Interlude_Ⅲ『紅いゆめ、始まりの前 -To the beginning-』
その日も、なんてことの無い一日だった。
いや……正確に言えば『何かあった後』の日だった、のだけれど。
「………」
辺りはすっかり夜になった時刻。イルはひとり、いつもの場所――イルとフィエナがお気に入りの場所――で、星空を眺めていた。しかし、その顔は憂いを帯びていた。よく見れば、目の端は腫れており、少し赤くなっていた。
じわり。再び、イルの眦に、透明の雫が浮かび上がる。それに気付いたイルはぐしぐしと、拭った。
……息を、吐く。深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
けど、それにあまり意味は無くて、イルの目には再び、雫が浮かんでいた。
――先代巫女の急死。イルが泣いているのは、それが理由だった。
元々、疾患を持っていた先代巫女は、イルが【獣宝】に選定された時点で、余命は残り少なかったという。ゆえにコレは、ある意味当然のコトであった。しかし、そうだと判っていても、割り切れないのが人間というもの。
その訃報は、国中に大きなショックを与えた。
もちろん――イルにも。
幼いイルに代わり、事実上、国のトップであった先代巫女。そんな彼女が死した今、正式な意味で、イルは『光の巫女』となった。
霊獣国テヴィエスの、頂点に立ったのだ。
――――だけどイルは、未だ【獣宝】と契約を交わせないでいた。
今日に至るまで、何もしてこなかったワケじゃない。
【獣宝】の力を行使するため、イルは毎日、修練や祈祷を重ねていた。
様々なことをした。いろいろなことを、片っ端から試した。
毎日。
毎日。
何度も、何度も。
イルは――――ずっと、努力していたのだ。
その期待に、応えるため。
焦りで逸る心を、抑えつけながら。
けれど、その努力が結実するコトはなく、イルは変わらず、周囲の人間から『才無き光の巫女』という烙印を押されていた。
イルが【獣宝】を扱えないこと。それに対し、彼女を善くない眼で視る人間は、何人もいた。
嫌な目が。
厭な目が。
悪な目が。
ずっと、イルを、視ていた。
無言の重圧。
視線の糾弾。
ソレらがずっと――イルが【獣宝】に選定された、あの日から、ずっと付きまとっていた。
「―――、っ」
……フィエナの言葉が、脳の中で、想起される。
―――『この国を守護する者としての覚悟。
この国の頂点に立つ者としての覚悟。
この国に住まう民を導く者としての覚悟。
それを背負う決意を、あなたは持たねばなりません』―――
覚悟を、決意を持て、と。あのひとは言った。
その時は、訪れてしまったのだけど。
――イルは、ソレを持つこともできない。
持とうとしている。背負おうとしている。
だから、頑張っているのだ。
あの、視線で、見られたくないから。
イルは、努力いている。
……行き場の無い焦燥が、イルの心を駆け巡る。
期待に応えなければ、いけないのだ。
幼いとか、そんなのは関係無い。
だって、イルは……『光の巫女』だから。
――――それでも、つい、思ってしまう。
「……どうして、イルが、えらばれちゃったんだろう」
なぜ、自分が選ばれてしまったのか。
使い手が【獣宝】を選ぶのではなく、【獣宝】が使い手を選ぶと、継承する際に先代巫女からそう聞いた。
だったら……なんで【獣宝】はイルを選んだのだろう。
「ねぇ、あなたは……どうして、イルをえらんだの?」
そう、自らの腕に着けている金色の腕輪に、尋ねる。もちろん、返事はない。沈黙だけが、そこに在った。
「……かえろ」
虚しい気持ちのまま、イルは立ち上がろうとする。そろそろ戻らないと、フィエナが心配してしまう。
そう思い、立ち上がった瞬間――――。
「――――貴様が『光の巫女』か」
地の底から響くような声が、イルの耳に届いた。
「え……?」
そこには、二人の男がいた。
蒼い髪の、長身の男。緑髪の、少年の雰囲気を残した青年。
白い祭服と黒のストールを身に纏った彼らは、形容するなら――
「神父、さま……?」
神父。テヴィエスにはいない存在だが、そういうモノが外国にあると、知識としてイルは知っていた。
ならば、このひとたちは、外国の人なのだろうか。
「神父、か。まぁ、間違ってはいないな。存外、知識はあるらしい。なぁ――『光の巫女』イル・ドゥ=テヴィエス」
「あなた、だれ……? どうして、イルのなまえ、しってるの……?」
「名など、覚えなくていい。どうせ貴様はこれから――」
蒼髪の男がそう告げるや否や、イルに近づき、距離を縮めてくる。
「――俺達の手に、落ちるのだからな」
そして、鋭い視線と共に、そう言い放った。
「ひっ……!」
刹那、恐怖という感情がイルの中を走る。即座に逃げようとするが、まるで縫い付けられたかのように、体が動かない。
「ゃ、ぁ………」
「わーお、怯えてる怯えてる。怖いねぇ、だいじょうぶ?」
蒼髪の男の後ろに控えていた少年が、笑いながら、からかうようにイルに言葉をかける。いや、事実からかっているのだろう。なぜなら少年の言葉からは、他者を思い遣るという気持ちが一切感じられなかったからだ。
まるで、玩具で遊んでいるかのように――少年は、イルを見て嗤っていた。
距離が、縮まる。
手を伸ばせば、届く距離。
イルは、動けない。
(………………たす、けて―――――)
事態をちっとも把握できないまま、男の手がイルに伸びようとした、その時。
「―――【火之精・火花繚乱】ッ!」
バチバチッ!と、男の目の前で火花が散った。
突然の出来事に、イルは面食らう。何が起きたのか判らないまま呆然としてると、不意に誰かに抱きかかえられた。
「え――?」
「イル、大丈夫!?」
慌てた声で、イルの安否を確かめる誰か。
「フィエ、ナ?」
「あぁ、良かった……っ!」
イルを助けた人物――それは、彼女の家族同然の存在であり、そして『炎の守護者』であるフィエナだった。
「どうして、ここに……」
「あんまり遅いから心配して迎えにきたの……でも、よかった。そのおかげで、あなたを救えた」
そう、フィエナは告げ、イルを下ろす。そして。眦を決して、蒼髪の男へ視線を向ける。フィエナの攻撃を喰らった男はたたらを踏んでいたが、すぐに体勢を整えると、同じようにフィエナへ視線を向けた。
衝突する視線。先に口を開いたのは、フィエナの方だった。
「……貴様、何者だ」
「天辰理想教が七星司教、《揺光の星》カタストラス・ヘプター。そういう貴様は『炎の守護者』フィエナクス・ヴィオレだな」
「……私の名前まで知ってるのね。――……いえ、待って。天辰理想教ですって――? それは確か、シーべールの……」
「ほう、よく知っているな」
男――カタストラス・ヘプターは嗤う。青年は興味が無いのか、暢気に欠伸している。
「……いや、それはおかしいわ。だって、天辰理想教は既に壊滅したハズ――」
「その認識は合ってはいるが、誤りだな。確かに、組織としての我々は壊滅した。だが――その意志は、潰えてはいない」
「……どういうこと、かしら?」
「簡潔に言えば――天辰理想教はまだ、この世界に存るということだ」
瞬間――カタストラスから、放たれる厭な覇気。
鋭く、そして明確な敵意を持ったソレは、イルはもちろん、フィエナですら一瞬気圧されるほどのものだった。
その覇気が持つ性質はただ一つ。
すなわち『殺意』――"眼前に居る貴様を殺す"という意志の現れであった。
「ッ! ――イル様、お逃げくださいッ! はやくッ!」
フィエナが叫ぶ。口調は敬語に。つまりそれは『家族』としてのフィエナクス・ヴィオレではなく、『炎の守護者』としての彼女の言葉というコトで――。
「『炎の守護者』……その身が持つ神宝は【焔天の獣宝】、だったか。ソレを使われては厄介なのでな。ゆえに、使われる前に――――殺す」
そう、カタストラスが告げた次の瞬間。
動く影が、ひとつ。
カタストラスの詠唱が耳に届く。それは、間違いなく、イル達を攻撃するためのモノ。
イルは動けない。フィエナは動く。
動いて――フィエナは、イルを守ろうと、彼女の前に立つ。
だが――ほんの少しだけ。僅かに、遅い。
「~~~~っ!」
迫ってくる彼が怖くてつい、イルはしゃがみ、瞼を閉じる。
暗転する、視界。
―――――シュバァンッ!
何か、大きな音。
――――――ぐちゃっ。
何か、潰れる音。
ソレがなんなのか、気になったから。
イルは……目を、開けた。
「――――――――――、あ」
鮮血が、迸っていた。
あの細い体のどこに、それだけの量があるのかというくらい、溢れ出る。
……孔が、空いていた。
フィエナの、お腹に、ぽっかりと。
「ぁ……う、ぇ………?」
「がっ……ご、ぁ…づぅ……ぐはっ―――………」
どばどば。
びちゃびちゃ。
口からも、お腹からも。
吐血。出血。零れていくあかいみず。
―――赤くて、紅い。
彼女の瞳のようなソレは。
とても、きれいないろだった。
「ぇう……ひ、ぁ……………ぁ、や……………」
声にならない声が、喉の奥から漏れ出る。
みっともないくらい、体はガクガク震えて。
体の水分を使い切るかもってくらい、涙がぼろぼろ流れていく。
「…………………イ、ル……………にげ、て……………」
最愛のひとの声が、聞こえる。
『逃げて』――そう、告げている。
「ぃ、や……ふぃえ、な………」
「――大丈夫。私は、大丈夫だから」
口から、穴から、血を流しながら、フィエナは優しくイルの頭を撫でる。
その掌の温もりは、いつもと変わらなくて。
だからこそ、イルの両目からは更に雫がこぼれ落ちていく。
「いや、いやだ……だって、フィエナ。ち、血が……たくさん、こんなに……あふれて……っ」
「……これくらい、何ともないわ。ええ、本当よ?」
「でも……っ、」
「イル」
イルの言葉を遮るように、フィエナが、彼女の名を呼ぶ。そして、口を開く。
――やさしく頭を撫でながら。
――穏やかな笑みを浮かべて。
「お姉ちゃんを、信じて?」
敬語じゃないその言葉は、家族としてのモノだと、イルは理解できたから。
「~~~~~~~~~~~、ッ!!!!」
イルは、駆けだした。昏い闇の中へと。
その後ろ姿が見えなくなるのを見届けたあと、フィエナはゆっくり、立ち上がった。
「――待たせたわね。さぁ、始めましょうか」
その声音と表情に、先ほどのような苦悶の色は見受けられない。不審に思ったカタストラスは、フィエナの体を注視する。そして、気付いた。
「……貴様、ソレは」
じゅぅううう……と、湯気と音を立てながら、フィエナの体に空いた孔が塞がっていく。
それは、ひどく奇妙で異常な光景だった。刹那的な超回復。如何なる業によってか、真実は判らないが、間違いなく人知を超越した力だろう。
すなわち、ソレこそが――
「【獣宝】の力、というワケか」
「……『炎の守護者』の特性――とだけ、答えておくわ」
そうやって、会話している内に、フィエナの傷は完全に治っていた。
「……なるほど、理解した。だが、そうであったとしても問題は無いし、すべきことに変わりは無い。ゆえに、退けよ女。死にたくなければな」
「――抜かせ。イルに手を出してみろ。私の命に代えてでも、貴様を殺す」
「威勢の良さは実力には含まれんぞ」
一触即発の空気が、場を支配する。
どちらかが動けば、それだけで戦いが始まる。
しかし、その前に――フィエナは、ひとつの疑問を解消すべく、問いを投げた。
カタストラスではない男――テイルム・ヘクサへと。
「そちらのもう一人は、戦わないのかしら?」
「ん? あ、ぼくのコトは気にしなくていいよ。好き勝手二人で殺しあってくれれば。ぼくは見てるだけでいいし」
陽気な声だった。決して、今の状況においては相応しくないもの。
「なぜ、かしら?」
「だってぇ、二対一とか。勝ちが見えてる勝負とかつまらないじゃん。それじゃあ面白くないでしょぉ? ぼくはいつだって面白いと思う方を選ぶし、行動する。そういう人間だからね」
その言葉を、その思考を、フィエナは理解できなかった。
なぜならばソレは、常人ではありえない思考回路であり――それゆえに、フィエナは理解することはできない。
「……やはり、狂人ということかしら。天辰理想教たちは」
「さぁな。まぁ、奴は我々の中でも取り分け異常しいとだけ言っておこう。……もういいか? あまり無駄なことはしたくないんだ。早急に貴様を片付けて光の巫女を捕らえに行きたい」
「……いいえ、最後にもうひとつ聞きたい。どうして、イルを狙う?」
「どうして貴様に言わねばならない?」
「いいじゃんカタリー。教えてあげようよ。どうせ殺すんでしょ? だったら死人に口なしになるわけだから、問題は無いよ。うん、そうしよう。たったいま、ぼくが決めた。
そういうワケでお姉さん。ぼくが教えてあげるよ。あの子を捕まえる理由はね――『アジェンダ』に、そう記されていたらしいからなんだ」
「『アジェンダ』………?」
「『アジェンダ』ってのはね、要は筋書きさ。ぼくたちが理想郷を完成させるためのすべてが記された、その名の通り計画書ってわけ。もっとも、その本体を持ってるのはディスペラドゥムに捕まってるぼくたちの親玉で、ぼくたちは『彼』の言葉に従って行動しているに過ぎない。ま、問題とか無いからいいんだけどね」
捲し立てるように、ぺらぺら喋るテイルム。
彼が言っていることは、たぶん――いや、きっと。彼らにとってすごく大事で重要なことで。
自分はいま、狂気に包まれた天辰理想教の真相。その一端に触れていると、自覚できたから。
「―――――、ッ」
死ぬわけにはいかないと、覚悟を決めた。
なぜ、壊滅したはずの天辰理想教がいるのか。アジェンダとは、それを持つ『彼』とは何か――そういう疑問はすべて、思考の隅へと追いやった。
想うのはただひとつ。
イル――フィエナにとって何よりも大切な、家族。
「さて、とりあえず言うのはこれでいいとして――準備はできた、カタリー?」
「上出来だ」
だから、死ぬわけには、いかな―――――――
「……………ぃ?」
変な声が、喉から出た。
何か、体から、外れたような。
……視線を、右腕へ移した。
虚空だけが、そこにあった。
「――づぅッ、あ、ァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
理解に脳が追いついた瞬間、激痛が走る。
同時に、またもや大量の出血に襲われる。
――何をされた? いや、何をされたのかは理解る。あの蒼髪の男……カタストラスが魔術を用いて、フィエナの右腕を切断したのだ。
右腕――そう、【焔天の獣宝】を身に付けた腕を。
「――【影腕束縛】」
カタストラスが次なる魔術を発動させる。顕れる幾本の影の腕。それはフィエナに近付くやいなや、彼女を拘束し、動けなくする。
そして、フィエナは完全に身動きが取れなくなった。
「きひ―――ヒ、うひひヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハひゃひゃ!!!! ひひひっははははははははははははははははははははははははは!!! あーおもしろ」
その時、テイルムが哄笑を上げた。
それはまるで、悪戯が成功した子供のように。
ただ、邪悪に満ちた嗤みを浮かべている。
「あな、た……さっき、見ているだけ、だと……ッ!」
「あぁゴメン、それウソ。お姉さん、敵の言葉を信じるなんて人が善いねぇえええええ………。どぉしてぼくが嘘を吐いてるって思わなかったんだい? そんなんじゃすぐこうなるのは当たり前だろォ? 甘ちゃんだなァ。ばっっかみたい。きひひっ」
「な、―――」
愕然とする。そして、自分自身を恥じる。
テイルムの言っているコトに間違いはない。敵の言葉を信じ、戦うべきはカタストラスだけだと思ったフィエナの失態が、この状況を招いている。
たとえ、自らに戦う力がどれだけあっても――不意打ちには勝てない。
悔しさと慢心ゆえの自己嫌悪、そして眼前の男達への敵意が、フィエナの中で渦巻く。
「~~~っ、そう! その顔だよ! その表情が見たかった!! あァ、最高だ、最ッ高にゾクゾクするねぇ!!」
それが、表に出ていたのか。テイルムはフィエナの表情を見た瞬間、歓喜の声を上げた。
「なに、を」
「言ったでしょお? ぼくはァ、いつだって面白いと思う方を選ぶし、行動する。だから、二人でいたぶるより、不意を突かれて地に伏したお姉さんの表情を見る方を選んだ。それだけの話でしょ? ほら簡単」
「――――、」
……これで、何度目だろうか。同じ感情を、同じ相手に抱くのは。
アレは、狂っている。どうしようもなく、救いようが無いくらい。
人を貶めることに躊躇が無い。人を傷付け殺めることに躊躇が無い。
理解できない。理解の許容を超えた存在。
「この、狂人が……!」
「狂人上等。卑怯上等。それで面白いモノが見れるならね」
されど……それが、それこそが、天辰理想教。
狂人達の集団。かつて魔導国シーべールを震撼させた者達なのだと。
遅まきながら、フィエナは理解した。
「あー満足。じゃ、あとはよろ、カタリー」
「最後までやらんのか」
「えぇー。だって汚れるじゃん。ぼくはヤダよ」
「……よく言う。まぁいい。ならば俺がやろう」
交代するように、カタストラスがフィエナに近付く。
……一歩一歩、近付く足音。
それは、処刑までのカウントダウンのようだった。
「――気分はどうだ? 守護者としての役目を果たせないのは。俺には計り知れないほどの感情が、そこにはあるのだろう」
どこか、フィエナを案じたような声音だった。いや、きっとそれは気のせいで、この男も狂人のひとりであることには変わりない。
ただ――ほんの少し、何か、違和感があった。
「………ええ、そうね。悔しくって、情けなくって、死んでしまいたいくらい」
「だが、そう簡単には死ねないのだろう? 【焔天の獣宝】と契約している貴様は」
「……いま私が、さっきあなたに仕掛けたような攻撃をする可能性だってあるのよ?」
「それは不可能だろう。魔術師でない貴様が異能を行使するには、何かを媒介しなければならない。そして現状、その手段を可能とするのは、世界に存在する四種の神宝のみであり――いま、貴様は【焔天の獣宝】がその手にない。
……悲しいかな。たとえ【獣宝】の使い手であろうとも、それすら使えなければ何もできないというのはな」
「………そうだとして、あなたはどうするのかしら? 私を拘束したまま、あなたはイルを追うつもり?」
「その問いの答えは、半分正解で、半分誤りだ。
――真の意味で、貴様を動けなくしてから、巫女を追う。これが答えだ」
そう、カタストラスが告げた瞬間。
再び、激痛が走った。
「が……ぁ、っ」
悲鳴は上げない。必死に堪える。痛みの源へ視線を向ければ、左足の膝より下が切り離されていた。
霞む視界の中、フィエナはカタストラスの姿を捉える。そして、問う。
感じた疑問に、答えを与えるため。
「あなたは……あそこの彼と比べて、狂しくないように見える。だから、聞くわ。
どうして……あなたは、そこにいるの?」
「知れたこと。
世界救済の理想郷――そこへ行くためだ」
曇りなく、迷いなく、カタストラス・ヘプターはそう答える。
あぁ、だったら、やっぱり。
「あなたも……狂っているのね」
「だとしても、俺がすべきことに変わりない」
けれど、その狂い方は、テイルム・ヘクサとは違って。
カタストラス・ヘプターは―――正しいまま、狂っているだけだった。
「―――――、」
……目を、閉じた。
もう己には、どうするコトもできないから。
(………イル)
想うのは、ひとりの少女。
『守護者』として仕えるべき巫女であり、
誰よりも愛し、何よりも守りたいと願った『家族』。
(………ごめんなさい。でも、どうか、あなただけは……)
――生きて、と。
最後まで、イルのことを思いながら、
「――【穿斬・高圧水流】――」
フィエナクス・ヴィオレの意識は、途絶えた。
* * *
「――【穿斬・高圧水流】――」
発動させる禁忌魔術。
それを以て、カタストラスはフィエナを攻撃す。
――腕を斬った。
――骨を断った。
――腹を貫いた。
「……………………」
物言わぬ骸が、ひとつ、ころがっている。
ソレは、ぴくぴくと、打ち上げられた魚のように痙攣している。
ああ、ならば――骸では、ないのか。
こんな状態でも、生きているのならば。
どちらでも、いいが。
「………おぞましくあり、哀しいモノだな。そう簡単に死ねないというのは。貴様は先ほど、俺を狂人だと言ったが――果たして、人で無いのはどちらなのだろうな。
さて、どちらにせよ問題は無かろう。これで貴様は、何もできないのだからな。虫のようにそこで這っているといい。
――さらばだ、フィエナクス・ヴィオレ。その名前は、俺の心に刻んでおこう。貴様もまた、理想郷のための犠牲であったのだから」
そうして、二人の狂人はこの場を後にする。
残されたのは、ひとりの女性。
追われるのは、ひとりの少女。
――かくして、物語は、始まりへと至る。




