第13話『■■■■ -?-』
――イルという少女は、やさしかった。
やさしいからこそ、その魂は暖かな祈りを持っていた。
けれど、逆に、やさしいからこそ――少女は、『できない自分』を自らを責め続ける。
落胆と憐憫と侮蔑の視線を覚えている。
幼すぎた少女にとって、その視線はあまりに酷なモノで。
しかし、やさしすぎた彼女は、他を責めるのではなく、自らを責めた。
『すべて自分が悪い』『こう在らねばならない』『もっと頑張らねば』『だって己は選ばれたから』――自責という負の感情を持ってしまったがゆえに、少女が生来持っていた祈りは、曇ってしまった。
だから獣は、応えなかった。
だが……もはや、その停滞は終わりを告げた。
シオンの行動が、誓いが、彼の優しさのすべてが、彼女の心を揺らした。
彼女を守ろうとする少年の祈りが、少女に在ったモノを、思い出させた。
……彼が傷つく姿を、見たくなかった。
……己を守らんと足掻き、傷付いていく姿が、いたくて、くるしくて、つらかった。
それでも、彼が彼で在る限り――きっと、彼はどこまでも、イルを守ろうとする。
傷ついて疵ついて――その果てに、敗北が待っている。
だからイルは、選んだのだ。
"覚悟"は決まった。
傷ついてほしくないから。
死んでほしくないから。
だから――イルは、前に進む。
少年を、守るために。
この手には、それを成し得るだけの力がある。
定められた終わり。
ロート・ニヴェウスではテイルム・ヘクサに敵わない。
シオン・ミルファクではカタストラス・ヘプターに敵わない。
理不尽の権化たる狂人達は、彼らに無慈悲な現実を突きつける。
ゆえに、その果てに在るモノは、敗北という名の終わりで。
――ならばこそ。
選択を果たした少女は、抵抗を開始する。
再び蘇った祈りが、
少女を、覚醒させる。
あぁ、ここに真実を告げよう。
この物語の主役は、シオン・ミルファクではない。
彼の物語のひとつであれど、此度、真に主役であるのは―――彼女だ。
――眼を開けた。
立ち上がる。
緋色の少女の制止を振り切り、彼女は、狂人と少年を視界に映した。
迷いは無い。
ちっぽけな勇気を握りしめて。
たいせつな祈りを抱きしめて。
ここに、その運命を否定する詩が、紡がれる。
「――《掛けまくも畏き輝煌大神、この神籬に天降りませと畏み畏み申す》――」
紡がれる祈祷詩。
それは、遙か高き天に存るモノへ語りかける祝詞。そして、位相異なるモノを現世へと降臨たたせる為の詠唱だった。
すなわち、【獣宝】――霊獣国テヴィエスに伝わる神宝。其に秘められし力を行使するための祈祷詩である。
そも、【獣宝】とは何か。
【獣宝】――ここまでに語られたように、其は霊獣国テヴィエスに伝わる神宝である。
人智を超える力を持つモノ。その使用者も、人ならざる異常なりし力を手にすることができる。
いつ、何処で、誰が――その一切は不明。されど事実として、獣宝はこの世界に存在する。
その、神の宝を手にした者達が、霊獣国テヴィエスを興す。
ゆえに彼の国は、遙か古より【獣宝】と共に在った。
そして、その【獣宝】には代々一人の巫女と、四人の守護者が選定されてきた。
その五人の契約者が、遙か古より現代に至るまで、霊獣国テヴィエスの繁栄を守り続けてきたのだ。
では、何を以て『獣』の『宝』であるのか。
――――『五方霊獣』という概念が、このセカイには在る。
天の四方と中央を司るモノ。
実体のない概念である四方と、中央の方位に実体を持たせたモノ――それこそが『五方霊獣』である。
東には水を。
西には風を。
南には火を。
北には地を。
そして――中央には、光を。
それぞれ属性を与え、獣という型に嵌め、落とし込んだ概念。それが、『五方霊獣』であり、
『霊獣』という概念を封じ込めた宝――それこそが、【獣宝】だ。
――そして、【獣宝】には、とある力が秘されている。
通常の状態からして人智を超え、人ならざる力を有することができる【獣宝】だが、この道具の真価はそこではない。
そもそも、巫女ならびに守護者が【獣宝】を介して使う異能――たとえば、フィエナクス・ヴィオレが使っていた【火之精・火花繚乱】を指す――はすべて、【獣宝】が持つ力の一端。謂わばオマケにすぎない。
この宝が持つ力は、そんな矮小なモノではない。
「《生魂、足魂、玉留魂、国常立尊―――遠祖神恵み給め、祓い給え清め給え》」
巫女が謳う祈祷詩。それこそが、秘められし真の力を解放するためのモノだった。
其の名を、『霊臨』。
『霊臨』――それは、読んで字の如く、"『霊』獣を降『臨』させる"というモノ。
ただの概念にすぎないはずの『霊獣』を、カタチある存在として、この世に顕現させる。それが『霊臨』である。
【獣宝】そのものが持つ特性と、契約者の心象が合わさった時――その魂を祈祷詩として紡ぎ、この世界に理を、カタチとして顕現させるのだ。
「《其は光の獣。すべてを守護る、四方の中央に坐すものなり》」
刹那、地を震わす轟音と共に、幾条の雷が天より落ちる。うねる魔力の奔流。少女を中心に大気中の魔力が収束していく。
天に描かれる幾重の方陣。その中から、何かが現れようとしている
目を開けられぬほどの光。
イルが付けている腕輪。光の発生源はそこからだ。
まるで、星の瞬き――煌めく星光が、世界を埋め尽くす。
「なッ――」
「え……?」
狂人が驚愕する声が聞こえる。
少年が呆然とする声が聞こえる。
二つの声を聞きながら、巫女は凛として立つ。
その姿に迷いは無い。
眩しいまでの決意と"覚悟"が、そこにあった。
「《我が運命は汝と共に在り。汝が力は我が力とならん》」
『巫女』と『守護者』は、常に『霊獣』と共に在る。
契約を果たし、結ばれた魂の縁は、彼らが死するそのときまで続く。
なればこそ、彼女達は一心同体。
その魂はもはや同化し、いずれ死が訪れるまで離れぬ楔にして鎖となる。
謳う、詠う。想いを祈祷詩に変えて、少女は己が心象を謳い続ける。
『霊臨』の発動条件。それは、先に述べたように、【獣宝】そのものが持つ特性と、契約者の心象が合わさった時だ。
この場合、イルの心象とはただ一つ。
あなたを守る、あなたを護りたい。
『守る』――それは、すべての命にある、小さく暖かな祈り。
どのようなカタチであれ、誰もが持つ根源的な祈り。
だからこそ、暖かい光のような、純粋な想いに、ソレは応える。
何故ならばソレは、守護る存在だから。
見守り、護るもの。
それが、イルが契約した【獣宝】の特性。
ゆえに【獣宝】の特性とイルの心象はひとつとなり、ここに詩となってセカイへ謳うのだ。
その魂を。
少女は、謳う。
「《星に刻まれし獣よ。今ぞ此処に帰依し奉る》――――!」
少女は、光の祈りを識った――いいや、思い出した。
ゆえに、ゆりかごのなかで眠る時間はもう終わり。
『光の巫女』は、今より新たに、生まれ出でる。
「――――霊臨――――」
結句が紡がれる。
これより先に現れたるは、一匹の霊獣。
「霊獣降臨――――輝煌招来・光獣麒麟!」
其の名、麒麟。
四方の中央に坐す、輝煌の霊獣である。
雄々しい鬣。金色に輝く一角。穢れ無き純白の毛皮。
神々しいほどの光属性魔力の塊。獣を構成する物質はそれだ。
大型の動物と差して大きさは変わらないのに、なぜか、気圧される。
そこから放たれる覇気が、あまりに、違いすぎる。
『――――――、』
蒼水晶が如き双眸が、小さき者を捉える。
その瞳は少年少女達ではなく――狂人へ。
ソレは、何を思ったのか。
小さく、嘶いた。
「―――――――――ッッッッッッッッ!!!!」
それだけで、カタストラス・ヘプターの背筋をナニカが走り抜けた。
……厭な汗が、肌を伝う。
――まさか、この俺が恐怖しているだと?
あまりに久しすぎる感情と感覚に、理解が追いつかない。だが、彼の無意識がそう感じているというコトには変わりなく――。
「―――――、ハ」
だが、彼はそれでも、嗤った。
その瞬間、彼は、すべてを理解したから。
「くは……ふはははは、ふははははははははッ!!!! そうか、そう来るか。ここで霊獣が覚醒に至るか!
なるほど。理解したぞ、同胞よ。これが、これこそが――この物語における俺の役目ということかッ!! ああ、実に――運命とは、因果なものだッ。くくっ……クハ、ははははは!!! ははははははははははははははははははははは!!!!!!」
――――あぁ、あぁ! ようやくすべてを理解したぞ!!
なぜ俺が『光の巫女』を捕えなければいけなかったのか。
なぜここで、このタイミングで『双星』と邂逅したのか。
その答えはただひとつ。
「――それこそが『アジェンダ』の真の筋書き! 俺にすべてを伝えないコトこそが、物語を進める前提条件!! そして――我が運命の終着点!!
あぁ、それならば納得だ。なぜなら俺がすべてを知っていては、それこそ筋書きが狂うから! 斯様な先入観が生まれてしまっては、俺は俺としての役目を果たせないから!!
そうであるとするならば――その筋書きはつまるところ、『双星の始動』と『霊獣覚醒の礎』といったところか。ふはっ、くはは、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!!」
その哄笑は、狂気に満ちている。
その哄笑は、歓喜に満ちている。
何処までも――――壊れている。
狂人は嗤う。その思考は、決して常人には理解できない。
何故なら彼らは、外れた道を歩く狂信者。既に常人であることを、捨てた者達なのだから。
ただ、天辰の理想を果たすために。
その果てに、理想郷へ至るために。
そのために、彼らはここに存る。
「―――――――、」
吐息が、聞こえた。
その主は、ひとり。
獣の足下に凛として立つ、ひとりの巫女。
少女の様相は、先と異なっていた。浅葱色の着物ではなく、魔力で編まれた、白と紅で構成された神聖さのある巫女服。
それこそが、代々巫女が着る祈祷衣。
……目を、開けた。
視界に入るのは、驚愕に目を見開く少年少女達と、狂気の笑みを浮かべた狂人。
……うん、まだ、怖い。
……まだ、かなしくて、泣きそうになる。
イルはもはや、ただの少女ではない。
『光の巫女』イル・ドゥ=テヴィエス――ここに居るのは『彼女』だ。
記憶はすべて戻っている。
厭な記憶も。
恐怖の記憶も。
だからイルは、悲しくて泣きそうになるのだ。
誰よりも大切だった彼女が傷付いた紅い光景が、眼に焼き付いてしまっているから。
だから怖くて、本当は、逃げ出したい。
……けど、けれど。
記憶は戻ったけど――同時に、『ただのイル』の記憶も、残っているのだ。
彼がくれたぬくもり。彼らがくれたやさしさ。
忘れるわけがない。忘れるつもりなんてない。
ここで過ごして生まれた『イル』は、決して、消えることはない。
それがあったから、イルは、自らの心にあったモノを思い出せた。
前を見る、勇気をもらった。
――シオン・ミルファクがいたから。
イルという少女は、前を向くことができた。
だからこそ、イルは思うのだ。
彼を喪うのは。
彼を、彼女のように喪くすのは。
ぬくもりをくれた彼を喪うのは、もっと、怖いから――。
だから――――。
(イルは……まもりたいって、おもうの)
あなたを守りたい。あなたがイルを守ってくれたように、今度は、イルが。
……ごめんね、シオン。
きっと、あなたはそれでも、後ろに居ろって言うと思うけど……。
いまは、イルのほうが、あなたを守れるだけの力があるから。
いま、あなたをまもることが……ここにいるあたしの、使命だとおもうから。
いまは、いまだけは――あたしに、あなたを、まもらせてください。
「―――、」
すぅ、と。息を吸う。
いま、ここにいるのは『光の巫女』だ。
ならばこそ、少女の態度のままで在ってはならない。
――感覚で理解している。どのように在るべきか。どのような態度で臨むべきか。
ゆえに――名乗れ。
ここから先は、陽だまりではない。
「――霊獣国が『光の巫女』、イル・ドゥ=テヴィエス。
カタストラス・ヘプター。理不尽から、みんなを、守ります」
第13話『■■■■ -?-』
第13話『霊獣覚醒 -Awaken : ILu du = Tevies.-』
光の巫女は、ここに覚醒を果たす。




