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Wizard of Diaster  作者: 巡
第二章 霊獣覚醒
35/47

第11話『それでも■■■■■■■■ -?-』


 宣誓の後、ロートは動く。

 もはや迷いはない。恐怖はあれど、それすらも抑えつけてロート・ニヴェウスは疾走する。

 そんなロートの姿を視界に映しながら――テイルム・ヘクサは嗤い、迎え撃つ。


「キヒッ、ヒハハハハッ!! あァ、キミみたいなのをきっと『馬鹿』っていうんだろうねぇ!」

「馬鹿で結構――愚者でもなきゃ、テメェみたいな奴から守りたいモン守れねぇから――なッ!」


 煽り言葉に負けじと返答しながら、ロートは魔術を顕現させる。


「【氷槍アイスティリア】ッ!」


超速攻詠唱ハイ・クイックスペル》――ロートだけが持つ固有詠唱を以て、絶え間なく発動させていく。

 ロートの《超速攻詠唱ハイ・クイックスペル》は、一見すれば完成度が高く、どんな魔術でも応用が利く詠唱法に見えるが、その実、この詠唱法にはひとつ欠陥がある。


 それは、ロートが得意とする属性――氷属性グライスの魔術でしか、これを用いての魔術行使ができないという点だ。


 しかし、ある意味当然のこととも言えた。

 魔力操作が肝要となる《速攻詠唱クイックスペル》を、さらに突き詰めた《超速攻詠唱ハイ・クイックスペル》は、操作を誤れば通常以上の暴発の危険性を孕んでいるモノだ。それこそ、一歩間違えば魔術師生命に関わるほどの。


 ゆえにロートは、己が得意属性である氷属性でしか《超速攻詠唱ハイ・クイックスペル》を用いない。 氷属性ならば、安定して《超速攻詠唱ハイ・クイックスペル》を行使できると、長年の修行で判明し、身に付けたからだ。

 ならばこそ――ロート・ニヴェウスは、氷属性魔術に限り、神速の顕現を体現する。


「オイオイ、さっきの焼き回しかァいッ!?」


 一気に顕現した三十の氷槍。それを、テイルムは難なく融かす。

 氷槍が火属性魔術によって融かされたことにより、水蒸気が立ちこめる。


 ――加速。その水蒸気に紛れるように、ロートはテイルムへ近付く。


 刹那のうちに、ロートはテイルムの目前まで迫っていた。


「よぉ、至近距離でこんにちは。とりあえずぶっ飛べ」

「――ッ!?」


 そして――拳を振りかぶり、ロートは思い切りテイルムを殴った。

 遠慮の無い全力の殴撃。拳に伝わる固い感触が、先の攻撃が通ったことを証明していた。

 情けなくぶっ飛ぶテイルム。地に叩きつけられるように殴られた彼は、そのまま数メートルを転がる。


 訪れる静寂。糸が切れた人形のように、その場に寝転がっているだけのテイルムだったが――やがて、急に息を吹き返したかの如く、ガバッと起き上がる。



「ハ、は。アハ、アハハは。アハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハ!!!!! 痛いッ、イタイ! いたい!!! 痛いなぁアアアアアアもぉおおおおおおおおおおお!!!! あはひひははははは!!!!」



 高らかに、テイルムは嗤う。

 ロートの攻撃が、嬉しくてたまらないとでも言うかのように――否。

 まるで、新しい玩具オモチャを買ってもらった幼子のように、テイルムは歓喜の哄笑を上げている。


「アハァ――最高だよ、もっと、もっとだ。まだやれるだろう? もっと、ぼくを面白くさせてくれ」

「……被虐趣味かよ」

「きひっ、違うねぇ。ぼくは、ぼくが面白ければ(・・・・・・・・)なんでもいいんだ(・・・・・・・・)。そのためだったらぼく自身が傷を負おうが関係無い。面白いモノが見れれば、面白いモノが得られれば――ぼくは、それでいい」


 ロートに殴られた頬をさすりながら、テイルムは告げる。

 ニタリ……と、嗤いながら。


「さぁッ、続きをしようじゃないかッ!」


 狂人は、狂ったまま動き続ける。


「――――………、」


 思考を張り巡らせる。


 ――どうする? この狂人に会心の一手を与えるには、どうすればいい?


 考えろ、考えろ――どうすればこの男を出し抜ける?

 そうやって、ロートが策を思案していた、その時だった。




 ごーん――……ごーん――……




 鐘の音が、ロートの耳に届いた。

 反射的に、時計塔へ目を向ける。針が指し示す時刻は午後の三時。


「――!」


 閃いた。渾身の一手が。

 だが、それを成すにはロートの力だけでは足りない。

 ゆえに――



「――――フィリアッ!!」



 はるか離れた場所でロートの戦いを見守る彼女へ、助力を求める。


「……っ!」


 幼い頃から一緒に過ごしてきたがゆえか。

 そのひとことで、フィリアは、ロートの意志をすべて汲み取ったのだろう。小さく、ロートへ頷き返した。

 フィリアの首肯を確認したあと、ロートはテイルムへ向き直った。


「いいぜ――存分に楽しませてやるよ」


 タイミングを計る。

 チャンスは一度。決まれば会心。

 ゆえに、失敗は許されない。



 まだ――まだ―――。



「三、二、一――――いまッ!!」



 刹那、街の中心の広場にある巨大な噴水が、噴き上がる。

 空を突かんばかりに高く噴く水柱に向かって、ロートは冷却の魔術をかける。


 パキパキパキ――固まり、塊となっていく水。


 やがてそれは、大きな氷の柱となり、堂々と聳え立つ。


「おほぉッ!」


 予想もしない攻撃に、テイルムは笑顔を浮かべながら奇声を上げる。

 だが――。


「けど、そこからどうするんだァい!? そんなデカい柱つくるだけじゃあ、なんいもならないだろうッ!?」


 そう。いくら噴水の水を凍らせたとして、そこに出来上がるのは、ただ聳え立つだけの氷柱だ。

 このままでは、ただの張りぼても同然。

 そう。このままでは。


「安心しろよ――これで、終わりだ」


 だから――折る(・・)


空気と交わりてエアフト・クロシィス・・その身を壊せエスティム・ブレターレ――【爆発エクスプロジオ】ッ!!」


 火属性中級魔術【爆発エクスプロジオ】を、続けざまに三回発動。

 放たれた三つの火球は氷柱の根元まで近付き――その身を、壊す。


 ――轟音。自壊した火球は、ここに『爆発』という結果をもたらし、その果てに氷柱を――折る。

 重力の法則に従い、テイルムのいる場所へ倒れゆく氷柱。高質量のそれは、このまま行けばテイルムへ直撃する。

 それこそ――当たれば、死をもたらすであろう。

 だが。


「んー。でも惜しいなぁ。そんなゆっくり倒れてきても、簡単に避けれる―――、ッ!?」

「ばーか。そんなコトはきちんと折り込み済みだっての」


 ニッ、と。途端に驚愕の表情を浮かべたテイルムの姿を見て、ロートは笑う。

 その視線は――テイルムの足下へ。

 そこには――。


「これは……ッ!?」


 テイルムの足へ絡みつき、彼をその場へ縛り付けている影の腕があった。


 闇属性上級魔術【影腕束縛アンブラム・ガーディオ】。その名の通り、対象を捕縛、あるいは拘束するための《阻害魔術》のひとつだ。現象的に発生している影に、術者の魔力を流し、影を魔力操作によって変形、つまり『腕』を形成する。そうして形成された影の腕を操り、対象者を捕縛・拘束するという魔術だ。

 この魔術は、現象的に発生している影に自らの魔力を流す、という点以外さほど難しくない――もっとも、その『影に魔力を流す』というのが至難の業なのだが――魔術だ。


 だが、しかし――いったい、誰がこの魔術を?


 そう思い、テイルムは周りを見渡す。

 そして――見付けた。



 影に両手をあて、テイルムの方を見つめる、少女――フィリア・クロヴァーラの姿を。



「俺とフィリア。互いの力を合わせた一手だ。――残念だったな。二人いる俺達の方が、おまえの一歩先を行く」


影腕束縛アンブラム・ガーディオ】によりテイルムは動けない。この束縛を解く暇はもはやない。

 ゆえに彼は、倒れ向かってくる氷柱をただ見つめるコトしかできない。


 この攻撃は、直撃すれば死を確実にもたらすであろう。

 だが、ロートの心にはもはや迷いなど無かった。



「――受け取れ、テイルム・ヘクサ。そして眠れ」



 もう、"覚悟"はできているから。


「――――、」


 直撃まで数秒もない。

 狂人は、迫り来る氷柱を、ただジッと見つめて――






「――――――、キヒッ」





 なおも、そのみを浮かべた。






「――――【大閃光リクシオン獄炎爆発ディスト・エルティオ】」






 刹那、閃光が奔った。

 眼を開けていられないほどの光量。轟音と共に放たれたそれは、ロートの困惑の叫びすらも掻き消す。

 そして――音と光が止み、眼を開けると、そこに在ったのは。


「な……」


 一面に転がる(・・・・・・)幾つもの氷柱の残骸(・・・・・・・・・)と、盛大に抉れた地面(・・・・・・・・)だった。

 砂塵が立ちこめる。様子を窺うことは不可能。



                             ―――ゆらり。



 瞬間――砂塵の中に幽鬼が如く現われる、一体のシルエット


 ザッ、と。地を蹴る音。

 やがて、砂塵の中から――テイルム・ヘクサの姿が露わになる。


 ……彼の姿は、異様だった。

 氷柱の残骸が頭にぶつかったのだろう。頭から血を流し、そこから滴り落ちた赤い雫が、純白の祭服カソックに模様を与えている。土煙で服は汚れ、ぼろぼろになっている。

 有り体に言って、テイルムの姿は酷い状態だというのに。


 なのに――なぜか。

 底知れぬ狂気を感じて。

 顔に張り付いているみが怖くて。




「キヒ――うひ、は、ハ。アハ、ははははは、キヒヒヒヒヒヒヒひひひひひひはははははハハハハハハ!!! アヒャヒャヒャヒひゃはひゃひゃひゃひゃひゃャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!! ――――おっといけない。キタナイ笑い方をしちゃった。なんて、いまさらかァ。アハッ、あはハはは!!!!」




 高らかに、テイルムは笑い声を上げる。


 笑って、わらって、嗤う。


 その狂った笑いを――――ロートは、理解できなかった。



「面白い!!! 面白いオモシロイおもしろい!!!! アァ、素晴らしく足掻く(おもしろい)なァキミ!! ううん、最高だ。もっと、もっとやっておくれよ! 退屈なんだよぼくはさァアアアアア…………」



 ぎょろり、テイルムの視線がロートを捉える。

 血走った眼。狂気の双眸が、ロートを捉えて放さない。



「っ……な、んだよ、さっきの………」

「えっ? ……あぁ、さっきの。

 これはね、禁忌魔術タブーマギア大閃光リクシオン獄炎爆発ディスト・エルティオ】っていうんだ。キミ、火山の噴火って知ってるでしょ? 原理はアレと同じだよ。高圧力で収縮させた水蒸気を一気に解き放ち、大爆発を起こす……それをもっとコンパクトに押し込めたのが、この魔術だ」

「禁忌魔術……だって?」

「そ。……まぁ、タネ明かしなんかどうだっていいじゃァん。それよりもさぁあああ…………」



 その瞬間、テイルムの姿が掻き消えた――かと思いきや、瞬きした瞬間、テイルムはロートの目前に立っていた。


「ッ!?」

「やァ、至近距離からこんにちは。とりあえず――ぶっとびなよォッ!!」

「は……――ッ、が……ッ!」


 テイルムがロートの右頬を殴る。

 全力の殴撃が、頬に伝わる。痛い、痛い。

 突然の痛みにロートが悶えていると、テイルムがロートの髪を握り、そのまま持ち上げた。



「が……ッ」

「あはァ――さっきの攻撃さぁ、すっっっっごく良かったよ。久しぶりにあんなに興奮した。心が沸き立った。キミ、やればできるじゃん。……うん、うん! 思えばキミは最初から足掻いていた(おもしろかった)よ!! アハハハ!」

「ッ……あ」

「だからさぁ……ね? もっとできるでしょ?」



 そう言って、テイルムは髪を掴んでいた手を離すと、今度はロートの胸ぐらを握り――そのまま思い切り、ロートを彼方へと放り投げる。


「が――……うッ!!」

「ロートっ!」


 背中に伝わる固い感触。全身を走る痛み。

 ロート・ニヴェウスの意識が、遠のいていく。



「はぁ~~~~~っ!? おいおい頑張れよさっきは出来ただろォ? それで終わりかいいや違うでしょお!? だからホラぁ、起きろよぅ。もっと足掻けよもっと動けよ退屈させないでくれ。

 さァ――サァさァサぁさぁッッッッッッ!!!! もっとぼくを楽しませろよォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」



 狂人の雄叫びが聞こえる。

 フィリアの悲痛の叫びが聞こえる。

 異なる二つの叫びが、耳に届く。


「――――ッッッッ!!」


 舌を思い切り噛む。走り出す鋭い痛み。流れ出す血の味すら、もはや感じない。

 まだ、まだこの戦意こころは折れていない。

 まだ戦える――だから。


「うァあああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 それでも、ロートは立ち向かった。



「そォそう! それでいいんだよォォオオオオオオオオオオオオ!! さぁ、さぁさぁッ! もっと楽しませてくれェッッッッッッッッ!!」


 理不尽の権化が、嗤っている。

 無慈悲な現実の体現が、そこにる。


 だけど、ロートは守ると、誓ったから。

 勝ち筋が見えずとも、彼は立ち向かうのだ。




 * * *




「―――――Est() wehlects() las() anukreis.()!」


 詠唱を告げる。

 其は、シオン・ミルファクが固有の力。


「――Anfatim(起動)――」


【同時魔核処理】――それに秘められたもう一つの力を、ここに解放する。


Aster(同時) wiltus(魔核) erldio(処理)――――"las serie(【直列) anukreis(回路】)."!」


 ――【同時魔核処理アスタ・ヴィルトゥス・エアレディオ直列回路セリエ・アニュクレイス】起動。

 間髪入れず、次なる魔術を撃つために詠唱を開始する。


穿ちて燃やせトラキェンス・ブレンメ――【炎槍フェグニアス】ッ!」


 刹那、放たれる炎の槍。

 通常のそれよりも遙かに威力が増した炎槍は、カタストラスへ向かって疾走直進する。


「――ふ、いい魔術だ。先ほどよりも鋭いぞ。だが――あぁ、それでは俺には届かないッ!!」


 放たれた炎槍を見て、微かに笑うカタストラス。

 そして――響く轟音。

 次の瞬間には、炎槍は跡形も無く消失していた。

穿斬セクト高圧水流ハイア・ロイクシオ】――禁忌魔術タブーマギアであるそれは、当たれば無事ではすまないだろう。

 ゆえに、攻撃は避けることが前提条件。当たることは許されない。


「今度はこっちから行くぞ――!」


 カタストラスが叫ぶや否や、高圧の水流が、シオンへ襲いかかる。


『邪魔するならば貴様を殺す』――彼が告げた言葉に嘘はないと判る一撃。

 たとえ、シオンが『双星』なりし存在であろうとも――カタストラス・ヘプターは、全霊の殺意をシオンへ与える。

 それを、シオンは幾度も肌で感じ取っているから。


「―――――、」


 息を吐く――息を吸う。


「ッ!!」


 動く。

 躱す。

 シオンのいた場所に、穴があく。


「はぁああああああああッッッッ!!!」


 動く。

 躱す。

 穴があく。


 紙一重の回避を繰り返しながら、シオンはカタストラスへ少しずつ、着実に近付く。

 極限まで集中した意識。止めどなく溢れる脳内麻薬が、疲労すらも置き去りにしてただ思考を加速させる。



 ――視ろ。相手の眼を。


 ――彼は何処を視ている? 


 ――その視線の先は――何を捉えている?



 限界まで眼を見開き、シオンはカタストラスの視線を視る。

 そして、そこから続く先を予測して、躱しているのだ。

 なんというデタラメな芸当。誰もが唖然としてもおかしくないコトを、シオン・ミルファクはやってみせている。


 ……それはある意味、シオンだから出来たことだろう。


 これまで、シオンは『欠陥魔術師ディフェクトゥス』という蔑称を背負い、劣等の烙印を押されていた。


 最優の魔術師たるグレン・ミルファクの息子であるにもかかわらず、欠陥を背負った少年。そんな彼は、魔術学院の生徒のみならず、一部を除く周囲の人間から、奇異の眼で視られていた。

 嘲り。失笑。侮蔑――そういった厭な視線を、シオンは何度も浴びてきた。



 だからこそ――シオン・ミルファクは、他人の視線を(・・・・・・)視ることに(・・・・・)慣れている(・・・・・)



 その視線が何処から発せられて、何処へ向いているのか。

 他人の視線を人一倍気にしてきたシオンだからこそ、視線に敏感になりすぎた彼だからこそ――シオンは、他人の眼から視線の先を割り出すことができる。


 もっとも、それを可能としている時点で、彼は既に異常の域に達している。

 これが"覚悟"を背負った人間が持つ強さなのか。


「――いいぞ。先ほどとは全く違うじゃないか、『双星』――いや、シオン・ミルファクッ!!」


 ゆえにこそ、カタストラスは笑うのだ。

 これこそが、彼が求めていたモノだから。


 ――そうだ、それでいい。覚悟の足りぬ刃など、戦うに値しない。


『殺す』という覚悟を背負わなかったのは、やはり甘いとしか言いようが無いが――この際、そんなことはどうでもいい。


 大事なのは、己へ立ち向かう眼前の少年が、覚悟を背負ったということ。

 どのようなカタチであれ、"覚悟"を背負えばそこには必ず重みが生まれる。


 "覚悟"を背負った人間の攻撃は重い(・・)と、カタストラス・ヘプターは理解しているから。




 だからこそ――――彼にはそうなって(・・・・・・・・)もらわないと(・・・・・・)困るから(・・・・)




 容赦はしない。本気で殺しにいく。

 そうでなければ、意味は無い。

 ニィ、と。カタストラスの口が三日月に歪む。


「――さぁ来い、もっと俺に見せるがいい。その力を、法則を超越した力を、もっと俺に見せてくれ。なぁ――双星の魔術師(シオン・ミルファク)ッ!!」

「――――ハァアアアアアアアア!!!!!」


 シオンが吼える。彼の視線はただ一点、カタストラスへ注がれている。


「――【地を突き穿つ雷槍フルメラーク・サンディラス】ッ!!」


二重詠唱ダブルスペル》を以てシオンは雷属性中級魔術【地を突き穿つ雷槍フルメラーク・サンディラス】を発動。近距離での雷槍顕現。通常のモノより威力が増した雷槍がカタストラスへ奔る。


「――【穿斬セクト高圧水流ハイア・ロイクシオ】ッ!」


 刹那、顕現する高圧水流。顕れたソレは、水噴射となり――雷槍と、衝突する。

 衝突する水と雷。属性相性的には相反関係。純水ではない水が、雷に押し負ける――かと思いきや、そのまま互いに消失した。


 高等魔術と中級魔術における『純粋な威力の差』――それが働いたのだ。


 弱いモノが強いモノに負けるのは道理である。

 魔術におけるランクというのは、そのまま威力に直結している。ゆえに時としてそれは属性相性すらも無視する結果を出すのだ。

 その逆が起きるコトも、可能性としてはゼロではないが――それこそ、確率は皆無に等しい。


 ――大きく、シオンは一歩後退する。

 折角詰めた距離だが仕方ない。一度立て直すのがここは賢明だろう。


(――どうする?)


 思考する。時間はない。刹那の内に思考を完了させ選択しなければ、られてしまう。

 その時だった。



「――――シオンくんっ!!」



 最愛のひとの声が、聞こえたのは。

 反射的に声がした方へ振り向く。

 そこには緋色の少女――シア・シーべールが決意を固めた表情で、シオンを見ていた。


「――――っ」


 それだけで、シオンはすべてを理解する。


 彼女が、何を思っているのか。

 彼女が、何を考えているのか。

 すべてを理解した。



 ――『わたしはシオンくんのことなら何だって判っちゃうのです』



 いつか、彼女が告げた言葉。


 

 ――シア・シーベールがそうであるように。

   シオン・ミルファクも、彼女のことなら何だって理解できる。



 ゆえに――。



「あぁ――任せたよッ!!」

「ええ――任されたわっ!!」



 彼らは、阿吽の呼吸で行動を開始する。


 ――疾走。カタストラス目がけて、一直線にシオンは駆け抜ける。

 先のような視線を視て躱しながらの疾走ではない。無防備に、愚直に、シオンは最短距離でカタストラスとの間を詰める。

 そこを、相対する狂人は見逃すはずがなく。


「【穿斬セクト高圧水流ハイア・ロイクシオ】――ッ!!」


 穿ち断つ高圧の水流が、シオンに向かって発射される。



 

 ――狙い澄ませていたその刹那。

   寸分の狂いなく、詠唱うたを謳う。




聳え立つは不動の壁アフレイジェン・イムバブルヴァルテス――【不動土壁エルデラ・ヴァルテス】――!」


 高圧水流を阻む巨大な土壁が、顕現する。


 土属性上級魔術【不動土壁エルデラ・ヴァルテス】――防御魔術であるそれを、シオンは《二重詠唱ダブルスペル》を以て発動させた。


 ――《二重詠唱ダブルスペル》とは、魔術の重ねがけである。

 ゆえにこの詠唱法がもたらす結果とは、魔術の威力を二倍にするというモノで。


 その結果が、眼前に聳え立つ巨大な土壁だ。

 元の魔術からして強度な防御力を誇るこの魔術を、《二重詠唱ダブルスペル》でシオンは更に強化する。

 だが。



「――――無駄、だァッ!!」



 カタストラスが叫んだ瞬間。

 轟音を伴う破砕音が、辺り一帯に響いた。


《二重詠唱》による強化を施した魔術であるにもかかわらず、カタストラス・ヘプターが持つ禁忌魔術は、これを破壊してみせたのだ。


 なんという威力。なんという強さ。

 渾身の防御を破壊されたシオンには、為す術もなく――否。



「――――【閃く光輝(グリト・リヒトス)】!!」



『彼と彼女』は、これすらも折り込み済みだった。


 瞬間、閃く光。

 突如として顕れた光は、カタストラスの視界を容赦なく奪う。

 対するシオンは先んじて眼を閉じていた。シアの思考を理解していたからだ。



「――Re:anfatim(再起動)――」



 ゆえに――この瞬間こそが、好機。

 起動するは、かの狂人を打破するための回路。



Aster(同時) wiltus(魔核) erldio(処理)――――"las parale(【並列) anukreis(回路】)"!」



並列回路パラレ・アニュクレイス】起動――ここに少年は最後の一手を打つ(撃つ)


「終わりだぁあああああああああ――――――ッ!!!!」


 発動した魔術は【痺雷パレナム】と【炎霊の愚火サラマンディス・フルフォニス】。かたや拘束、かたや足止めに特化した魔術。これを以て、カタストラス・ヘプターを捕縛する。





 ――シオン達の作戦に不備など一切無かった。むしろ、完璧と言っていいほどの仕上がり。

 シオンの最大目的は彼を殺すことではなく捕えること。ゆえに、この作戦は間違いなく、ほとんどの人間が策に嵌まっていただろう。

 だから……次に起きる状況は、決してシオン達に落ち度があったわけではなく。




 単純に、相手が悪かった。


 ただ、それだけのはなしだった。



 

水属性魔力収束コンヴェルジェ・ヴァスクウァ――展開ディウェクトゥス

 次展開移行ネヒスト・フィエズ・ゴース

 魔力収束コンヴェルジェ――硬化ドゥルス

 魔力壁マナヴァルテス――展開ディウェクトゥス




 眼を閉じたまま(・・・・・・・)、カタストラスは魔力収束コンヴェルジェの詠唱を紡ぐ。

 顕れる魔力壁は【痺雷パレナム】を防ぎ、

 収束した水属性魔力による《反属相殺アンチマナアルス》は、【炎霊の愚火サラマンディス・フルフォニス】を消火させる。



「な――……」



 一瞬にして完結してしまった攻防。


 呆然とシオンはその場に佇み、いま起きた状況をようやく理解し始め……その異常さに、ふざけるなよと叫びたくなった。


 遠くにいるシアを見れば、彼女も同じように、呆然とカタストラスを見ていた。

 ザッ、と。地を蹴る音が、シオンの耳に届いた。

 音の方を見やれば、そこには白き衣を纏った狂人が立っていた。


「……ふむ、惜しかったよ、シオン・ミルファク。あぁ、本当に、本当に惜しかった。相手が俺じゃなかったら、きっと勝利は貴様達に訪れていただろう。

 ――だが、悲しいかな。いま、この場に居るのは俺で……だからこそ、貴様達は俺に届かなかった」


 狂人が、眼を、開ける。

 冷酷な瞳は、シオンを捕えて放さない。


「さっきの貴様は、少し前の貴様とは見違えるほどの覚悟を持っていた。……あぁ、そうだとも。そこだけは認めてやる。

 だが………覚悟を持っていた――あぁ、それだけでは(・・・・・・)足りなかった(・・・・・・)というコトだ

 ……勝てると思ったか? 意志の力だけで、俺を打倒できると思ったか? 甘い、甘すぎるよ。確かに、意志の力は時として通常を超えるが――それでは足りない。それでは届かない。なぜならば貴様には決定的に足りていないモノがあるから」

「足りていない……モノ?」

「――経験・・だ。戦いの中における直感。戦うことでしか身につかない感覚。これだけは、どう足掻いても、一朝一夕では手に入らない。

 貴様には"覚悟"があった。貴様の攻撃は重かった。けれど、貴様には経験これが無かったがゆえに……俺に、届かなかったのだよ」



 突きつけられる無慈悲な現実。

 それは、もはや何度も味わったモノで。



「………ぁ、あ」


 これだけやっても届かない。

 これだけやっても倒せない。



「これが、今の貴様の限界だ――果てを知れ」



 シオン・ミルファクでは、カタストラス・ヘプターに敵わない。


 それこそが、現状を表わす唯一の事実にして真理だった。


「さぁ――どうする? 何もしなければ、俺は巫女を連れて行くぞ」

「っ……やめ、ろ」


 それは、それだけは駄目だ。

 まだ、この戦意こころは折れていない。

 だから立てる。いいや立て。そう思い、シオンは立ち上がる。


 けれど、頭の中は既にまっしろで。

 戦意こころは折れていないのに――勝つ道筋が見えない、勝利の光景ビジョンが視えない。


「……ふむ、少しやりすぎたか? だが、こうでもしなければ貴様は識りもしなかっただろう」


 小さく、カタストラスは呟く。



「――俺は、天辰理想教おれたちは、紛う事なき『悪』だ。ゆえに、おれが教えてやる

 この世界の広さを――理不尽を、不条理を、無慈悲な現実を。善性だけでは決して成り立たないこの世界のカゲを、俺が教えてやる」



 狂人は告げる。


 ――己こそが理不尽だと。


 だからこそ、シオンはここに識ったのだ。


 たとえ、心が折れていなくとも。

 いずれ、限界は訪れる。



 唐突な理不尽に、弱き者は抗えない。



 それでも――それでも。



「――ッ、ぁああああああああああああああああアアアアアアアアアアア!!!!」



 吼える、立ち向かう。

 たとえ、今の自分が弱くても……守ると、誓ったから。




 

 * * *



 

 終わりは既に定まっている。



 ロート・ニヴェウスではテイルム・ヘクサに敵わない。

 シオン・ミルファクではカタストラス・ヘプターに敵わない。



 それでも彼らは――立ち向かう。

 その果てに、敗北という終わりが在っても。








第11話『それでも■■■■■■■■ -?-』


第11話『それでも想いはとどかない -Ruthless Reality-』








 無慈悲な現実は、此処に突きつけられる。




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