表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Wizard of Diaster  作者: 巡
第二章 霊獣覚醒
36/47

Interlude_Ⅱ『大切なぬくもり -Prayer-』


 ――立ち向かう少年の姿を見て、イルの心はざわついていた。



「し、おん………」


 名前を呼ぶ。彼の名を。

 彼は、戦っている。

 きっと、怖いはずなのに。きっと、怯えているはずなのに。


 それでも――彼は、立ち上がって、立ち向かっている。


 自分を助けてくれた彼は。

 自分を守ろうとしている。


 ……思えば、彼は、出逢った時からそうだった。


 初めて出逢った時。記憶がなくて取り乱していたイルに対し、シオンは優しく、接してくれた。

 そこから先だってそう。


 あのひとは、暖かい日常をくれた。

 大切なぬくもりを、与えてくれた。


 ずっと、ずっと――あのひとは。

 守ろうと、してくれていた。


 そこには、純粋な……混じりけの無い、祈りがあった。

 それは、いまだって、感じている。

 だから――――。



「っ……う、あ……ぁ……ひっく………」



 痛い(・・)痛いのだ(・・・・)

 自分のせいで、傷付いている彼の姿を見るのが。


 きっと、あの男の狙いは自分で。

 だから、結局のところ――彼が、傷付いているのは、自分のせいで。


 涙が溢れる。痛い、いたい。


 本当は、いまだって怖い。

 あの男から感じられる覇気が、心に刻まれた恐怖が、イルを縛り付ける。

 忘却の彼方から、恐怖の感情だけが、蘇る。

 だから怖くて、動けなくて。


「いや………いやぁ………っ」


 けれど――シオンを喪うのは、もっと怖かった。

 シオンは勇猛果敢に立ち向かっている。その勇気は、決して馬鹿にはできない、称えるべきモノ。

 けど、イルですら理解している。


 シオン・ミルファクでは、カタストラス・ヘプターに敵わない。


 それが、わかっているから――。



「―――、」



 ……熱い(・・)


 手首が、熱い。


 いったい、なんで熱いのだろう――そう思い、視線を向ければ、そこには。


「うで、わ……?」


 腕に嵌めた金色の腕輪が、淡く、光を放っていた。

 熱の発生源は、そこからだ。


 まるで、何かを語りかけるように――呼びかけるように。

 その腕輪は、脈打つ光を放っていた。


(あなたは――――なに?)


 そう、呼びかけてみる。

 すると――





 ――――ワタシは、"祈り"に応えるモノ。





 そう、答える声があった。


(いの……り?)




 ――――然り。しかしあなたは未だ、それを識らない……いいえ、忘れている。


 ――――ゆえに問いましょう。あなたは……無意識の彼方に仕舞われたモノを、取り出す覚悟があるのかと。




 投げかけられた問い。その真意を、イルはハッキリと理解することはできなくて。

 けど、いまの彼女にとって重要なのはそこじゃなかった。


 大事なのは、ひとつ。


(そうすれば……シオンを、たすけられる?)




 ――――それもすべて、あなた次第です、イル。




 そう告げた声が、イルの後押しとなった。


(――だったら、イルは行くよ)


 こくり、と。その声の問いに、肯定した。


 ……意識が、遠のいていく。


 イルを案じるシアたちの声が、耳に届く。


 嵌めた腕輪が、熱い。


 けど、イルは決めたのだ。

 たとえ、何があったとしても……

 イルは、選んだから。



 そうして――無意識の彼方に仕舞われたモノ。

 イル・ドゥ=テヴィエスという少女の、記憶の再生が――始まる。




 * * *




 ――――美しく、静謐に包まれた夜だった。


 ソラには輝く無数の星々。地には咲き誇る花々。

 風が吹き、木々が木霊する音が、耳朶に響く。


 自然に満たされた場所。そこに、一人の少女と、一人の女性が、座っていた。



「イル様、あなたは上に立つ者として在らねばなりません」



 優しく告げられた声を、少女――イルは黙って聞いていた。


 ――その女性は、とても綺麗だった。

 光沢のある黒い髪に、紅宝石ルビーのように赤い瞳。容姿端麗という言葉を当てはめるに相応しい。そんな女性だった。


「あなたはまだ幼い。しかし、その身に背負うモノはあまりにも大きい。だからこそ、あなたは『覚悟』を決めねばならないのです」

「かく、ご……?」

「はい。

 この国を守護する者としての覚悟。

 この国の頂点に立つ者としての覚悟。

 この国に住まう民を導く者としての覚悟。

 それを背負う決意を、あなたは持たねばなりません」

「どうして……?」

「――それが『光の巫女』たる、あなたの運命であり使命だからです」


 運命。使命。

 よくわからないことばだ。


「あなたは【獣宝じゅうほう】に選ばれた存在。その時点で、あなたが巫女となる運命は確定した」

「――――、」


 腕を見る。そこには金色で彩られた腕輪があった。

 黄金、金色こんじき円環。きらきらと光が反射して輝くそれを、とても綺麗だと、イルは感じた。腕輪には何か文字が刻まれてあったけれど、イルには理解することはできなかった。目の前にいる彼女にも聞いたけど、彼女にも判らないらしい。


「あなたが着けておられる腕輪。そして、私の腕にも在るモノ。ソレこそが、この国に古くより伝わる神宝しんほう――【獣宝じゅうほう】です」


【獣宝】。この国(テヴィエス)において『光の巫女』とその『守護者』が持つもの。

【獣宝】によって選出された者達は、有無を言わさずこの身分へ就任する。


 ――たとえ、齢とおの幼い少女であったとしても。



「……私が『炎の守護者』となって数年が経ちます。今までは先代巫女様に仕え、そしてこれからは、あなたに仕えます」

「……フィエナが、イルにつかえる、の?」

「ええ。――……これからは、ただの『家族』じゃ無くなるの」



 不意に、彼女――フィエナクス・ヴィオレの口調が、変わる。


 それは、際限の無い親しみを込めたモノ。

 ひとつ一つの言葉から伝わる、親愛の情。


『守護者』としてのものではなく、ひとりの『家族』として告げる言葉。



「あなたは巫女で、私は守護者。これからは、そういう関係が、私達の間に生まれるの」



 そう言ってフィエナは――優しく、微笑んだ。






 ――フィエナクス・ヴィオレとイル・ドゥ=テヴィエスは、同じ孤児院――『ヴィオレ孤児院』という――の出身であった。


 彼女達二人の絆は、何千という時間の集積でつくられたモノだった。

 それこそ、フィエナが、イルを赤子の頃から面倒を見ていた頃から、彼女達は共にあった。


 ゆえに、彼女達の絆は深く、消えないモノであった。

 年も離れている彼女達だったが、そんなことなど一切気にせず、共に日々を過ごしていた。



 それは、さながら姉妹のように。

 それは確かに、家族そのもので。



 血の繋がりなんか関係ない。

 互いが互いを、大切に想っていた。

 目に入れても痛くないと、そう思えるほどに。


 フィエナが『炎の守護者』に選出されてからも、それは変わらなかった。

 イルは幼く、ゆえにフィエナが就任した役目が何なのか、よく判っていなかったけれど――それでも、彼女を応援した。

 だって、家族だから。

 理由なんて、それで充分だった。



 

 そして――月日は流れ、現在。

 イルもまた、運命により、フィエナと同じ……いや、それより上の存在となった。


 すなわち、『光の巫女』。

 霊獣国テヴィエスにおける、最高存在である。


 そのため、イルの姓は『ヴィオレ』から『テヴィエス』に変わってしまったけど……そんな些細なことで、彼女達の絆は揺るがなかった。


 だが――イルがその役目に就任するにあたり、生じた問題が幾つかあった。


 ひとつは、彼女が幼すぎるということ。

 イルの年齢はまだ十歳だ。国の頂点に立つというには、あまりにも重いし、大きい。しかしこの問題は、まだどうにかなった。先代巫女が健在である内は、彼女に任せればいいからだ。イルが成長するまでは――【獣宝】や立場はイルのままで――先代が事実上の巫女として在る。そういう妥協と打開案が、テヴィエスの最高議会で出され、可決された。イルも、反対はしなかった。


 けれど、もう一つの問題が、どうにも出来なかった。

 なぜならソレは、周りの人間は手を出せず、イル自身にしか解決できないコトだったからだ。



「大丈夫よ、イル。【獣宝】はあなたの手にあるけれど、先代様は未だご健在。……先代様も、あなたのことを応援してらっしゃるわ。可能な限り、力になるとも。から、焦らなくてもいい。ゆっくり、【獣宝】のコトを理解していきましょう?」

「…………うん」


 そう――現『光の巫女』であるイルは【獣宝】の力を行使することができなかった。



「【獣宝】と契約を交わすことで、『巫女』であるイルと、私達『守護者』は【獣宝】の力の行使……そして、【獣宝】の真の力である、『霊臨れいりん』という権能を行使することができる。けど、逆に言えば……契約を交わせなければ、『霊臨』はおろか、【獣宝】の力すら使うことはできない」



 否。正確に言えば――【獣宝】との"契約"を交わせないでいたのだ。


 通常、【獣宝】を継承した者は、まず初めに【獣宝】と契約を交わす。

 その契約を交わすことで初めて、『巫女』ならびに『守護者』は【獣宝】の力を――そして、『霊臨』を行使することができるのだ。


 それはフィエナもかつて通った道だった。

 しかし、イルはその契約を果たせないままでいた。


 その理由が【獣宝】に在るのか、あるいはイル自身にあるのか――未だ判らないまま。


 ……焦らなくていいと、フィエナは言う。他の三人の守護者も、先代様も、そう言ってくれた。




 けど――だからといって、周りの人間のすべてが、ソレを赦してくれるわけではなかった。




 自分がどう思われているのか、そのすべてを理解しているわけじゃない。

 ただ、善く思われていないことだけは、理解していた。


『才無き光の巫女』――未だ【獣宝じゅうほう】の力を行使できないイルは、周囲の人間から辛辣な評価を受けていた。




 ――先代巫女の方がよほど良かった。


 ――【獣宝】はなぜ彼女を選んだのか。


 ――【獣宝】を扱えぬ彼女にこの国を任せられない。




 いろんな声が、耳に、届いた。

 まだ、幼い身ではあるけれど、


 "自分が悪い"ということだけは、理解できた。

 "自分に才能がない"ということも、理解できた。


 だから、焦らなくていいと言われても。

 この心は、焦燥感に駆られていた。


「っ……ごめんなさい、イル」

「……? どうして、フィエナがあやまるの?」


 だって、悪いのは獣宝コレを使えないイルであって、決してフィエナは悪くない。

 なのに、フィエナは……大事な、イルの家族が、涙を流しながら、謝っている。


「……判っているの。私達があなたに期待を押しつけていることを。一部の人間が、あなたを快く思っていないことも理解している。あまりにも無責任で、身勝手で。なのに――ええ、どうしてでしょうね。私達は、それでも……淡い期待を、捨てきることができない」


 その呟きは、自己嫌悪に満ちていた。


 ……フィエナの言葉に、嘘はない。


 焦らなくていいと、彼女は告げる一方、心の何処かで、フィエナはイルに期待していたのだ。

 どうやっても、捨てきれない期待モノ

 背反する感情。それを、自覚できるからこそ、フィエナは泣きながらイルに謝る。



「……フィエナ、泣かない、で? イル、フィエナが泣いてると、かなしい」



 ――だけど、イルは、彼女の涙なんて、見たくなかった。


 悪いのは自分であって、だからこそ、フィエナに泣いて欲しくなどなかった。


 自分が頑張ればいい。

 自分が、みんなの期待に応えればいい。


 ただ、それだけの話。




 ――――だってイルは、『光の巫女』だから。




「イル……あなたは本当に、やさしい子ね」


 ぎゅっ、と。フィエナが、イルを抱きしめる。

 とても、あたたかい。



「約束よ。絶対に、何があっても、私があなたを守る。

 お姉ちゃんですもの。――それに、あなたを守ることこそが「炎の守護者」たる私の、役目ですから」


「……んっ。よくわかんないけど、わかった!」

「ふふっ、こーら。わかったフリしないの」



 苦笑しながら、フィエナは優しく、イルの頭を撫でる。

 思わず、イルは目を細める。



 フィエナのが暖かくて、心地よくて。

 そのぬくもりが、大好きだったから。



 イルは、告げるのだ。



「フィエナ、だいすき……」

「ええ……私もよ、イル」



 大好きなひと。大好きな家族。

 それだけは、きっと、何があっても――変わらないモノだから。





 * * *





 ――――あぁ。その時までは、理解わかっていたのだ。



 優しさの根底にあるモノ。暖かな祈り。



 それは――確か、■■■■という気持ちで。



 識っている。識っていたはずなのに。


 何か、別のモノが、その心を塗りつぶした。

 何か、別のモノが、その祈りを覆い隠した。



 

 ―――だから、思い出せないのだ。

    識っていたはずの、ソレを。




 ……ゆめが、霞んでいく。


 ■■■■という気持ちが確かにあって、

 ■■■という決意を未だ固めきれなかったあの頃の、記憶ゆめが。


 とおい彼方へ、消えていく。


 そして―――――。


 光の巫女(イル)運命ものがたり――その始まりの記憶ゆめが、再生はじまる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

WoD本編の設定資料集です
『Wizard of Diaster : Material』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ