第15話『巫女と狂人、 -Katastras Hepter-』
「――霊獣国が『光の巫女』、イル・ドゥ=テヴィエス。
カタストラス・ヘプター。理不尽から、みんなを、守ります」
神々しく在る『ソレ』の足下で、勇ましく、凜々しく、イルはそう告げる。
その姿をシオンは……呆然と、見つめていた。
いまだ、眼前にある光景を信じ切れなかったから。
けれど、この光景は紛れもなく現実で。
凜々しく立つ少女は、僕が知る彼女で。
あぁ、だからこそ――認めなくてはいけない。
「イ、ル……」
少女の名を呼ぶ。視界に、彼女の姿を捉える。
……あの弱々しかった背中は、もうない。
そこに在るのは、"覚悟"を背負った、巫女の姿。
まだ幼いというのに、その背中は何処までも、強く在ろうとしていた。
(君は――選んだんだね)
選択を。
停滞か、前進か。
きっと、いまの彼女は記憶を取り戻している。その上で、彼女は選んだんだ。
だからシオンは、その選択を否定することはできない。
「くく……ふふふ、ふははははは………さて、ここからどうするというのだ、『光の巫女』ッ!!」
刹那、カタストラスが魔術――【穿断・高圧水流】を放つ。
水流が向かう先は――イル。
「イル、あぶない――っ!」
そう、シオンが叫んだ瞬間。
「――【天光・悪祓障壁】ッ!!」
イルが叫ぶ。麒麟が嘶く。
次の瞬間。突如として、イルを守る光の障壁が顕現した。
顕現した障壁は水流の進行を阻み、やがてそのカタチを無くしていく。
「ほう……ッ!」
驚愕に目を見開くカタストラス。まさか、真っ向から防がれるとは思ってもいなかったのだろう。かくいうシオンも、彼と同じ心情になっていた。
【穿断・高圧水流】の破壊力は凄まじい。《二重詠唱》で強化を施した防御魔術すらも破壊したのだ。直撃すれば、死は確定だろう。
そんな威力を持つ魔術を、イルは防いでみせたのだ。
「展開――!」
イルが叫ぶ。その瞬間、シオンの周りにもイルが先ほど使った障壁が顕現した。周りを見渡せば、シア達も同じモノに守られていた。
その光景を見るや否や、カタストラスは試しのつもりか、高圧水流をシオン達に向けて――おそらく、全力で――二度三度放ってきた。
だが……光の障壁は、壊れない。
依然として、そこに立っている。
「――ふ、ふふ。そうか、それこそが【獣宝】……霊獣国テヴィエスが持つ神宝。そのうちがひとつ、『輝煌の獣宝』の『霊臨』ということかッ!! あぁ、やはりあの時、『炎の守護者』に霊臨を使われていたら、俺はひとたまりも無かっただろうな……くくっ、はははッ!!!」
もはや遠い過去のこと。
カタストラス・ヘプターは『炎の守護者』であるフィエナクス・ヴィオレと相対した。
その時、彼は彼女の不意を突いて勝利を納めたが……万一、フィエナが霊臨を使っていた場合、彼はここにはいなかっただろう。
カタストラスも、それが判っていたから不意を突いたのだ。
圧倒的な力を持つ存在には、不意を突くことこそが何よりも有効打。
ゆえにこそ、フィエナは【獣宝】を……霊臨を使わずして、敗北したのだ。
フィエナクス・ヴィオレが弱いのではない。
狂人達の策が、上手く嵌まっただけ。
「――――、」
だが、そんな背景は、イルが知る由もない。
イルにとって眼前に立つ者は、最愛の家族を傷付けた者だ。
だからこそ、その狂人を、イルは赦すことができなくて……
(――けれど、イルは)
決して、殺しはしない。
なぜならばイル達は、殺める者ではないから。
たとえ、傷付けたとしても、その果てに殺すことは有り得ない。
イルは――『光の巫女』は、守る者ゆえに。
『輝煌の獣宝』――『輝煌の霊獣・麒麟』は、守る存在ゆえに。
「は――ッ!」
裂帛の掛け声と共に、イルが右手を掲げる。
次の刹那、雷鳴が響き、天より雷が落ちる。
落雷の先は、カタストラスへ。
「づっ……うっ、がァアアアアアアアアア!!!!!」
突然の攻撃であるにもかかわらず、カタストラスは対処を試みる。その判断力は流石というべきモノだった。
しかし、その抵抗は意味を成さず、彼は落雷を直で受けてしまう。
およそ雷属性の上級魔術あるいは高等魔術に値するであろう威力。直撃すれば、死に至ってもおかしくないレベルの攻撃であるにもかかわらず…
「っ……はッ………くっ」
カタストラスは、生きていた。
――何故か。それは、カタストラス・ヘプターが尋常ならざる力量を持った魔術師だからではない。
『光の巫女』――イル・ドゥ=テヴィエスとその霊獣が謳う、霊臨の力だ。
そう。先に述べたように、彼女達は『守るもの』だ。
ゆえに、彼女達は、他者を殺さない。
此処に顕現している状況こそが、光の巫女と獣が謳う、魂の理。
すなわち、"絶対的な防御"、そして"絶対に他者を殺さない攻撃"――それこそが『輝煌の獣宝』の霊臨。
「――――、」
もはや、カタストラスに為す術はない。
彼の強みである禁忌魔術は既に防がれ、そして攻撃においてさえも、霊獣の力が彼の先を行く。
――圧倒的。その一言に尽きる。
シオンがあれだけ苦戦した相手を物ともしない、脅威的なまでの強さ。
これが【獣宝】。
これが『霊臨』。
これが人智を超えたモノの……霊獣の力。
カタストラスでは、これに対し打ち勝つことは、もう不可能だった。
「く………くく、ははは………ハハハハッ」
――――それでもなお、彼は嗤っている。
既に己に勝ちの目はないというのに。
この状況が嬉しくてたまらないとでも言うかのように。
狂人は、嗤っている。
「……カタストラス・ヘプターさん。おとなしく、降伏してください」
イルが、カタストラスに対し堂々たる姿勢で勧告する。
「………、」
その勧告を聞きながら、カタストラスは、静かに、目を閉じる。
そして――
カタストラス・ヘプターという男のすべてを、刹那で、振り返る。
* * *
――カタストラス・ヘプターという男は、かつて夜天星辰王国魔導師団の魔術師だった。
彼は、正義に満ちていた男だった。
悪は許さない。
悪は在ってはいけないモノだから、己が正義となってここに裁こう。
そう思い、彼は王国魔導師団の魔術師として、日々を生きていた。
彼の能力は、組織内でも非常に優秀だった。
こと、水属性魔術の使い手という枠においては、彼を凌ぐ魔術師は他にいなかった。
ゆえに、彼の将来は約束され、階級が《帝級》に至るのも、時間の問題だと周りの人間をして、そう言われていた。
……だが、彼には、どうしても消えない悩みがあった。
それは、彼が正義であるからこそ生じる苦悩。
――俺の力だけでは、救えないものがある。
――俺の手では届かないひと達が、この世界にはいる。
世界は広大だった。だから、個人の手では届かないものがある。
人間は全能ではない。
それでも……彼は、救える者はすべて救ってきた。
それでも――彼は思ってしまう。
この世界を、救えないのかと。
「では、貴方にひとつ問いたい」
そんな苦悩に苛まれ続けていた、ある日だった。
カタストラスは、ひとりの男と出会った。
長く伸ばされた、何処か黒みがかった銀髪に、黒い双眸。
放たれる空気は異質で、異常。
しかし彼は、それだけで理解した……男が何をせずとも、悟ったのだ。
一度、たった一度目にしただけで――カタストラスは、理解した。
――この男は、己より強い、と。
得体の知れない雰囲気を纏いながら、己と同じ服を身に纏った男は、カタストラスに問うた。
「貴方は世界を救いたいと、本気で思っているのだろうか?」
「――当たり前だ。俺は、俺の手が届かない所にあるモノを救いたい。それはすなわち、世界を救いたいということに他ならないだろう」
「然り。貴方の言うことに間違いはない。そして貴方の願いはひどく純粋だ。あぁ、正義に満ちているよ。なればこそ、私は貴方に告げよう」
「……何をだ?」
「――私と一緒に、世界を救済する気はあるかな?」
「………なに?」
カタストラスは、疑問の声をあげる。
――馬鹿らしい、と。率直にそう思った。
一蹴されてもおかしくない言葉。
何を言っているんだ、コイツは――そう思いながら、ほとんどの人間は立ち去り、この話はここで終わる。
だが……カタストラスは、立ち去らなかった。
なぜなら、男の纏う雰囲気が、只人のそれではなかったから。
男が纏っている雰囲気は異質で、異常で――だからこそ、先の言葉に何か含みを持たせる。
ともすれば本当に、男の言っているコトは、虚偽でも妄言でもなく、真実なのかもしれないと。
そう、思わせるほどに。
男は、ひとを魅せる異質な雰囲気を持っていた。
カリスマとでも呼ぶべきモノか。それに近い何かを、彼は持っていた。
だから――カタストラスは、男に尋ねた。
「どういう……意味だ、それは?」
男は、ただ静かに、微かな笑みを浮かべ、カタストラスに説明する。
その理想の、すべてを。
「――――、」
そして、カタストラスは納得と共に理解する。
同時に……彼は、男に畏敬の念を持ち始めていた。
だからこそ、彼は。
「いいだろう。……その理想に、俺も手を貸す」
男の理想に、手を貸すことを、決めたのだ。
「――ふむ。だが、ひとつ忠告しておきたいことがある」
「何をだ?」
「貴方はこの瞬間より、正義を捨て、善を辞め、世界にとっての『悪』にならねばらない。貴方の在り方は『正義』だったようだが……それでも、貴方は此方へ来るかな?」
その問いは、もはや愚問だった。
「――構わんとも。それで世界が救済されるというならば……俺は、喜んで『悪』になる」
そう告げた瞬間、カタストラス・ヘプターは善であることを辞めた。
……これからずっと先のこと。
カタストラスは、フィエナクス・ヴィオレに『正しいまま狂っている』という評価を受ける。
その根底にあるモノは、これだった。
彼は己が『悪』であることを理解してなお、狂人で在り続けている。
「ふふふ………あぁ、貴方ならばきっと、そう言うと思っていたよ」
ゆえに男は、カタストラスの答えに満足し、笑う。
「……そういえば、貴様の名前をまだ聞いていなかったな。俺はカタストラス・ヘプター。貴様は?」
「私の名前か? あぁ、まだ名乗っていなかったね」
そう言って、黒銀の男は己が名を告げる。
「私の名前はイデアル・ラ・モルテ。これから、貴方と理想郷を目指す者だ。よろしく頼むよ、カタストラス」
まるで死神のようにある男は、優しく、誘うように、カタストラスへ手を差し出した。
その手を、カタストラスは迷いなく掴み取る。
――この邂逅は、きっと運命だった。
これが、彼の始まり。
まだ、この世界に天辰理想教という『悪』が生まれるまえ。
《揺光の星》カタストラス・ヘプターという狂人が生誕した日。
もはや、これから語られることのない、彼の運命の、第一話だった。
第15話『巫女と狂人、
これから語られない物語 -Katastras Hepter-』




