――私は、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの」



 そう言って、フィエナはイルの頭を撫でながら、正面からイルの顔を見つめる。



「ううん。きっと、まず私が最初に言うべきだった。『守護者』として在るからこそ、私はあなたに期待してしまっていたけれど………そもそも、それが間違いだったの。だって私は――あなたの、家族ですもの。だから『守護者わたし』じゃなくて、『家族わたし』が、期待より先に、言うべき言葉があった。

 ――イル。もう、ひとりで抱え込むのはやめなさい。

 何か困ったら、私を頼って。

 人間、ひとりで抱え切れる量なんて決まってるの。それより持ってしまったら、潰れてしまうから。

 だから、そうなる前に……私を、頼って。あなたはまだ、子供なんだから。自分ばっかり責めなくていい。

 あなたのやさしさを、あなた自身の手で傷付けてはいけないの」



「………………ぁ」



 フィエナのその言葉が、イルの胸の中に溶け込んでいく。


 ――イルという少女は、やさしかった。

 やさしいからこそ、その魂は暖かな祈りを持っていた。


 けれど、逆に、やさしいからこそ――少女は、『できない自分』を自らを責め続ける。

 それは、覚醒を果たした今でも、簡単に変えられなかった。


 人間はすぐに変われない。

 自分の弱さと向き合いながら、ゆっくり、時間をかけて……ようやく、弱さを受け入れる時が来る。


 だから、きっと、この物語はイルにとって『はじまり』だったのだ。

 自分の弱さと向き合うための、はじまりの物語。


 少女はいま、本当の意味で――自分の弱さと、向き合った。



「イル、イルねぇ……ずっと、ずっといやだった。まわりの人の視線が、こわかった……。でも全部自分のせいだっておもってた。ぜんぶイルが悪いっておもってた。だからあのとき、フィエナがきずついたんだって………」

「……うん」

「……カタストラス(あのひと)が来て、すごくこわかった、こわかったの……また、あのときみたいになるんじゃないかって……また、イルのせいでみんなが傷付くかもって……」

「………うん」

「でも、でもね………イル、がんばったんだよぉ……っ。がんばって、まえ、むいたんだよぉ……ねぇ、フィエナぁ……っ」

「うん………うん。偉いね、イル……そんなに小さいのに、幼いのに………よくがんばったね、イル………っ」

「~~~っ。うぁ、ぁあああああああああああああああああああああん!!!!」



 イルは、泣き続ける。

 その姿は、『光の巫女』ではない。




 どこにでもいる、普通の子供。

 まだまだ幼い、十歳の少女の姿だった。




* * *




「―――、」


 その暖かい光景を、僕はただ、見守るように見つめていた。

 イルと女性……おそらく、フィエナさんだろう。二人はいま、暖かいぬくもりに包まれていた。


「おう、どうやら連れてきたのは間違いじゃなかったみてェだな」


 不意に、そんな声が後ろから聞こえた。

 振り向くと、そこには――


「アーロン、さん……?」

「よう。久しぶり……でもないか。一週間ぶりくらいか?」


 イルを初めに助けた船乗り――アーロンさんが、快活な笑みを浮かべて立っていた。


「――もしかして、アーロンさんが彼女を……?」

「あぁ。言ったろ、テヴィエスに荷卸しに行くって。そんときにな、イルのことを訊いて回ろうとして、一番最初に訊いたのが……あの怪我したねーちゃんだったんだ。んで、あのねーちゃんはイルのことを知ってて、またシーベールに戻ってくるときに一緒に乗せてきたってわけだ。

 もっとも、到着したときに現われたすげぇ光を見て、怪我してるのにもかかわらず、いつの間にかすげぇ速さで浜辺の方に向かっていったんだけどな」


 「おかげで追いつくのに時間かかったぜ」と、笑いながら経緯を説明するアーロンさん。


「……すごい偶然ですね」

「だろぉ? でも、これが運命ってヤツなのかもな。おれはあんま、そういうの信じちゃいないが、夢があっていいと思うぜ」


 そう告げるアーロンさんの表情は、とても穏やかで。

 心の底から、イルとフィエナさんの再会を喜んでいる。


「…………はい、本当に、よかった」

「うん、本当に……よかったね」


 ふと、僕の右側から聞こえてくる声。

 横を見れば、そこにはシアが笑みを浮かべて立っていた。その隣には、アンジェもいる。


「やったね、シオンくん」

「……うん。ありがとう」


 交わした言葉は、それだけ。

 それだけで、彼女の想いはすべて伝わった。


「――――」


 再び、イルとフィエナさんを見る。


 暖かな光景。やさしさのカタチ。

 それを見て、僕は嬉しく思う。


 だって、ほら――


 僕が見たかったモノが、いま、目の前にあるから。

 泣きじゃくっているけれど……



 確かに、イルは――笑っているから。



 僕が戦った理由。僕の誓いはここに果たされたのだと。


 そう、思えた。




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