第16話『ひとつの、終わり -?-』
「―――――、」
己が原初の記憶を、カタストラスは刹那のうちに振り返る。
そして、想う。
――俺は、天辰理想教は、紛れもない悪だ。
およそ世界にとって悪と定義されるモノ。
歪なる思念を持った、狂人の集まり。
だが、それを承知の上で、ここに告げよう。
――俺達は、世界を救うための必要悪にして、絶対悪だと。
「―――――、ハ」
カタストラスは、嗤う。
眼前の光景が、嬉しくて仕方なかったから。
そうだ、これでいい。
奴が己にすべてを伝えなかったことに対しては、些か不満はあれど……是非も無し。ああ、喜んでこの結末を受け入れよう。
なぜならば、この先に理想郷はあるから。
もはや物語は既に成ろうとしている。
光の巫女は覚醒を果たし、双星は始動を開始した。
理想郷に至るまでの筋書きは、またひとつ、前進した。
すなわち、俺という『悪』の存在は不要なり。
我が使命は既に果たされた。
ゆえに――そう、ゆえに。
迎えなければ、ならないだろう。
定めていた、幕引きを。
「あぁ………判っているさ、イデアル」
在りし日。もはや語られることのない昔日に、俺はおまえに誓った。
理想郷に至る筋書きが果たされたのち、何をすべきか。
既に、定めているから。
ゆえにイデアル。我が同胞にして畏敬すべき者よ。
おまえの理想に、俺は殉じよう。
「あぁ、いいぞ――その先に、理想郷は在る」
――ここに、此度の物語を完成させる最後の一頁を。
我が運命の最期を。
己という命を以て、此処に成す。
――――――シュバァンッ!
刹那、弾けるような煩い音が、響いた。
「……………えっ?」
カタストラス以外全員の唖然とした声が、虚空へ消えていく。
そして彼らは、音の発生源を見る。
そこには――
「ご―――ふ……っ。はッ……づ……―――」
胸に孔が空いた狂人の姿が、在った。
孔から、口から、溢れ出し流れ出す血液。止まらない赤い水流は、彼が着ている純白の祭服を真っ赤に染め上げている。
「………なに、を………」
そう、呆然と呟いたのはシオンだった。
眼前の光景が信じられないのか、語気を荒げながら、シオンはカタストラスに再度尋ねた。
「――なにを、なにをやってるんですかッ、あなたはッッ!!」
「……なにを、か。……ふふ、ふははは………見れば判るだろう……自決だよ。自ら命を絶つ……ソレに他ならない」
依然、血を流しながらも、カタストラスは嗤っている。
「なんで………なんで、そんなことを……」
「――なんで、か。貴様、よもや俺の心配でもしているのか?」
「っ………しちゃ、駄目なんですか……っ!」
「――――。あぁ、やはり貴様は……甘い、な」
呆れ混じりに、カタストラスは呟く。
そして、カタストラスは焦点の合っていない虚ろな眼でシオンの方を見て、口を開く。
「俺の運命は俺の死を以て完結する。この終わりは既に定まっているモノだ。そう――俺が『悪』になると定めた瞬間から、決めていた。
俺という『悪』は、理想郷へ至る物語の中で終わる。
ゆえに、此度の物語が成った今――俺は、完結るのだ」
口から血を吐きながら、それでも嗤い、カタストラスは喋る。
「『双星』……いや、シオン・ミルファク。ここに、告げておいてやろう。
……貴様は、貴様に課せられた運命から逃れることはできない。
貴様の運命は……此度の邂逅を以て、真に始まったのだ。
ゆえに――さぁ、魅せてくれよ。その物語をな」
そう呟くと、彼は上を見上げる。
そこに在るのは、遙か高き天。
その光景を見て、彼は笑い――。
「理想郷に星が輝かんことを――――おお、叡智の魔術師に光あれ」
――そして、我が同胞達よ。先に理想郷で待っている
そう、正真正銘最期の力を振り絞って、最期の言葉を口にし、
「―――――――――――――――――、」
この場に居る誰かを視界に映した途端、眼を見開いて、
「―――――――――――、ふ」
小さく、笑みを浮かべ。
カタストラス・ヘプターは――静かに、目を閉じた。
「――――――――、な」
カタストラスが絶命する光景を、シオン達は呆然と見ていた。
呆然とすることしか、できなかった。
……ひとが死ぬ光景を見たのは、何もこれが初めてじゃない。
けれど……けれど、たとえ敵であったとしても、さっきまで会話を交わし、戦っていた相手が、たったいま、目の前で死んだ。
だからこそ……その光景は、何よりも生々しくて。
シオンの心に、"ひとの死"という記録を、刻み込んだ。
――ざく、と。砂浜を踏み抜く音。
音の方を見やれば、そこには白い祭服を纏った、緑髪の少年が立っていた。
「……ありゃりゃ。カタリー、ほんとに死んでるし」
予想はしていたのか、さほど驚きの声を上げない緑髪の少年――テイルム・ヘクサは、視線をカタストラスの死体からシオン達へ向ける。
「やぁ、こんにちはだね。ぼくはテイルム・ヘクサ。この蒼髪の彼の仲間だよ。ヨロシクね」
ニコッ、と。ひとの善い笑みを、テイルムは浮かべる。
「天辰理想教――!?」
その自己紹介を受けて、シオンたちは一気に構えた。
「あぁ待って待って! もう戦う気はないから!!」
大げさに手をふり、シオンたちを制するテイルム。
「……そんな言葉が、信用できるとでも?」
「うーん、信用度ゼロ。悲しくなるねぇ。でも、嘘は言ってないんだなぁ。ぼくはもう戦う気はないし、何より戦う意味がもはやない。……いまは、ね」
「どういう………意味ですか」
「既にぼく達の目的は達成されたってコトさ。『光の巫女』……その覚醒は果たされた。アジェンダは一歩、前進したのさ。だからもう、ぼくが戦う理由も意味もないってワケ」
テイルムはカタストラスだったモノへ近付く。
その様子を見ながら、シオンは彼に尋ねる。
「じゃあ……なんで、そこの彼は、死んだんですか」
「それこそ、答えはひとつだよ。
――彼の最期の役目は既に果たされた。ゆえに彼の運命は彼の死を以て完結する。これはそういうコトであり、そういうモノなんだよ。だからキミ達は悪くないし、この理由を判らなくてもいい。けれど……うん、まぁ彼の死に何か感じるものがあれば、それでいいんじゃないかなァ」
そう言って、テイルムはカタストラスの死体を抱える。
「よっこらせ。……うわ重っ。持って帰る身にもなってほしいよ。ねぇ聞いてるカタリー? あ、死人に口なしか。ひひっ。
……まぁ、なに? とりあえず、お疲れさま、カタリー。キミと過ごす時間は退屈じゃなかったから好きだったよ。うん、そこだけは……面白くないなぁ」
……ほんのすこし、僅かに。それこそ、誰も気付かないくらい。
テイルム・ヘクサの瞳に、哀しみの感情が宿ったかと思えば――次の瞬間には、狂人のそれへと戻っていた。
狂人の視線が、シオンへ向く。
「そういえば、キミだれだっけ? 当たり前のように話してたけど、忘れてたや」
「……僕は、シオン・ミルファクです」
「―――――へぇ。なるほど、キミが………それに、『ミルファク』、ね………にひひ。あァ、そういうことか。だったら今回は、『光の巫女』だけじゃなく、『双星』も関わってたってコトだ。……きひ、面白くなりそうだなぁ、これから。
じゃあね。またどこかで会おう」
まるで、友人に別れを告げるような、気さくな言葉を残し、
狂人と狂人だったモノは――ここから、去って行った。
静寂が訪れる。
長いようで短かった、狂人たちとの邂逅は、ここに終わりを告げた。
――少年と少女達の心に、消えない痕を刻み込んで。
第16話『ひとつの、終わり -?-』
第16話『ひとつの、終わり -Ending of Alkaid.-』




